その5 魔女に出会った日3
はい……?
なんじゃソリャ!?
いきなりな展開にフリーズしていると
「……魂は、内なるもの。それを、分け合うには、体内で、つながるしか、ないの。――心配、しないで。魂の儀式は、こういう、ものだから……」
キャナが弱々しい声で補足してくれた。
つまりは――エッチをするってことか。
出来過ぎなくらいに出来過ぎたシチュエーションだな。まあ、魂のやり取りをするためには「体内でつながらなければならない」というのも、何となく理屈としてわからなくもないが。
ってか、これが男同士とか女同士だったらどうするつもりなんだ? まさか――って、まあそれはどうでもいい。今この場面で、そういういかがわしい想像は全く不要だ。
キスじゃダメなのか……?
なんて、ためらっている余裕はない。
よほど体力が限界に近づいているのか、キャナの呼吸はだいぶ荒い。元々透けるように白い肌だったが、次第に血の気を失っていっているようだ。あたかも幽鬼のように青白くさえ見える。
彼女は俺を受け入れる覚悟ができているのか、布団の上に横たわってじっとしている。
この際、性行為だろうが何だろうが、やるしかないのだ。
俺の魂半分――くれてやる。
「……」
俺はゆっくりと立ち上がり、キャナの足元の方へ回った。
そうして穿いていたトレーニングウェアのズボンを下ろそうとすると
「あの……あなたも、裸に、なってね。下だけだと、その……なんか、ヘンな、感じだし……」
ちょっと恥かしそうに、キャナは注文をつけてきた。
おいおい。
この期に及んでエッチに対する要望事項ですかい。
ちゃっかりしてんなァ……。
ってか、この経験豊富そうなおねーさまが恥らうってのも、どんなものだろう? 見た目とは裏腹に、意外に経験不十分?
なんか違和感を感じたものの、俺は一つ頷くと注文通り裸になってやった。確かに、下だけ脱いでヤるというのは、どうも薄みっともないような気がせぬでもない。
そうしてキャナの両脚を丁寧に(一応ケガ人かつ瀕死の状態だからだ!)持ち上げつつ身体を密着させると、
「じゃ、いくからな……」
そう告げてから、静かにゆっくりと腰を沈めていった。
彼女は目を閉じてされるがままになっていたが、大事な部分に俺を感じた瞬間
「……んっ!」
小さく声を漏らし、ぴくりと身体を震わせた。
百年以上生きているせいか、どうも処女ではなかったようだが、別にそれはどうでもいい。
――あとは、お決まり。
あまり激しくしてはいかんと何度も心の内で自分に言い聞かせつつ、腰を動かしている俺。
黙って俺に身体を預けているキャナは、投げ出した両手で軽くシーツをつかんでいる。
美しい彼女の相貌を間近で見ていると、続けているうちに、苦しげだった表情が次第に穏やかになっていくのがわかった。単に気持ちがいいのか、俺の魂が彼女の体内に入り込んでいっているからか、それはよくわからなかったが。
ところが。
しばらくして異変は俺の方にやってきた。
キャナの体内に挿れているナニと彼女の大事な部分に密着している辺りに妙な違和感がある。
そこから何だか……俺の中の何かがすうっと引っ張られていくような感覚をおぼえたのだ。
といって、まだイッてはいない。
魂を分け与えるという作業だし、と思い返しつつ腰を動かし続けていたが、突然心臓の辺りを激しく突き抜けるような衝撃に襲われた。
「……!?」
瞬時に目の前が真っ暗になり――エッチの最中にダッサいことだが、俺はそこでふっつりと気を失ってしまった。
どれくらいの間、意識がなかったのだろう。
ふと、身体中に柔らかくて温かいな感触を感じ、俺は目を覚ました。
「……気がついた? 無理に起き上がっちゃダメよ?」
その温かな何かから、微かな振動と共に優しげな声が伝わってきた。
