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Actually love   作者: はるあみ
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約束(2)

(2)


 小学校の六年生の夏を過ぎると、受験の話題が増えてきた。雪乃の 他にも受験をしない子がいたが、雪乃はその子たちとも話をせず、ただ外を見ていた。 そして、僕はそんな雪乃に話かけることもせず、雪乃の横顔をチラ見するだけだった。

 冬休みが近づいた日に、小雪が舞った。東京で十二月に雪が降るの は五年ぶりらしい。

 雪はすぐに雨になり、雪乃がみていた校舎の窓に水滴の跡をいくつもの線でにじませた。

 雪乃という名前は、日本に来ることのないまま亡くなったおばあちゃんがつけたのだと、雪乃のおかあさんが前に教えてくれた。おばあちゃんは雪が見たいと死ぬまでいっていたそうだ。

 暑いブラジルで思う日本の雪。見たことのない日本の風景。雪乃はその目で見ていた。

「ちょっとだけ降ったな」 昼休みに雪乃の席の隣を通りすぎるときに言った。 久しぶりに僕に話しかけられた雪乃は驚いた顔で振り向き「うん」 と笑ってくれた。 でも、それ以上僕は話しかけなかった。

 冬休みに入ると、ほかの友だちと同じように朝から塾に通った。雪乃が住むアパートの前を通り塾に行く。

 クリマスの朝、雪乃がアパートの前で僕を待っていた。

「今夜、クリスマスパーテイーをするの」 赤いマフラーをした雪乃はパーテイーに招待してくれたが、家族で食事に行く予定があった僕は「いかない」と乱暴に断って走り出した。どうして走ったのかはよくわからないけど、早くそこからいなくなりたいと思ったのだと思う。

 走り出し振り返ると、まだ雪乃がそこに立って僕を見ていた。僕は何か言わなくてはいけないと思い、大きな声で 「マフラー買ったんだね」と叫んだ。

 赤いマフラーをグルグルに巻いた雪乃の顔がとても嬉しそうで、そ の顔をみたらなぜか心がチクチクした。 悲しいとか寂しいじゃなく、なにかがチクチクと胸の奥に刺さるのを、初めて感じた。

 冬休みが終わり学校に行くと、雪乃はいなかった。急にブラジル 帰ったことを始業式の初めに先生が教えてくれた。 雪乃が転校したことを聞いても、クラスのみんなは何も言わなかった。「えー」という言葉も。

 その日、僕は初めて塾をさぼり雪乃が住んでいたアパートに行った。まだ、錆びた郵便受けには【青木】という雪乃が書いた文字が残っていて、そこにはビザ屋さんのチラシが入っていた。

 住んでいる人に話しかけられないかビクビクしながら、僕は一番奥の部屋まで足音を出さないように歩いた。何度も、雪乃と歩いた部屋に続く細く暗い道の先には雪乃の弟が歌うアニメソングは聞こえなかっ た。

 誰もいない部屋のドアの前に立ち、ノックをしようとしてやめた。

 雪乃の住んでいたアパートからの帰り道、僕はマフラーを鼻水で濡 らした。そして、雪乃が嬉しそうにしていた真っ赤なマフラーは、ブ ラジルでは要らないのだろうかと思った。

 それからの僕は、受験勉強のふりをしながらブラジルのことを調べた。図書館で借りてきた本を参考書の上においては読んでいた。そこには雪乃が見せてくれた写真とは違うブラジルがあり、僕はいつもその風景の中に雪乃を探していた。

 受験の日は、あの日と同じように空が曇っていた。おかあさんと乗った電車からの風景もあの日と同じだと思う。 試験を終えた僕が校舎から出ると、おかあさんが「どうだった」と尋ね、僕は雪が降ればいいのにと思いながら「まあまあ」といつもと同じように答えた。

 帰りの電車の中で雪が降り出した。

「そういえば、雪乃ちゃん引っ越したのね」 お母さんは雪をみて、もう二年も話に出なかった雪乃のことを思い 出した。「うん」おかあさんも、おとうさんも雪乃のことが好きじゃないことは知っていた。 大きな声でポルトガル語を話し、古いアパートに住むブラジルから来た雪乃の家族のことを避けていた。

「クリスマスの次の日に雪乃ちゃんが来たじゃない」おかあさんの言葉に驚いた。 僕はそんなこと聞いてない。でも、おかあさんは「言ったわよ」と困って嘘をついた。

 雪乃はクリスマスの次の日に来て、明日でブラジルに帰ると言った。

「幸樹くんに『ありがとう』って言っといて下さい」それだけ言うと、帰って行った。そのことを知っていれば、僕はきっと雪乃にアパートに行ったと思う。

 話したかったことも、謝りたかったこともたくさんあった。きっと、それは雪乃も同じだと思う。

 雪はどんどん大粒になり街路樹の上に白く積もった。 僕は泣き顔を見られないように、電車の窓におでこを押しつけた。

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