106話『烈女の野望』エピカ視点)
「エピカ様。特設新鋭軍の進軍準備が整いました」
部下であるコーネリアは目前の卓上にコーヒーの入ったコップを置き、自身の青髪を微かに揺らした。
彼女の視線の先にあるのは、私たちが指揮を行う特設新鋭軍とフェルシュドルフ公爵率いる帝国軍の戦いを想定した配置の駒と舞台となる帝国北西部に位置するテレジア地方の地図である。
「……エリゼンヌ子爵にテジェ男爵。そしてダリウス伯爵、ね。寄せ集めたにしては中々面倒なヤツらが残っていたものね」
フェルシュドルフ公爵と共に反皇女派貴族として対抗する者たちは、テレジア地方に布陣しこちらを迎え撃つ用意ができている。
その情報が耳に入ってからは脅威との対峙に対して、武者震いが止まらなかった。
「どうコーネリア。新たな身分での初陣。その相手があの三代公爵の一人、フェルシュドルフ公爵だなんて……私の名を再び帝国中に轟かせるにはこれ以上ないくらい完璧な大舞台じゃない?」
「まさにエピカ様にピッタリかと。それに心なしか帝国軍にいた頃よりも生き生きしているように見えます」
「当然よ。変なしがらみから解放されて自由に動き回れるんだもの。まあ帝国軍の師団長時代も悪くなかったけれどね……」
帝国軍で過ごした日々を思い出す。
これまで紡いできた時間は紛れもなく、私にとってかけがえのないものだ。
けれども麗しき過去の思い出に浸っていられるほど世界は優しくない。変わり続ける世の中に適応していかなければいずれは堕落する。
だから私は師団長の座を捨ててまでして、帝国軍を抜けるという大きな決断を下したのだ。全てを手放す覚悟を持って動いたのだから、生半可な舞台を用意されては困るというもの。
その点ヴァルトルーネ様は私にピッタリな大舞台を用意してくださった。
私の悲願。
それは帝国軍の将としてトップに上り詰めてやろうと誓った日から何一つ変わらない。
「やっと。望みが叶えられるわ」
コーネリアは静かに頷き、それから地図の上に置いてあった駒に手を添えた。
「先鋒はテジェ男爵。作戦などはどうされるのですか?」
「準備運動の相手に作戦なんて必要あるかしら?」
テジェ男爵もエリゼンヌ子爵も眼中にない。私にとってしてみれば道中に生えている雑草と何一つ変わらない。
私が心の底から討ちたいと思うのはただ一人だけ。
「……ふふふ。大義名分は得た。フェルシュドルフ公爵の打倒ついでに、やっとあの忌々しい父親を殺せる」
権力に取り憑かれた醜悪な男。
血の繋がった実の父親であるダリウス伯爵は私のことを家の繁栄に利用できるだけの駒としてしか見ていなかった。
当然、私が帝国軍の将として武功を挙げるようになるなど考えても見なかったことだろう。
所詮女は政略婚させるだけの存在。
心底反吐が出そうだった。
「家族を殺すことに心苦しさなどは感じないのですか?」
「心苦しさ? ふっ。血が繋がってるだけの肉塊に情なんて湧かないわ。そもそもあの父親が家族を利用するだけの人でなしクズ野郎だったように、私も非情な人間なの」
そうあの男の穢らわしい血が私にも流れているのだ。
あの男が人を物のように扱っていたように、私も他人に情を抱くような心根の優しい清らかな存在とは程遠い。
でもだからこそ、此度の戦いは私に相応しい。
「この因縁に終止符を打つために、私がこの手であの男に引導を渡す」
──それが私の内なる野望だ。