「う……」
網膜に飛び込んできた強い光が痛い。
昼……ということは、あれからだいぶ時間が経ったようだな。
ややあって脳みそが働き始め、ようやく俺は状況を理解した。
エッチ――に間違いはないが、正しくは魂分与の儀式――の最中に意識を失って倒れてしまった俺。
その俺の身体を、仰向けのキャナが抱きとめていてくれたのだ。
目を上げると、ほんのすぐそこに、彼女の微笑む顔が見えた。
両方の即頭部に触れてくるこの柔らかなものは――キャナの豊かな胸らしい。
「キャ、キャナ……? 俺、いったい……?」
「もう三日間も意識がなかったのよ、あなた。あたし、魂全部もらっちゃったのかと思って、気が気じゃじゃなかったわ」
ふふ、と可笑しそうに笑ったキャナ。
すっと目を細めて愛おしそうな表情をした。
「……でも、ありがとう。あなたのおかげであたし、生き伸びることができたの。ほら、こーんなに元気そうでしょう? こうも清清しい気分になれたのなんて、もう何十年ぶりかしらね?」
俺の背中に回されている彼女の腕に力がこもった。すっかり甦ったキャナのぬくもりが、ことのほか温かい。
ああ、心の底から感謝してくれている。
そう感じたら、俺自身もなんだか嬉しくなってきた。
――魂を分けてやって、良かったかもしんない。この不安定な社会で長生きなんてくそくらえだし、まああとは何とかなるだろう。そういう感じで、俺は完全にタカをくくっていた。
それにしても、壮絶な作業だった。
エッチだけで済むと思ったら、突然得体の知れない衝撃に身体中を貫かれ、そのまま三日間もぶっ倒れてたんだからな。魂をくれてやるのは、思っていたよりもそう簡単なコトではないんだな。連休中でホントによかった。
「あ、わりィ……。三日間も、重たかっただろ? その辺に寝かせておいてくれても良かったのに」
起き上がろうとしたが、キャナは俺の身体を抱き締めたまま、離そうとしない。
いたずらっぽい笑みを浮かべて
「……いいコト? 魂を分け合った以上、あたしはあなたで、あなたはあたし。これからお互い、長い付き合いになりそうよ。二人とも元気になったコトだし、あらためて結盟の儀式を……ね?」
そのままくるっと身体を入れ替えるように回転させ、今度は俺が下になった。
え……?
前回のが中途半端だったからって、わざわざリベンジ希望かよ?
「お、おい。それはそうだけど、こんな真昼間から――!」
そう言いかけた俺の口を、キャナの柔らかい唇が塞いでいた。
生まれて初めてかも知れない、舌がうにょうにょのやったらとディープなキス。
で、そのあと俺達は、あらためて――。
ヤることは済んだが、俺とキャナは裸のまま布団の上でごろごろしていた。
どうせゴールデンウイークの連休なのだ。
お出かけしようとマッパで寝転がってようと、誰からも苦情を言われることはあるまい。
仰向けになって大の字で転がっている俺の胸の上に、キャナがあごを乗せてきた。彼女は俺の目線に自分のそれを絡ませながら
「そういえばさ、あたし、あなたの名前をちゃんと聞いていなかったのよね。……なんていうの?」
「孝四郎。風間孝四郎ってんだ。今十六歳で、もうすぐ十七歳になる」
「へぇ。じゃあ、孝四郎ちゃん、ね?」
「ちゃんはやめてくれよ。せめて、君にして欲しいんだけど」
「魔界じゃ、十六年ぽっちの人生なんてまだ幼児に過ぎないもの。……あ! いーこと閃いた! こーちゃんって呼んだげる。呼びやすくてぇ、可愛らしいでしょう?」
こーちゃん、ね。
そういや、中学校の時付き合ってた女の子にそう呼ばれていたな。
あのコは別の高校に進学したが、今ごろどうしているだろう。
――などと考えていると
「こら。よその女のコトを考えちゃダメ! キャナのことだけ見てよね!」
怒られた。
……あれ?
