応援(2)
(2)
三年生になっても、私と信也は同じクラスになった。
「また、いきもの係をやるの」
私は信也に聞いてみた。
どうして、そんなことを聞いたのか。そのときは、ただなんとなくだと思っていた。
「もういきもの係はやらない」 一年間、ウサギと友だちになろうと頑張ったが、どうにも意思の疎通が出来なかったのだと、その理由を教えてくれた。
「じゃあ、また図書係やろうよ」
私の誘いに「そうだね」と気の抜けた返事を返した。
そのくせ、係を決める時には「僕と根岸夏実が図書係をやります」 とフルネームで私を指名し、クラス中をざわつかせた。
その後で、「別に付き合ってないからね」と友だちに言い訳するのに忙しくなることなど、信也には分からないようだった。
一年ぶりで一緒に本棚を探す信也の視線は、私のオデコまできていた。そして、十三歳の時にあれほど夢中になった図書カード探しは、 もうしなくなり、私も信也も欠伸をしながら他愛もない話をして昼休みを過ごした。 「今度の試合はでるの?」 私は信也に聞いてみた。
「たぶん、ベンチには入れるけど試合には出れないと思う」
「私と同じだね」
二人とも二年間、さぼらずに部活をしてきた。レギュラーの子たちと変わらない練習もしたのに、私も信也も下手くそで試合には出してもらえない。
いったい、なんのために頑張ったんだろう。お母さんが言うように、「頑張ることに意味がある」なんて思えない。やっぱり、頑張っ ただけの結果が欲しい。
「サッカー好き?」
私は何度も自分自身に尋ねたことを信也に聞いてみた。
「好きだよ」
眠そうな目の信也は、変なことを聞くと思っただろう。
「なんで、なんで好きなの。試合にも出れないで、練習だけしてるの にサッカーが好きなの? それってサッカーって言えるの」
ずっと我慢してた言葉が、自分の中から溢れ出た。
本当は部活を辞めたかった。私と同じようにレギュラーになれずに、三年になって受験勉強のために辞めた友だちと同じように辞めたかった。
なのに、それを言えなかったのは、お母さんのせいだ。
朝早くから お弁当を一生懸命作って朝練に送り出してくれるお母さんのせいだ。自分の身なりのことも気にせず、スーパーで働く母のせいだ。
「そうだよな、試合をしないとサッカーじゃなくて球蹴りになちゃうよな。気がつかなかったよ。でも、球蹴りも好きだからさ。 それに、俺、そんなに頑張ってないよ。好きなことしてるだけだから。ただ、どうやら、あんまりサッカーは俺のこと好きじゃないのかな?ウサギと同じだ」
そう言って、信也はウサギの話を始めた。
自分に悔しくて涙を溜めている私に、信也はウサギが怖かった話をした。
信也の最後の試合を応援に行った。
真夏のフィールドには日焼けした顔をした男子たちが、必死に走り回り、信也はベンチから大声を上げてチームメートを励ましていた。
私は他の女子たちと同じように声を張り上げ、自分の学校の応援をしたが、視線はベンチばかりを向いていた。 信也がどんな気持ちであそこに座り、どんな思いで私たちの声援を聞いているのだろう。
試合は一対一の接戦で、きっと信也の出番はないだろうと思った。 ここに来る前は、大差で負けていれば、もしかしたら信也がピッチに立つことが出来るのではないかと期待していた。
でも、その願いは叶うことななさそうだ。
それなのに、気がつくと 私は夢中で応援をしていた。それは自分の学校が勝ってほしいという 気持ちだけでなく、ずっと練習をしてきた信也の背中を、懸命に応援する信也のことを応援していた。
試合はPK戦の末に敗れた。泣きながら帰ってくるチームメートを信也も泣きながら肩を抱いていた。
試合が終わった後、信也は私の所に走って来て「応援ありがとう、 お前の声が一番よく聞こえたよ」と嬉しそうに言った。