107話『僅かな良心』(エピカ視点)
父親を殺すことに抵抗は微塵もない。
そう答えると、人は私のことを無慈悲で冷徹な人間であると後ろ指を差してくる。
その点に関して異論はない。
私は冷たい人間だ。
戦場では容赦なく敵を討ち、そこに一片の心苦しさなどは抱かない。
死ぬか生きるか……殺すか殺されるかの世界に私は長く浸り過ぎた。
私だって最初から、ここまで人の心がない人間ではなかった。
傷を負えば痛みに苦しみ悶えて、仲間が死ねば人目も憚らずに涙を流した。
胸を突き刺すような鋭い、痛みを恐れて日々を過ごした。
──一体いつから私は苦痛を苦痛と感じなくなってしまったのだろうか。今となってはそれも思い出せなくなってしまった。
それでもまだ、心の奥底に親しい人を想う気持ちは僅かながらに残っている。それがこの先、自分自身を苦しめることになろうとは夢にも思っていなかったが……。
──テレジア地方出発二週間前。
訓練場にて魔術の調整を行なっていた際のことだ。
気配を隠しもせずにズカズカと近付く無遠慮な男が、私の前に姿を表した。
「……エピカ」
「珍しいわね。アンタが仕事以外で私に話しかけてくるなんて」
ルドルフ=フォン=アーガス。
帝国軍の旧騎兵師団長であり、私と肩を並べていた男でもある。
二人して帝国軍から抜けて以来、初めての会話だった。
「聞いたぞ……お前、テレジア地方でフェルシュドルフ公と一戦交えるそうだな」
いつになく真剣な声音に何が言いたいのかはすぐ察せられた。悔しそうな顔で彼は拳を強く握って肩を震わす。
昔からそう……彼は本当に分かりやすい男だ。
私はわざとらしく意地悪な笑みを浮かべ、茶化すような態度で口を開いた。
「……そうだけどそれが何? まさか、今になって帝国軍を抜けたこと。後悔してるんじゃないでしょうね?」
「それは違う! ……違うが」
「ならフェルシュドルフ公爵に思い入れでもあったの? それとも元上司に歯向かうのが怖くなったとか?」
「からかうな……お前も分かってんだろ」
「…………」
論点をずらすことは許さないと、その力強い瞳が告げていた。
「ガウェイン先輩はフェルシュドルフ公の下に付くそうだ。騎竜兵師団の師団長としてお前と対峙することになるだろう……」
ガウェイン=ラッセ。
帝国軍の騎竜兵師団長を務めていた元同僚……そして、私とルドルフにとっては帝国軍に入って間もない頃からお世話になった先輩でもあった。
「……帝国軍を牛耳っている軍務卿は今もなお、フェルシュドルフ公爵ですもの。そのフェルシュドルフ公爵が討たれたら、今ある帝国軍は瓦解する。ガウェイン先輩ならフェルシュドルフ公爵側に付くのが自然でしょうね」
「お前は良いのか!? ……ガウェイン先輩と殺し合うことになるんだぞ?」
この男はこの期に及んで何を言っているのだろうか。
帝国軍を抜け、ヴァルトルーネ様の配下となった時点で、帝国軍との対立は避けられない問題だった。
元師団長とも新た男がそれを理解していないはずがない。
「私たちは軍人。上からの命令が下ればそれに従うだけ。それにフェルシュドルフ公爵がいる限り、帝国軍の戦力はヴァルトルーネ様の軍門には下ってくれない。帝国を一つにするために、この戦いは必要不可欠なものよ
「それが……世話になってきた元仲間を殺すとしてもか?」
「その覚悟があったから、貴方は帝国軍から抜けてきたのではないの?」
「──ッ」
──ああ、やっぱり私がテレジア地方に向かうことになって良かった。もし彼がテレジア地方での戦いに身を焦がすことになれば、情に絆されて剣を振るうことができない瞬間ができてまったかもしれない。
「少なくとも私はその覚悟があった。何を失ったとしても私は私の目的を果たす」
ルドルフは良くも悪くも人情深い。
それが彼の決断を鈍らせる枷となっているが、同時に多くの者に師団長として慕われていた理由でもある。
だからこのまま、彼は理想と現実の乖離に葛藤を続ければいいと思う。
「汚れ仕事は私がこなす。皇帝を守る盾としての栄光はアンタに譲ってあげるわ」
「……そんなものは別に欲しくない。俺はただ、お前とガウェイン先輩が殺し合う未来は見たくないだけなんだ」
「ええ。そうね。私もそう思うわ……」
彼の言葉は重く私の心にのしかかってくる。
心が揺れた。
私の僅かながらに残った良心が、かつて共に帝国軍の仲間として戦ってきた者たちとの戦いを拒んでしまっている。
それでもやらねばならない。
今一度心を殺して。
皇帝に仇なす敵を討つ。
ここまで来て後戻りなどできやしない。そうでなければ幾度となく傷を負いながら歩むべき道を進んできた意味がない。
「でも悪いわね。私はきっとガウェイン先輩を殺すことになる……きっと逆も然りでしょうね」
時の流れは残酷にも人と人との繋がりさえ変化させてしまう。
大事だったものを壊すべきものへと……。
ずっと昔のままじゃいられない。
「私たちは道を違えてしまった。もうあの頃の三人には戻れないの」
「──ッ」
過去の思い出は二度と味わうことのできない。
様々なものを失い続けたとしても、私たちは先の未来へ向かって歩みを止めてはならないのだ。
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