「キャナ、お前……俺の考えとか読みとれんの? それって、魔法なのか?」
「きゃはは、引っかかったぁ! 当てずっぽうだもん。――でも、ホントに違う女のコトを考えてたなんて、ひどーい!」
そこでキャナの目つきが一瞬だけ鋭くなったのを、俺は見た。
「これからはあたし、こーちゃんに近寄る女は全部殺しちゃうからね。こーちゃんはあたしだけのもの。いいこと?」
そいつは勘弁してくれ……。
こうしていると優しくてほわーんとしたおねーさまだが、魔女の本性向き出しになると、やっぱりオドロオドロしいものがある。あんまり逆らわないほうが身のためかもしれない。
――それからキャナは、俺の素性について幾つか質問してから、自分のことや魔界の存在について語って聞かせてくれた。
話はかなり長かった。
まるで独り言でも吐いているかのようなキャナの説明を、俺は天井を見つめながら黙って聞いていた。
――あのね、本当なら、わざわざ魔界から逃亡する必要なんかなかったのよ。
あえてそうしなければならなかったのは、ハメられたから。
そのハナシ、話せば長くなるけど、これからこーちゃんと一緒にいるんだし――って、え? だってあたし、こーちゃんの魂もらって生き延びることはできたケド、このあとほかに行くトコないもん! ここに一緒にいてもいいでしょ? 二人で仲良く暮らすんだからぁ、あたしのコト、聞くだけ聞いてよ。
めんどい?
そんなコト言ってると、またこーちゃんの周りの時間を止めちゃうぞ? きゃはは、うそうそ。
……魔界にいる奴らって、みんな大なり小なり魔法を使うのね。
だけどほとんどの魔界人っていうのは、世界を木っ端微塵にできるようなすごい力はもっていない。ってか、みんながそうだったら大変なコトよね。
ただ、一部に例外な連中がいるの。
姿は魔界人とか人間と同じに人の形をしているんだけど、魔界人じゃない。魔族って呼ばれていて、彼等こそ魔界人を一瞬で皆殺しにできるほどの魔力をもっている。
どうしてそういう奴らがいるのか、正直なところよくわかってないのよね。きっと本質的には魔界人とは何にも変わらなくて、たまたま人並みはずれた魔力をもって生まれた魔界人っていうだけのことだと、あたしは思っている。その証拠に、最初の頃は魔界人とかに混じって普通に暮らしていたのよ。
だけど、彼等の力を恐れた魔界人達からの迫害が始まって、追放されたり殺されたりした。それで人数はばたばたと減ってしまった。今生き残っている魔族はあちこちに散り散りになって、魔界人に見つからないようにひっそりと生きている。
その強大な力で魔界人達を見返してやればいいって?
残念ながら、魔界人は魔族にそういうことをさせないようにするために一つの策を考え付いたのよ。その話はあとでしなくちゃいけないから、ちょっとすっ飛ばすわよ?
え? あたし? ……うん、実は、そう。
あたしの父親はフツーの魔界人だけど、母親は魔族だったみたいなのね。
で、生まれてきたあたしにも魔族特有の絶大な魔力が具わっている。だから、あたしも魔族の端くれね。ちなみに、男の魔族を「魔人」、女を「魔女」っていうの。あたしは女だから魔女なのよ。
あたしが生まれてきた頃はもう、魔族への迫害がひどくなっていた。
聞いた話だと、母親は魔界人に追われて殺されそうになって、でもそこを助けたのが魔界人である父親だった。そういう風に、魔界人の中にも魔族の理解者は少なくないわ。だけど、彼等の力ではもう、魔界人全体に根付いた魔族への憎悪を食い止めることはできなくなってしまった。逆に、魔族に協力した魔界人が同じ魔界人に殺されてしまうほどだもの。
――言ってるコトの意味、何となくわかった?
