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その35 VS魔神5

 激震と共に崩壊していく魔都中心部。

 俺とキャナ、二人の魂の「共振増幅」が発動したせい。

 その効果たるや、俺の想像をはるかに超えていた。

 あふれる魔力の波長は広い範囲に強く作用して大地や大気を揺るがし、思い出したように地面や建物の残骸を宙に跳ね飛ばしている。見渡す限りの視界を霧がかかったように白く染めているのは、半実体化した魔力が放つ輝き。

 こんなにも絶大な破壊力があるというのに、数千年にわたる魔界の歴史において、これを行使した術者はいなかった。いや、できなかったのだ。

 自分の魂を他者に分け与えようとした者がいなかったがために。

 古代魔術に象徴されるように、自己犠牲の魔法は確かに存在した。

 が、それは自分や同朋が窮地に陥った際に最後の手段として行使しただけのことであって、魂の分与はそれとは異なる。

 ピンチでも何でもない時に行わなくては意味がないからだ。

 例えば、魔族のカップルが魔界衆に襲われているときにエッチなんかできるだろうか。

 できやしない。

 そして魂の分与が可能な条件として、分与される側の魂が限りなくゼロ、つまり瀕死でないとならない。ちょっと考えればわかるが、まだ魂が十分なのに他者の魂をもらったら一個体の中に二つの魂が宿ることになる。これはありえない。

 もっといえば、共振増幅を発動させるものは単なる自己犠牲の精神じゃない。

 一つの魂を分け合った者同士が共に生きようと望むこと、つまりお互いに「共存」の心をもたなければ、決して発動することはないのだ。

 とまあ、共振増幅はいろいろ小難しい面があるようだけど、ともかくも俺とキャナはそれの発動に成功したワケで。


「こーちゃん……」

「あァ」


 吹っ飛んでいく街のど真ん中に寄り添って立っている、全身血まみれキズだらけの俺達。

 二人のほかは誰もいない。

 まるで、核戦争を描いた映画とかアニメの主人公になったような気分だ。

 いや、忘れちゃいけない。

 まだヤツもいる。

 ――魔神。

 宙に浮いたまま、じっとこちらを見つめている。

 ただ、さっきまでとは明らかに様子が違う。

 今までモロ冷酷かつ無表情だったヤツの顔が醜く歪んでいる。

 ずばり、恐れ。恐怖。

 突然キャナの魔力が何倍にも膨張したことが理解できないでいるらしい。


「あなた達、何をしたの……? この魔力の高ぶり、大地の響き、大気の唸り、尋常じゃない。――この波長は、私の存在を脅かすもの。早く、消し去らなければ……」

 

 呟くなり、俺達の頭上に例の巨大な黒弾が出現した。

 その数無数。

 しかし、キャナは腕に蚊がとまったほども気にしていない。


「黙りなさい。あんたの負けよ」


 静かに宣告した、その刹那。

 黒弾が一斉に俺達目掛けて降り注いできた。

 が、避ける必要も防ぐ必要もなかった。

 重力に引かれるようにして落下しかけた黒弾は全て、すぐに風船が割れるようにして破裂し、あっさり消滅してしまったからだ。

 強大になったキャナの魔力の影響下にあるから、魔神の魔法は発動していないにも等しい。


「……!?」


 大きく口を開け、顔全体で驚きと戦慄を表現している魔神。

 その様子、ムンクの叫びに似てなくもない。


「……黙れっつってんのよ。このイカレボインが」


 キャナが唸った。

 間髪を容れず


 ズンッ――


 空間全体が瞬間的にビリビリと震えた。

 思わず首をすくめつつふと魔神を見やると……右腕が、肩の付け根からなくなっている。


「……!?」


 何が起こったのか、という顔の魔神。

 異変を悟って恐る恐る右を向いたヤツは、そのままフリーズしている。

 痛がるでもなく、ひたすら硬直。 


「あんた、あたしのこーちゃんを殺そうとしておきながら、タダで済むと思ってんの……?」


 ゴオォン!


