35話『あり得ぬ再会』
自転車を麓のお地蔵様に預けると、クエス達は林道を隠れながら進んだ。
道の脇にはたまにゾンビが居ることもあったが、この辺は雑木林になっていて、月の出ていないこんな夜には殆ど視界が効かない。
通常の人間と同じ程度の認識能力しか持たないゾンビは、音さえ立てなければ殆どこちらに気付かない。
先程クエスに習ったばかりの魔法制御を使って、一桜がさくっと片付ける。
「凄まじいのだ」
「何が?」
突然のクエスの感嘆に、不思議そうな顔の一桜。
木刀を腰に巻いたカーディガンに戻しながら歩いてくる。
「確かに素養があったとはいえ、魔法制御は一日でマスター出来るものではないのだ」
その褒め言葉に謙遜して見せるが、本当に彼女は規格外だとクエスは思った。
しかし同時に、魔法を知らなかっただけで、元になる修行は既に積んでいるのだと確信していた。
彼らが「気」等と呼んでいるものを解析できれば、自分の魔法も新たなステージに上がるかもしれない。
「武道とは、本当に凄いものなのだな」
「クエスちゃんもうちの門下に入る?」
妹弟子が出来るかもしれないと思うと、一桜の顔は自然と緩んだ。
「お誘いはありがたいのだが、私にはやるべき事がまだある。ノーライフキングを倒すことは前提だが、元の世界へ戻って、あ奴らに復讐を……」
そこでクエスは言葉を切る。
居場所の無いあの場所に戻って、復讐を成し遂げたとして、自分に何が残るのだろうか?
「復讐ってそんなに大事かなぁ?」
心を読んだかのように一桜がそう呟いた。
ふと思い至った考えのせいで、その問に答えることが出来なくなっていた。
あんなに憎んだというのに。
命を捧げても、世界を滅ぼそうとすら願ったのに!
────だがその問に答える者がいた。
「復讐も大事な生きる原動力になる……今お前が生きている事自体がその答えではないのか?」
すぐに身構える一桜と対照的に、クエスは2歩ほど後退りをしながら、震える声を絞り出す。
「お主は、まさか。何故にこんな所に……!」
聞き覚えのある声の主は、堂々と林道の中央に佇んでいた。
月明かりは無いものの、うっすらとした星の明かりすら反射する、磨き上げられた銀の鎧を纏っている。
「この世界があまりに不思議すぎて、お前と別れてまだ数日しか経っていない等とは思えないな」
そうやってトランドール語で話しかけてくる。
「ノズル!」
血が出るのではないかと思える程に、唇を噛むクエス。
彼女を裏切った勇者パーティのうちの一人が、何故かこの世界に立っている。
「どうしてここにおるのだ!」
クエスの感情は渦巻いていた。
それは憎き仇の一人が、目の前に現れた興奮と同時に、大切なこの地を、かの者が踏んでいるという気持ち悪さだった。
────剣士長ノズル。
トランドール王国は、長く魔物との戦闘を繰り返していた。
男児であれば物心付いたときから、棒切れを刀に見立て、剣術の腕を磨く事が当たり前のような世界だ。
その中でも王国剣士というものは、白兵戦において右に出るものはいないと言われる程の手練れが揃っている。
その中でもノズルは類いまれなる才能を発揮し、年に一度開かれる剣術大会で殿堂入りする程の腕前だった。
しかし合理性を重視するあまり、人を教育するような立場には向かず、常に戦場を求める戦闘狂だと噂をされる人物でもあった。
彼は人格面に問題を抱えてはいるものの、一度戦場に出れば一騎当千の活躍をし、他の兵士の士気が上がる。
こうして彼を取り巻く他の剣士達も、実践を幾度と無く経験することで「座学」では学べない物を彼から得るものまでいた。
実際に、クエスも何度彼らに助けられたか数えきれない。
あのクエスの最期の時以外では、その刃を向けられることは一度もなかったが、クエスは知っている、彼の狂気じみた強さを────。
「一桜、逃げるのだ」
彼女はノズルがどういった人物かは知らないはずだが、隙を見せずに木刀に手を掛けている。
「ちょっと何を喋ってたかはわかんないんだけど、クエスちゃんの知り合いなの?」
苦笑を交えながら、状況を把握しようとする一桜。
「あ奴は危険なのだ、一旦引いて自衛隊と合流して……」
珍しく弱気なクエスを尻目に、一桜は首を横に降る。
「だめ、あの目は。私達がここで食い止めないと……人を殺すのに何の躊躇いもない目をしてる」
一桜の見立ては間違っていない。
しかし、クエスは未だに及び腰だ。
「クエスちゃん、これ御願い」
そう言うと、目線を彼から外す事無く、リュックなどの荷物を下ろすと、放り投げるようにクエスに渡した。
「一桜!」
悲痛な懇願は彼女には届かないのか。
一向に引く気がなさそうに見える。
「閂流剣術師範代……閂一桜。参る」
それが合図になったのか、ほぼ同時に二人が地面を蹴った。
ノズルはその体に装着しているものが、金属だとは思えない程の早さで間を詰める。魔力操作で身体強化をしていなければ、こんなに動ける事はないだろう。
そこは彼に一日の長があるのは否めない。
同時に一桜の集中力も凄まじい。
彼女は確かにさっきまで、夜間でも見える視力は手に入れていたが、今では自分で足に魔力を溜めて動いている。
理屈ではなく、感覚でやっていることなのだろう。
「アップテンポ!」
一度戦いが始まってしまうと、彼女は祈る事しか出来ない。魔法で援護をしても、焼け石に水程度だろう。
それほどまでに二人は不公平に見えた。
かたや、木刀に制服の女性に対し。
体の出来上がった百戦錬磨の大男、全身を鎧で包んだ腕には、大振りのブロードソードが握られている。
単なる力比べだけでも、歩が悪いのは明白だ。
もちろんそんなことは一桜も理解しており、真っ向からそれを受け止めることはなかった。
真正面からぶつかったように見えた二人だったが、一桜の重心は衝突の瞬間、左に振られていた。
ノズルの使うブロードソードは、刃渡り1m、幅が15cmはある大振りの物で、振り抜けば木で出来た模造刀など、簡単にへし折れる筈だった。
しかし、一瞬刃が食い込んだかと思ったのも束の間、そこを支点にしてノズルの左側に回り込んだのだ。
同時に一桜は左手首を返しながら、木刀の柄尻ごと肘で押し込み、刀を持つ彼の右手を弾き飛ばした。
徒手空拳に近い動きに一瞬たじろぐノズルだったが、彼の百戦錬磨の勘が働く。
押しやられた右腕を、もう一度彼女に対して振るうのは間に合わない。その反動を利用して左へ飛ぶと、体を捻りながら左手一本を使って刃物を横に振る。
距離を取られたこと、そして振るわれる刀を避けながらの一桜の攻撃は、ノズルの鎧の胴の部分を凹ます程度で終わってしまった。
勢いのまま二人は地面を足で捉えると、残心。
今の一瞬の攻防を反芻した。
「何て事だ……このような平和ボケした地で、これ程までに昂る戦いに出会えるとはな!」
一桜にトランドール語は伝わらなかったが、一合剣を交えただけで、何が言いたいかはだいたい分かった。
同じ気持ちではない。それでもお互いにもう一度刀を交える理由が各々にあるのだ。