そうなのよ。あたしがまだ幼い頃、父親と母親は魔界人に捕えられて連れ去られてしまって、二度と戻ってはこなかったの。
ずっとあとになって聞いたんだけど、両親は……魔界人に殺された。何の罪もないのに。
大勢の群衆の前で、火術で足、手、腹、って少しづつ焼かれながら処刑されたんだって。苦しかったでしょうね。でも、あたしも捕まったらそうやって殺される。魔界なんて、そういうところよ。それにしても人間の世界って、すごく平和なところだわぁ。魔界の現実がウソに思えてくる。
で……なんだっけ、そうそう、そういうことがあったから、あたしはいつか魔界人に復讐してやろうって、固く心に誓ったの。
何度も危ない目に遭いながら、必死に逃げて逃げて逃げ延びた。
言い忘れてたけど、魔界は優れた術者達の集団に治められているの。
「魔界府」っていうんだけど、そこに所属している奴らは「魔界衆」と呼ばれている。
こいつらが魔界人の恐怖心を煽って魔族を迫害させているのよ。
あたしはほかの魔族の人達にかくまわれながら少しづつ魔法の技術を磨いて、それで魔界府への復讐を始めた。
魔界衆の連中を見つけ次第、片っ端から殺していったの。
ここ二十年の間に、二千人以上は葬ったわね。あたしには、それだけの魔力があったから。力の弱い魔界衆の奴らを殺すくらい、造作もないことよ。
当然、魔界府は騒ぎ出した。
でも最初、犯人があたしとまではわからなかったみたい。
それで彼等は本格的に始めたの。――悪夢のような「魔族狩り」を。
捕えられて殺されたのは、魔族だけじゃないでしょうね。魔界人であっても、疑われればそれまで。どんなに無実を訴えようと、待っているのは処刑だけ。
――あたしは長い間ほとんど独りぼっちだったけど、たまたま魔族の親友ができた。
メイアっていう女の子。魔女ね。
あたしほどの魔力はないけど、それでも実力は高かった。彼女と組んで魔界衆の奴らをどんどん蹴散らしてやった。楽しかったなぁ。
メイアも家族を魔界衆に殺されたらしくて、魔界府に強い恨みを抱いていた。
だから、彼女となら魔界府を潰してやることも不可能じゃないって思ったりしたんだけど、そうは甘くなかった。
さっきちょっと言いかけたけど、魔界府は魔族の強大な力に対抗する研究を何百年も続けていたの。
それでようやく一つの形が出来上がった。
「魔封」っていう術。
……あ、こーちゃんたら飲み込みが早いわぁ!
そうそう、魔力を封じてしまう術なのよ。っていっても、術者が単独で発動できるような代物じゃない。大地とか壁に魔封陣を張って魔力の強度を固定しないとならないんだけどね。
魔界府の中心者――魔界府八術師――は魔界衆に命じて、魔界全体に魔封を施すってとんでもない策に打って出たの。そんなコトしたら、みんな魔法を使えなくなるだろうって? そこはそれよ、極めて強力な魔力を持つ者にだけ作用するようなやり方もできるのね。わかりやすくいえば、魔族だけを無力化するってコト。
正直、これをやられてしまえばあたし達魔女はお手上げ。魔法を封じられたら、何もできないただの人になってしまうからね。
それであたしとメイアは相談した。――魔界中に張られつつある魔封陣を潰すしかない。
でも、いくらあたし達が魔族だからっていっても、とてつもない困難を伴うのは目に見えていた。魔封の術を発動させるのは魔界府の中心・宝魔殿にいる強力な術者達だからね。魔封陣を潰すと同時にそいつらを止めなくちゃイミがないってことよ。宝魔殿に潜入するのは、地獄のど真ん中に飛び込んで身を焼かれてもいい、くらいに決死の覚悟が要る。
さすがにためらうわよ。
そうしたらメイアが「魔界府にはあたしが乗り込むから」とか言い出した。
止めるわよね、友達だもの。生きて帰れる見込のない場所に行かせる訳にはいかない。
でも、メイアは言ったの。
「あたしの手元には両親と祖母が遺してくれた、古代魔術書写本の一部がある。これに書かれている古代転移魔術を駆使すれば、魔界衆と戦うことなく宝魔殿にたどりつける筈よ」って。
古代魔術。
その名の通り、遠い昔に魔族だか魔界人だかしらないけど、地上に現れて殺戮の限りを尽くした魔神と戦うために編み出したといわれる究極の魔術よ。その術果や破壊力は常人の想像の及ぶところではないみたい。みたい、って曖昧な言い方をしたのは、古代魔術に手を出した者でその後まともに生き長らえた者はいないから。
どうしてって?