 俺達の周囲の地面が激しく吹き飛んだ。

 キャナの凄まじい怒りで魔力がさらに増幅したのだ。

 もう、誰も彼女を止めることはできない。

 魔界を滅ぼす存在として恐れられたあの魔神すら怯えさせる程だ。

 だが、ヤツはあくまでもキャナのことを殺したかったらしく、憎しみに満ちたおぞましい形相を見せた。美しい女性のそれは見る影もない。


「おのれ……! 魔女ごと――」


 咆えかけたが、台詞は途中で途切れた。

 開いた魔神の口から喉へと細長い光の刃が貫き、先端が背中から飛び出ている。

 串刺し。


「がっ、ごがごごごごが……」


 声にならない声が漏れた。

 ぴくりと身体を痙攣させた魔神。

 さらに、次の瞬間。


「ごがっ!!」


 衝撃で、魔神の全身が大きくのけぞった。

 少なくとも俺の目には停まっていない。

 いつそうなったのか、魔神の首、胸、腹、両足、そして腕と、幾本もの光刃が……。

 あまりに多くの数が刺さりすぎていて、あたかも大きな光の花が咲いたかのよう。

 言うまでもなく、キャナが放ったものだ。


「……あんた、魔神だものね? これくらい、痛くもなんともないでしょ?」


 事も無げな彼女。

 俺は思いだしていた。

 いつだったか、刺客として現れた魔界衆の男をじわじわとなぶり殺した、冷酷な魔女の横顔を。

 確かに、今も行為そのものは残酷非道かも知れない。

 ただ、相手は血も涙もない思念の集合体、魔神。

 ヤツは多くの魔界人達の魂を食らって殺し、かつ俺達をもその手にかけようとした。

 少なくともキャナは面白がってやっているワケじゃない。

 光刃の一本一本が、彼女の強烈な怒りの現れ。

 だからこれは冷酷非道な惨殺なんかじゃない。

 ――魂を弄ぶ極悪な存在への裁き。そして魔神に殺されて死んでいった者達へのレクイエム。


「ひとつだけ、言わせてもらうわ。……あんたにやられて痛かったのは、あたしのカラダよりも」


 魔神に向け、すっと右手を差し向けた。

 と、左手が俺の右手に触れてきて、そのまましっかりと握られた。


「……?」


 俺の意識がその左手にいった瞬間のことだった。


 ドッ――


 世界が白一色に染められていた。

 どこもかしこも眩い光に満たされていて、何一つ見えやしない。

 かといって、眼球に痛いということはなかった。

 むしろ柔らかくて温かくて、懐かしい感じがする。

 何だろう、これは……?

 キャナのヤツ、どんな魔法を放ったんだ?

 ああ。

 そういや今彼女が使った魔力は、俺の魂から放出されてるんだっけ。

 思うともなしに思っていると、光のぬくもりのせいか、次第に心地よくなってきた。

 それは傷ついて疲労した肉体に温泉のようにじんわりと染み込んでくる。

 で、こんな場面でなんだが、俺は――いつしか、意識が遠のいていた。

 ただ、完全に意識を失う瞬間まで確かに感じていたのは、俺の手を握りしめているキャナの感触、そして魔神につきつけられた彼女の勝利宣言――。


「――あたしの大切な人を傷つけられたことよ。地獄の底で詫びてもらうわよ?」




「う……」


 目を覚ますと、最初に視界に飛び込んできたのは見知らぬ天井だった。

 太い丸太が格子状に組まれていて、ワラのように乾燥させた植物をその上にかぶせて固定してある。

 ずいぶん原始的な工法。

 一瞬、今自分がどこにいるのかわからなかった。


「ここは……?」


 無意識に呟くと


「……あら、目が覚めた? おはよう、風間クン!」


 隣から、聞き慣れた声が。

 起き上がろうとしたが、身体中が鉛をくくりつけられたように重く、思うように動かなかった。

 首だけをゆっくりと回してそちらの方を見ると――


「メイちゃん? メイちゃんなのか?」

「覚えていてくれたのね? っていっても、お別れしてからまだ五ヶ月だもんね。忘れる方がヘンだよね」


 そこには、ほんわかと笑っているメイちゃんがいた。

 木の粗末な寝台の上に上体を起こし、分厚い革表紙の本を手にしている。

 あの日と何も変わっていない、愛らしい彼女。


「ここは……?」

「シュウさんの住処よ。魔都からは遠く離れているの。安心していいからね?」


 ここがヤツの研究所、もとい家なのか。

 石壁が剥き出しの部屋の中は何となく殺風景だったが、彼女のいるところには花が咲いているかのよう。

 ただ、身体や腕のいたるところに巻き付けられた包帯のような白布が痛々しい。彼女は魔界府に戦いを挑んだ末、強力になった魔界衆によって瀕死の重傷を負わされた。シュウは回癒魔術を施したとは言っていたものの、その傷がまだ癒えていないようだ。

 そういう俺もまた寝台の上に寝かされていて、身体中に手当されたあとがある。

 アタマがぼんやりしていて記憶が吹っ飛んでいたが、よく考えれば魔神の放った魔法によって身体中をズタズタにされたんだった。

 で、キャナと共振増幅を発動させて魔神を追い詰めたまでは覚えているものの、肝心なところで意識を失ってしまったような気がする。とすればキャナ、一人で魔神を討ったんだな。俺、ちょっと面目ない。

 ん?

