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その32 VS魔神2

「……あぇ? ここ、ドコ?」


 俺が発するべき台詞を、何故かキャナが口にした。

 魔神の姿を見失ったと思ったら、俺達はまったく違う場所にいたのだ。

 石畳の広い通り、両側に立ち並ぶ背の低い建物の群れ。

 そして……大勢の人々。

 彼等は一様に同じ方向を向いて何かを見ていたらしいが、突然現れた俺達を目にするなり


「わっ! 何だ!?」


 驚いている若者がいるかと思えば


「術者様じゃ。このような下々のところへおいでになるとは……」


 ぶつぶつ言っている老婆がいる。

 彼等は皆、魔界衆でも魔装兵でもない。

 フツーの魔界人達。

 大人も子供も男も女もいる。

 どうやら俺とキャナ――魔界府広場からすっ飛び、魔都のどこかへ転移してしまったようだ。

 よりによって街のど真ん中。


「キャナ? これ、どーいうコト?」


 訊いてみると、彼女は首を傾げて「うーん」と考えてから


「……どうも、自然魔力がヘンな働き方をしたっぽい。あたし、近域転移しか使ってないもん。きっと自然魔力があたしの魔力と反発し合ってベクトルが狂って、想定外の地点に現出してしまったのよ」


 自然魔力とキャナの魔力が反発しあった?

 そんなバカな。

 と、言い掛けて、俺はシュウの言葉を思い出していた。

 

 自然の力はでかい上に素直だからね。こっちが上手く波動の加減に合わせてやらないと、言うコトを聞いちゃくれないからな――。


 そっか。

 さっきキャナは気流石の魔力によって魔障防壁を使ったあと「つまらない」的なコトを口にしていた。

 そういう気分が、気流石に込められた大気の波長とのずれを呼んだのかも知れない。

 まあ、魔神が放った危険な魔法をかわすので手一杯だったから、これだけ派手に間合いを開けられたのは決してマイナスでもないような気がするケド。


「それにしても」


 俺は周囲の人々を観察しながら言った。


「どうやら広域催眠が解除されてるみたいだな。さっきはみんな、何かに取り付かれたみたいにこぞって魔界府広場に向かって歩いていたってのに」

「そうね。たぶん、術者のカロイドが死んだからでしょ? 正気に返ってみたら魔界府の方の様子が変だから騒いでいるのよ。平凡な魔界人だって僅かでも魔力がそなわっているから、魔神の異常な気配を感じ取ることができるもの。おっつけその魔神がここへくるだろうから、さっさと逃げればいいのに」


 と、キャナは冷めた目で人々を見ているようだ。

 確かに、あの魔神なら俺達を追ってくるに違いない。相当しつこいヤツだったし。

 そうなればここにいる無関係の魔界人だって巻き込まれかねない。

 万年空腹バカの魔神がやってくれば、たちまち魂を取り上げて食ってしまうだろう。


「じゃあ、逃げるように言ってやった方が――」


 俺は言いかけた。

 特に、どういう深い考えがあったワケじゃない。

 ちょうど、その時だった。

 俺達の近くにいた、一人の身なりの貧しい若者がキャナを指して叫んだ。


「そっ、そこにいるの……ま、魔女だろっ!? お前、魔族だな!?」

「そーだけど?」


 キャナがあっさり認めた途端、魔界人達がわさわさと集まってきた。


「魔族だとォ!? あの女か!」

「どいつだ!? 魔女なんて、魔界を滅亡に導く悪魔だろう!」


 俺とキャナの周りには、あっという間にものすごい人だかり。

 都心の繁華街で、お忍びで来ていた人気アイドルの正体がばれたような騒ぎだ。

 皆、色めきたっている。


「殺せ殺せ! 八つ裂きにしてしまえ!」

「いや、焼き殺せ! 魔女なんか、苦しみながら死ねばいい!」


 ぶっ殺すくらいの勢いで口々にキャナを罵り始めたが、傍まで詰め寄ってくる者は誰一人としていない。

 俺は一瞬焦ったものの、遠巻きに悪口雑言を投げつけてくるだけの魔界人達を見ていたら理解できた。

 連中、内心では魔族をかなり恐れているようだ。

 素晴らしいヘタレっぷり。

 俺は魔界という世界の片鱗を垣間見たような気がした。

 で、群衆に取り囲まれている、その魔族の美しいおねーさまだが――


「……キャナ? ……お、おい! キャナ!」

 