今はもう伝承に過ぎない存在だけどその昔、人並み外れて強い魔力を持った者がさらなる力を欲するあまり摂理からはみ出したいかがわしい魔術に手を出した挙げ句、心も姿も醜く歪めた狂気の存在に堕してしまった。これが魔神。魔神は他者の魂を奪い、自ら取り込んでさらに力を増長させる。だから、例え魔族の力をもってしても、魔神を食い止めることはほとんど不可能だったといわれているの。
でも、放っておいたら魔界そのものが滅ぼされてしまう。
だから、心ある魔族だか魔界人だかが、自分の魂を犠牲にして強力な術果を得られる魔術を編み出して魔神に対抗したってワケ。それで魔神と術者は滅んだけど、古代魔術だけは今に伝えられていた。
とはいってもね……残っているのはその全部じゃないのよ。
アタマのいいヤツがいたらしくて、破壊魔術とか創造魔術みたいなヤバっちいのは歴史のどこかに葬り去っちゃって、今魔界にあるのは転移魔術とかちょっとした系統のものだけ。
結局、宝魔殿の方はメイアに任せて、あたしは魔界都の外れに作られつつある魔封陣をぶっ潰しに向かったの。
そりゃあ、泣いてお別れしたわよ。
時空転移じゃないから魂全部持っていかれることはないけど、それでも大部分を消耗してしまうことは目に見えていたしね。でもメイアは笑って宝魔殿に乗り込んで行った。
だから、あたしも腹を括った。
メイアが生き延びるためなら、あたしは魔封陣をぶっ潰してから死んでも構わないって。
魔界衆の連中、さすがに襲撃を警戒してたらしくて魔封陣の辺りにやたらと人数を置いていた。あたしが魔女だっていっても、一度に何百も相手にするのはツラかったわぁ。ちまちまと飛んでくる殺傷魔術を防ぎきれないのよ。……このキズはその時にできたのね。魂が回復したから、すぐに治ると思うケド。
そこまではよかった。
でも、そのあととんでもないことが起きた。
――潰した筈の魔封陣が発動し始めたのよ。
最初は何がなんだかわからなかったけど、魔界衆の慌てる様子を見てあたしは事実を知った。
メイアのヤツよ。
あの女、秘かにろくでもない禁忌の魔術なんか手に入れていたのね。
犠魂陣っていって、古代魔術の一種らしいんだけど、要は犠牲者の魂を奪い取って魔力に変えてしまうっていう、これこそ究極の悪魔の術よ。噂には聞いていたけど、本当に存在するのかどうかはわからなかった。どうやって手に入れたのか、メイアはあたしに黙ってそんなアブない術を隠しもってやがったのよ。
……あとは、こーちゃんでも簡単に想像できるハナシ。
メイアはまず、そのヘンの魔界人から奪った魂の力で転移魔術を使って魔界府に乗り込んだ。
今度は魔界府八術師とか魔界府の連中を片っ端から犠魂陣にハメて抹殺、事実上魔界府はあっけなく彼女の手に落ちたってワケ。大した魔術の技量もない奴らはほとんど殺されたでしょうね。
忌々しいのはそのあとよ。
何を思ったのか知らないケド、メイアは自らの手で魔封陣を発動させ始めた。
きっと、あたしをも葬り去ろうとしたんでしょうね。本気出せば力はあたしの方が勝っているから、のちのち邪魔になると踏んだに違いない。こうなった以上はもう、彼女は「魔神」と同じよ。あたしがいなくなった魔界で踏ん反り返って君臨しているんでしょうね。
……で、強力な封魔の波動が迫ってくる中で、あたしは思った。
ああ、味方のフリして近づいてくるような輩は、全部敵なんだって。
悟ってはみたけど、その時はもう遅かった。
