門番と訪ね人
貴族街の跳ね橋を突っ切った。
背中を追う男の声と、町ゆく人々の好奇の視線を振り切り、学園を目指してひた走る。
砦のような正門が見えた。
門番の姿は、ない。これは好機だ。魔力を両足に流して、俺、突貫す――
「はい、止まってー規則を守らない悪い子は、お姉さんがイタ――オシオキしちゃうぞ?」
門を抜け一歩踏み出した、と思った瞬間。視界が包まれ、甘い振動の中、頭を軸に振り回される。
宙を蹴る足が地面に着けば、事態を把握していた思考が、空気を求め、肉壁の中で暴れる。
「――ぁ。ライさん放してッオっぼくっ、急いでいるんだ!」
「ダーメ。潤んだ瞳も、垣間見える素の口調も大変素晴らしいけど、ダメなものはダメ。お姉さんの仕事、分かってるでしょう? 今のヴァシルちゃんみたいなヒトは、余計に。全身、くまなく、ちゃぁんと調べないといけないの。分かった?」
「――ッ」
紫紺の瞳に見据えられて、唇を噛む。逃れる術はないと諦めれば、自然と身体から力が抜けた。
その様を見て、ライさんの眼が弓を引いた後に、怪訝な色を浮かべた。
「ヴァシルちゃん、お堀の詰め所はちゃんと通った?」
唐突な疑問に応える前に、答えが二つ、背後から派手な金属音を鳴らして駆けてきた。
「すばしっこいガキめ、やっと追いついたぞ! なんで無理矢理押しとおったか、ひっ捕らえて泣き喚くまで折檻――おっと、ご婦人。捕縛の協力感謝いたしまッ――」
「うちのお客に何の用かしら、兵隊さん?」
「「コンビィアス従士長!?」」
話の内容が分からず、ライさんを見上げる。彼女は両目を細めて、唇を引き締めた。
「話は大方察しが付くわ。この子は問題ありません、私がそれを知っている」
「ですが……」
「私が、問題ないと言っているの。理解出来ないのかしら?」
「「は、ハッ!」」
「復唱。あなたたちは何も見てない。詰め所はいつも通り、何の問題も起きていない」
「「復唱いたしますッ私達は何も見ておらず、詰め所は通常通り、業務に異常はありません!」」
「……よろしい。戻りなさい」
「「失礼いたします!」」
金属が擦れる音が遠ざかり、ライさんの胸元から解放される。
大きく息をする俺を舐めるように見ていた彼女と視線を合わせ、転がり込んできた手がかりを手繰りよせて、言う。
「僕には何の問題もないんですよね。ここを通してくれませんか?」
ライさんは俺の言葉を聞いて、瞳をキョトンと瞬かせると、それを妖艶に歪めて、唇を波打たせた。
「それとこれとは、話が別。はい、まっすぐ立ってー。今から身体検査をしますよー」
反抗は無駄だと悟り、こめていた肩の力を抜く。
魔力を帯びた彼女の手が、身体の各所を触れていく中、ふと思い浮かんだ疑問が口をついた。
「ライさんは騎士団のヒトなんですか?」
「元、ね……」
無遠慮だった両手が戸惑ったように止まる。彼女の反応が、好奇心に点いた火へ拍車をかけた。
なぜ、そんな顔をするんだ……話したくないのか? どうして? 元騎士団の従士長が門番をしているのは、そんなにおかしなことか? いや、そんなことじゃないはず。ライさんが言いたくないのは、きっと――
「なんで門番に? 騎士団のほうがお給料もいいし、なにかと便利ですよね?」
「ど、どうしたのヴァシルちゃん? 突然、そんなこと――」
「なんでですか?」
同じ高さまで下ろされていた瞳が答えを求めるように、揃って左へ泳ぐ。暫しの間、ぎこちなく動いていた彼女の両目は、何かを見つけて一つ震えると、伏せられていた瞼が跳ね上がった。
「――そ、そうよ。引き抜かれたの。お姉さん強いから、そこに目を付けられて……そういういうことなの」
「強い?」
「強い。ものっっっすっごく。どんな相手でも一発なんだから!」
ライさんが満足げに力こぶを作る。それとともに胸元のボタンが上下に大きく揺れた。
話を逸らされた。聞きたいことはそういうことじゃない。
「誰に? 学園長に引き抜かれたんですか?」
「む……」
彼女の顔が途端に曇った。
誰にでも他人に聞かれたくないことが一つや二つある。
だが、今はそんなことを気にすることが出来るほど冷静ではない。
そもそも急ぐ俺を邪魔するライさんが悪――
「――おふぅっ!?」
股下から脳天にかけて未だ感じたことのない痛みが突き抜けた。
見開いた右目に俺の股座を掴むライさんの、嗜虐的な笑みが映る。
「ら、い?」
「ダメじゃないヴァシルちゃーん? 女性に意地悪するのは。お姉さん感心しないなー」
強弱をつけて動く温もりに、太腿だけではなく、全身が戦慄く。
俺の声にならない声を聴いた彼女は、頬を更に吊り上げた。
「んー? こういう時はなんて言うのかなー?」
「う、あ、ご――ごめ、なさ」
「はい、よくできました」
ライさんが晴れ渡る空のような笑顔を見せる。
痛みから解放された俺は、立っていることが出来ず、その場に膝をついた。
「それで、急いでいたんじゃないの? ヴァシルちゃん?」
ライさんがそれを言うの? そう口にしないまでも、ついつい眉間に力が入ってしまう。
彼女はあくまでも知らぬ風を貫くようで、俺の咎める視線を受けてもなお、不思議そうに小首を傾げている。
「そもそも訪問の理由すら聞いてなかったや。今日はどうしたの、お姉さんに教えて?」
「……アイリが、忘れ物をしたんです。それを届けに来……ました」
言葉とともに差し出された手を掴む。助けを施されたにも関わらず、すぐに立つことが出来なかった。
震える両足が言うことを聞かない。
見るに見かねたライさんに抱き上げられ、ようやく地に足をつける。
親指で地面を掴むようにしないと立っていることもままならない。
これでいいかと見上げると、彼女は何か言いたげな顔をしていた。
「……確か、今は二限。紋章学を受けてるのは…………」
「……ライさん?」
「ん? あ、あぁ気にしないで、ちょっと考えごとしてただけだから」
「はぁ……」
どうぞ、と道を開けられ、学び舎に向けて一歩を踏み出す。
アイリは講義中みたいだから、どこかで時間を潰さないといけない。
勢い殺されて、もはや急ぐ気力も湧いてこなかった。
内股気味に一歩一歩地面を踏みしめていると、背中から声がかかる。
「ヴァシルちゃーん。真っ直ぐ研究室に行くのよー! 寄り道はいけないからねー迷子になったらお姉さんを呼んでーすぐに駆け付けるからぁ!」
振り向かずに右手だけを上げて応える。
いつまでたっても、子ども扱いを止めてくれない女性は、お姉さんとの約束よー、と更に言葉を続けた。
もう数えて15になるのにな……早く、ワンやトゥーヤのように大きくなりたいよ。




