その36 嵐のあと
魔封陣を破ったり共振増幅を発動させたりと、八面六臂の活躍をした俺の魂。自分ではよくわからなかったけど、その反面、かなり疲れてしまっているらしい。
肉体的な回復が思いのほか遅いのは、どうもそのせいであるとメイちゃんもキャナも言った。
五体満足で生まれてきた俺は身体が人並み以上に頑丈で、多少の病気とか怪我なら一晩か二晩寝ればあっさり元気になっていたものだった。日々、市内の他校生をことごとく敵に回してケンカしまくっていられるのも、こういう肉体のおかげであることは言うまでもない。
ところが、今回はそうもいかなかった。
倒れてから一週間も経つというのに傷口がふさがりきらないし、身体中に力が入らない。
寝たきり介護老人になっちまったみたいだ。
魂というのがここまで肉体に影響を与えるものだったなんて。
「焦っちゃダメよ? 心の動揺が、魂にはよくないんだからね? 気持ちを落ち着けて、じっと待つの。そうすれば、回復も早くなるから」
「そーそー、そーだよ、おにいちゃん。せっかく美人の魔女が三人もいるんだから、ゆっくり眺めてなよ。人間世界にこんな美人、いないでしょお?」
メイちゃんとミナちゃんがそう励ましてくれた。
そりゃまあ確かにその通り(=美女が三人もいるという事実)だし、回復が遅いことそのものは大して気にしちゃいない。魂の疲労が影響しているというのが、なんとなく理解できるからだ。
それよか俺の胸中が落ち着けないでいるのは――置き去りにしてきた、あっちの世界のことが気になって仕方がないから。
バイトはもう諦めるとしても、学校を休みまくってしまえば進級に響きかねない。
それに、加奈子ちゃんのこと。
もうキャナに会うこともないと思っていたから、ここ数ヶ月間で加奈子ちゃんと仲良くなったワケなのだが、思いがけない超サプライズなアクシデントを経て、再会を果たしてしまった。
処刑される寸前、俺が捨て身で無我夢中になって助けにやってきたという超ドラマティックな一事をして、キャナの心の中には生涯消し去ることのできない感動と愛が生まれた。ついでに、俺達は魔界始まって以来、たった一組の「魂の共有者」。キャナは俺、俺はキャナ、二人で一つ。
彼女と再会できたこと、これは別にいい。二人についていえば元の鞘に納まっただけのハナシだし、もっと視野を広げれば、シュウが思っているように俺達は魔界の騒乱にピリオドを打つための最終兵器。魔界人達は救えないアホぞろいだが、魔界から凄惨な殺し合いをなくせるのなら、利用されてやっていいと思う。魔界が平和になれば、シュウやミナちゃん、メイちゃんも普通に暮らせるんだし。
たまに小説とかアニメであるけど「俺を利用するのか」みたいな葛藤は全くない。
どっちでもいいと思う。利用されようがされまいが、俺の知ったコトではない。
――ただ。
キャナとのこと、加奈子ちゃんに何て説明しよう?
このままいけばキャナはいずれまた人間世界へやってくる。で、一緒に暮らすことになる。
当然、加奈子ちゃんと今の関係は維持できない。
まだお互いに気持ちを確認しあっていないし、友達の範疇だっていう見方はできるかもしれない。
だけど、彼女はひたむきで一生懸命なコ。
まさか「前に別れた人と元に戻ったんで」なんて(言わなきゃならないんだろうが)言えない。
虫がいい希望だというのは十分に承知している。
それでも俺は――加奈子ちゃんの悲しそうにする顔を見たくなかった。俺のせい以外の何物でもないんだけど。
かといって、キャナとかメイちゃんに相談するのもスジが通らないと思った俺、一人胸の内にしまいこんであれこれ悩んでいるしかない。
一週間ぶりに目を覚ました俺は、ほんのわずかに食事を摂るとものすごい眠気に襲われてまた眠ってしまった。
で、次のメシ時に起こされてはまた眠る、ということを繰り返した。
よほど魂の疲労が大きいのだろうと、魔女の三人は気をつかってできるだけ俺を起こさないようにしてくれていたようなのだが――。
「――風間クン? 風間クン?」
「……!?」
メイちゃんに揺り起こされて目が覚めた。
部屋の中が暗い。
隣を見やると、メイちゃんが寝台の上に起き上がって心配そうにこちらを見ている。
「あ……俺、何か言ったか? 起こしちゃった?」
「ううん、大丈夫よ。ただ、ずっと苦しそうにしていたから、思わず声をかけちゃったの。眠っていたのに、ごめんね?」
ほんのりと薄く紫色のかかった闇の中で、彼女の白い顔が申し訳なさそうにしていた。
彼女はもう、ほとんど傷が癒えたらしい。
身体中に巻いていた白布の類は取り去っていて、代わりに胸を隠すように大きな布を巻いていた。パジャマなんてないから、そういう姿で就寝しているのだろう。
「今って……夜?」
「うん。風間クン、昨日の朝に目を覚ましたんだけど、あれからほとんど眠ったままだったのよ。キャナとミナちゃんが食事を持ってきてくれたけど、一口二口食べただけだもの。――お腹、空いてない?」
訊かれてみて気がついたが、空腹というものを感じなかった。
一週間もの間、ほとんど飲まず食わずだったというのに。
かぶりを振ると
「そう……。回癒魔術は肉体を少しづつ回復させてくれるから、効いている間はお腹が空かないかもしれない。だけど、そろそろ切れるだろうから、明日の朝からちゃんと食事を口にした方がいいわね。私、よく食べるから、こうやって回復も早かったの」
微笑したメイちゃん。
確かに、一日見ない間にめきめき治ったような気がしなくもない。
見てない、で思い出した。
目覚めてからというもの、肝心なヤツの姿を見ていなかった。
「そういえば、シュウは? キャナを助けて以来、ずっと姿を見てない」
「シュウさん、魔都の状況とか魔界府の動向を探りに行ってるの。もう間もなく、戻ってくるんじゃないかしら? ……研究とか調査の時は飲まず食わずでやるらしいんだけど、一週間きっかりになると戻ってくるんですって。お腹が空いて帰りたくなるみたい。ミナちゃんが言ってたわ」
可笑しそうにしている。
俺もつられて笑ってしまった。
単純に腹が減ったから帰るというのは、すごくシュウらしい。
「そうそう、シュウさんから言われてたんだった。気流石と地恵石の魔力が溜まったら人間世界に転移させてやるから、一週間ばかり待ってなさいって。だから、今度シュウさんが戻ってきたら風間クン、帰れるかも知れないわね? でも、そんな身体じゃ転移魔術に耐えられないし、早く良くなるのが先みたいね?」
「違いねェ。努力するわ。あっちの世界でやらなきゃならないこともいろいろあるし」
やっぱり人間、何より食うのが大事だな。
食えば何とかなるし、食わなきゃ何にもできない。
キャナを心配させても良くないし、朝からはちゃんとメシを食うようにするか。
そう決めたら、何となく空腹感を覚えぬでもない。
「ところで、風間クン。一つ、訊きたいんだけど」
メイちゃんの目線がまっすぐ俺に向けられている。
「……加奈子ちゃんって、誰?」