 キャナ?


「そういや……キャナ! キャナはどうしたんだ? 彼女も身体中に傷を負ってたんだ! キャナは――あつっ! ってェ……」

「無茶したらダメよ、風間クン」


 寝台の上で騒ぎ出した俺をなだめるように、メイちゃんがにこっと笑って言った。


「彼女に何かあったんだったら、私がこうやってのんびり本なんて読んでいると思う?」

「……」

 

 それもそうか。

 慌てるなんて、俺らしくもない。

 メイちゃんは肩から羽織っている大きな布をかけ直しながら


「魂の疲弊といい肉体の怪我といい、実は風間クンの方が重傷だったのよ? シュウさんとミナちゃんに担ぎ込まれてから、もう七日間も眠りっぱなしだったんだもの」

「いっ!? な、七日間!?」


 やっぱり焦った俺。

 一週間も学校もバイトも休んじまった!

 それも、ノー連絡。

 ぎゃーっ!

 クビだ……間違いなく……。

 あんなにいいバイト先、探したってそうそう見つかるもんじゃない。

 ついでに、学校からも無断欠席をがっちり怒られるだろう。

 横たわったままがっくりしていると


「こーおちゃん! 目ぇ覚めたぁ?」


 いきなり重そうな木のドアが開き、キャナが入ってきた。

 ぜんぜん元気そう。

 あれだけ全身を切り裂かれたのに、すっかり傷は癒えているようだった。裸エプロンに見えなくもないセクシーな衣装を身につけている彼女は肌のあちこちが露出しているから、一目瞭然。俺やメイちゃんみたいに手当のあとはほとんどなかった。唯一、片方の腕に白布を巻いているだけ。

 元気なのは良かったが……どういうこと?

 何で彼女だけ傷の回復が早いのだろう?


「キャナ、お前……」


 俺の目覚めを知ったキャナは駆け寄ってきて


「やーん! こーちゃん、おっはよー! 魔神はねぇ、とりあえずぶっ潰しておいたよー! そのうちまた復活してくるかもしんないケド、あたしとこーちゃんで何とかなるっしょ。心配ないない! きゃはは」


 ありえないほどのハイテンションできゃたきゃた笑っている。


「キャナ、ケガは……?」

「ほとんど治ったよん。魔神ぶっ飛ばしたあとシュウさんに回癒魔術かけてもらったんだけど、すごいのよぉ! 共振増幅の影響で、キズがあっという間に塞がっちゃって。でも、こーちゃんは魂がくたびれきってたし、回癒魔術を使っても共振増幅の効果がなかったの」

「そっか。生きてるだけいいさ。ってか、魔神と戦ってる最中だったってのに、最後まで立ってられなくてゴメン……」

「謝ることないない! こーちゃんはねぇ、けっこー大怪我してたんだもの。あたしこそ、ごめんね? こーちゃんに痛い思いさせちゃって……」


 ちょっと悲しそうに瞳を伏せた。

 喜怒哀楽がはっきりしているキャナ。

 一緒に暮らしていたあの頃の彼女を見ているよう。

 ……良かった。

 何度もきわどいシーンに直面したけど、結果として彼女を助けることができた。あと、おまけっちゃおまけだが、混乱に乗じて復活した魔神の撃退にも成功した。共振増幅に魔力の発動はすさまじく、魔都の中心部をほとんど潰滅させてしまった。俺とキャナ、同じ魂を分かち合う存在に、あんな力があったなんて。


「俺が自分から首突っ込んだコトだぜ? 別に、どーってコトはねェよ。もうちょい大人しくしていれば、何とかなるんじゃねェかな」

「そっか。こーちゃん、とっても強いもんね」


 キャナはふわっと微笑んでから顔を近づけてきて


「だいぶ元気になったみたいだから、じゃ、遠慮なく。……おはようのキッスね!」


 ちゅーっ――


 起き掛けから、刺激度「強」ならぬ「超」のディープなキス。

 すると、隣のメイちゃんが仕方なさそうな表情で


「二人とも。くっつきあうのはいいケド、時と場所は選んで頂戴ね? 私はまだいいとしても、この家には……ほら」


 苦情をもらってしまった。


「……ん?」

「あぇ?」


 唇を離し、部屋の入り口の方を見やった俺とキャナ。

 ドアが少しだけ開いていて、隙間からミナちゃんがのぞいている。

 恥かしそうに顔を赤くしている彼女、慌てて視線を逸らしながらしどろもどろに


「あっ、あのっ、そのっ……メイアさんとおにいちゃんの食事が……その……できたの……」

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