34話『文明の利器』
この辺りの電力を供給している発電所は、山を少し登った場所にあるため、川沿いに歩いてきた二人は、進路を真反対に取ることになった。
危機から身を隠しながら折角来た道を戻るのは、なんともやるせない気持ちになる。
「一桜は車の運転は出来ないのか?」
古沢が見せた地図だと、かなり距離があるようにクエスには思えた。
一桜も苦笑いしながら、それに答える。
「あれは特別な技能が必要で、国の認可証がないと乗れないの」
免許証と一言で言っても単語を理解することはできないだろうと、配慮した言い回しをしたため、クエスも理解できたようだ。
「では馬はないのか? 私なら乗れるのだ」
「私たちの国では馬は乗り物として主流じゃないから、私も生まれてまだ実際には見たことがないんだ」
「ぐぬぬ、他に移動手段は無いものか?」
ちょうどその時、河川敷に立つ看板を見て一桜が叫ぶ。
「そっか! 自転車があった!」
河川敷にはサイクリングロードと書かれていて、下に自転車のマークが付いていたのだ。確かにここなら障害物も無いし、急にゾンビが横合いから飛び出してくることもないだろう。
歩くよりは数倍早い筈だ。
一桜はさっそく河川敷を駆け上がり、川の反対にある住宅街に向かう。
タイミングの良い事に、学校が見えた。
「あそこなら自転車がある筈!」
ゾンビに気を付けながら、急ぎ足で学校内の駐輪場へ。
「ほう、これが自転車というものか……しかし車輪が2つしか付いていないが……どうやって自走するのだ?」
しげしげと眺めるクエスの疑問はとりあえず置いといて。
「そりゃぁ鍵、かかってるよね」
予想はしていたため、一桜は次の策に出る。
下駄箱に置いてある傘を手に取ると、開きボタンのところで二つに折った。
そして、お目当てであるボタンの金具を引っ張り抜いたのだ。
彼女の回りには、道場に通う年上の男性ばかりで、彼らの話題の中にはこういう「いけない豆知識」もあったのだ。
その金具を、自転車の鍵穴に刺してガチャガチャやると、兄弟子の教え通り簡単に開けることが出来た!
もちろん、よいこは真似しちゃいけないのだが、今回は緊急事態なので許して貰おう。
「よしっ、クエスちゃん乗って」
一桜が指示する通りにクエスが乗る。
ハブステップという、転倒からギアを守る部品に足をかけると、自転車をこぐ一桜の肩に手を乗せた。
「しゅっぱーつ!」
小学生の頃から毎日ランニングを続けてきた一桜の強脚が、勢い良くペダルを回すことで、歩くよりも断然早く進んでいく。
「おお! 自力でこれだけの効率が出るのか!」
クエスは二輪の車輪付きのものは、荷車台車くらいしか見たことがなかった。あれは、人の歩くスピードに依存するため、早くはない。
その速度は、河川敷に戻ってサイクリングロードを走ることで、さらに早くなる。
「このペースなら今日中に到着するのではないか?」
この世界での初めてにクエスは興奮気味だ。
「さすがに今日は無理かなぁ、2人乗りで山に登るのはきついし……」
発電所は川の支流を遡った上のほうにあった。
一桜の記憶では火力発電所だったと思うが、煙も出るので、人里はなれた山の中にたてられているのだ。
「そうか、体力の問題もあったか」
確かに時間は有益だ、早いに越したことはないが、到着して疲れきっていれば戦うのにも支障が出るかもしれない。
もちろん偵察をメインに、自衛隊の到着を待つという選択肢もある。
「いや、出し惜しみするのはまずい。身体強化の魔法をかけておこう」
そう言うと、自転車のスピードが一気に上がった。
時速40kmは出ているだろう、バイク並みの速さだ。
「うわ、これいい。全然疲れない!」
一桜もノッてきたようで、どんどんこぎ進めていく。
こうして、日が落ちる前までに発電所がある山の麓まで到着したのだった。
「今は夜に明かりがない、明かりを炊いて進めばここにいるぞと言っているようなものだ」
「発電所に上がる道は一本道だし、絶対に警戒されてるよね」
ここからどうするかを悩む一桜に。
「魔法を使ってみるのだ」
クエスが軽くそう指示する。
「無理だよ、昨日練習始めたばかりでようやく魔力の流れ? がわかったくらいなんだよ?」
「それで十分なのだ」
そう言うとクエスは、練習の時のように一桜の手を取る。
すぐに、暖かいものがクエスから流れ込んでくるのがわかる。
「いまどの辺なのだ?」
「肩くらいかな」
じわっとその範囲が広がってくる。
「体全体にきた所」
「では、その感覚のまま、じっと何かを見つめてみるのだ」
言われた通りに一桜が目の前を凝視する。
ちょうどそこには小さな祠があった。
「あの小さな建物の中に何が見える?」
祠は格子で区切られており、落ちてきた日射しを背にしていて、中はまったく見えない。
いや、目を凝らすと、少しだが輪郭が見えるか……
「お地蔵さんかな」
そう思った瞬間、暗かった祠の中が見えた!
そこには確かに地蔵が一体奉ってある。
「見えたか、今魔力はどうなってるのだ?」
動揺する一桜は言われるがまま自分の体に気持ちを向ける。
「あ、目がモヤモヤする」
体に感じていた暖かいものが無くなり、目に集中しているのがわかる。
「やはり、呑み込みが早いな。それが魔法だ」
「ええっ! 私魔法使ってるの?」
「正確には魔力制御と言って、体内の魔力を、体の中で動かす方法なのだ。魔法の初期段階の訓練なのだ」
魔法というのは、この訓練の先にあって。
知覚できる体だけでなく、大気や土と一体になり、その魔力までも動かせるようにならないと、体外への放出はできないらしい。
「とにかく、簡単な身体能力強化くらいなら、自分でも出来るようになるのだ」
まさかこの状況で魔法を習得するとは思っていなかったが、一桜は嬉しかった。
訓練でしか手に入らなかった、自分の強さに頭打ちを感じてきていたからだ。
クエスが言うには、一桜たち武芸者は訓練の中で、自然とその力を使う術を得ることが出来る者がいるとのこと。気配の察知や、先読みなどの空間までも支配した武芸者も、クエスの世界にはいたということだ。
そう言われれば、眠ったまま頭上から落ちてくる花瓶をキャッチしたとか、箸で蝿を捕まえたなどという話を聞いたことがある。
きっと極めたものはこの世界にも同じように居るのだろう。
「これなら、真っ暗な道でも進めそう!」
「なのだ。夜になるとゾンビ共も目が利かん、一気に発電所まで近づけるのだ」
まだ落ちかけの太陽があるうちに、古沢が残してくれた食料で英気を養い、夜の帳が降りるのを待つのだった。