あの女が放つ魔封の術を妨げるヤツなんかいないから、ほとんど成功したようなもの。黙っていれば数分もしないであたしの魔力は完全に封じられてしまう。
でも、一つだけ逃げ延びる方法がある。
――あたしもまた、実は転移魔術の使い方を把握していたの。
いつか魔界衆の連中に追い詰められるようなことがあったら、それを使って逃亡しようって思っていたから。両親みたいに、捕まって痛めつけられながら死んでいくのはイヤだったもの。もちろん、使えば魂を根こそぎ持っていかれるけど、転移して魔界衆のいないところで静かに死ねればいいって考えていた。
あたしが知っていたのは、メイアが使ったようなハンパな転移の術じゃない。時空を跳躍して異世界へ移動するための転移魔術。その跳躍先はどうやら人間の世界らしいってコトは聞いていた。どうも、かつてそれに成功した魔族がいるらしいんだけど、その真偽のほどは……ね。
そこから先は、こーちゃんが知っている通り。
力を使い果たして倒れていたあたしを、こーちゃんが見つけて助けてくれた。
自分の魂まで分けてくれたってのは、ホント、予想外だったけどね。
でも、こっちの世界にきてわかったコトが一つある。
魔界では異世界に暮らす人間なんて魔術も使えない下等な存在だって言われていたけど、あたしを庇ってくれた魔族とか魔界人の人たちと同じように、自分を犠牲にしてでも力を貸してくれる人間がいたっていうすごい事実。
意識のないこーちゃんを抱き抱えながらしみじみ思ったわ。
あたし、死ななくて良かった。
こっちの世界で、あたしを守ってくれたこの人を、今度はあたしが守って暮らしていくってのも、何だか悪くないような気がするって――。
一部始終を語り終えたキャナは、自分の顔を俺にぎりぎり近づけてきて、尋ねた。
「……もう一度だけ訊くわね、こーちゃん。今聞いた通り、あたしはこんな女。魔界では数千人を殺した重罪人よ。悪魔とか魔神呼ばわりされている、血も涙もない冷酷非道な魔女。ついでにいえば、自分の身を守るために身体を売ったコトだって一度や二度じゃない。――あなたは、そんなあたしに大事な自分の魂を分け与えたのよ? イミ、わかってる?」
「あァ、まあな……」
俺は気のない返事をしつつ、ゆっくりと起き上がった。
何を言い出すのかと思ったら。
いちいち、念を押されるまでもねェ。
「……俺はね、キャナ。あんたが大量殺人鬼だろうと魔女だろうと、そこはどうだっていいんだ。魂を分けてやる前に訊いたよな? 自分が正しかったって、今でも信じているのかって」
「……」
「正しいと信じてるっていうから、それでいいじゃねェか。俺は自分の行動をあとからグチグチ言うような趣味はねェんだ。――キャナを信じたから俺は魂をくれてやった。それだけのことさ」
きょとんとしているキャナ。
事実、俺はどうでも良かったんだ。
これが人間の女だったら取りあえず警察に自首して貰わねばならないけど、日本の法律で魔界の魔女なんか裁けないし。
本当に知りたかったのは、キャナがスジを通しているのかどうか、それだけ。
「ハラ、減ったな。三日間飲まず食わずでぶっ倒れていたし。――とりあえず、メシ、食わね?」
キャナはぼーっと俺の顔を眺めていた。
が、みるみる笑顔になって
「……うん!」
子供みたいに無邪気にうなづいた。
まあエッチも悪くはないけど、それよりも向かい合って一緒にメシを食うこと。
友達だろうと恋人だろうと家族だろうと、お互いに分かり合うために、これ以上に大事なコトってないんじゃないだろうか。
――俺はそう思っている。