 彼女に目線をやった俺は、思いっきり慌てた。

 キャナのヤツ、身体に巻いていたシーツが外れて素っ裸のままだった。

 群衆に冷たく一瞥をくれてやりつつ、隠す素振りも見せない。

 全裸で大衆の前に堂々と立ちはだかる美女。ある意味豪快すぎる。

 俺は急いで隠してやろうと思ってからハッとなった。

 ――シーツがない。

 転移する前の場所に落としてきてしまったらしい。


「うわあぁぁ……」


 大あわてで上着を脱ぐと、肩からかけてやった。

 下の大事なところが隠れそうもないが、マッパよりはマシだろう。

 ってか、逆にエロさ倍増かもしれないケド……。

 が、俺の努力もむなしく、当のキャナは袖を通すでもなく前を閉めようともしない。

 身体を斜めに開いて立ち、魔界人達と対峙したまま動かずにいる。

 一触即発な空気が流れるその真ん中で、俺一人あたふたしていて売れないピン芸人状態。

 そのうち、RPGによくある武器屋風な、恰幅のいいオッサンが前に進み出てきて


「……お前、処刑される筈だったキャナ・ルーフェルだな!?」


 鬼の首でも獲ったかのように勝ち誇って言った。

 なぜ勝ち誇っていたのかはよくわからない。

 対するキャナ、冷然とした面つきで「フン」と鼻を鳴らしてから 


「だったら何? あたし、あんたらに名乗らなきゃいけない筋合いはないのよね」


 傲然と言い放った。

 すると武器屋(武器屋を営んでいるという証拠はどこにもないが)、


「数千人もの我らが同族たる魔界人を殺しておきながら、よくも済ました顔なんかできるものだな! お前のようなヤツがいるから、いつまで経っても魔界に平和がこないんだろうが!」


 そうだそうだ!

 何人かが尻馬に乗ってわめいている。

 こういう場面、テレビで観たような記憶がある。

 デモとかやっている世界の国のどこかだったような気が。

 ぼへっと考えていると、俺の近くにいたオバンが


「……そこの男は人間でしょ!? 何で人間が魔界にいるのよ!」


 おおっと。

 今度は俺ですか。

 オバンの声に、隣の若い女がすかさず


「何ですって? あの下等な人間のこと!? やだ、神聖な魔界がけがれちゃうじゃない! 早く出ていきなさいよ!」


 激しく手を振るというややオーバーアクションを交えて叫んだ。

 下等とはごあいさつだな。


「殺せ! 魔界の敵、キャナを殺せ!」

「人間は出て行け! ケモノ以下の分際で、魔界に来るな!」


 たちまち巻き起こった猛烈なシュプレヒコール。

 魔界にもあったのか。

 俺は腹も立てずに感心しながら、狂える群集を眺めている。

 キャナが何か言い返すかと思ったが、彼女はただ「ふうっ」と呆れたように溜息をついただけだった。

 代わりに、俺に真剣な眼差しを向けて


「……こーちゃん、よく見ておいて。これが魔界の連中よ。あたしが魔神を討つために戻ってきたのはこいつらのためじゃない。こいつらが滅びようとどうなろうと知ったコトじゃないわ。魔神が魔界を滅ぼしたあと、こーちゃんのいる人間世界を浸食していかないように、って思っただけ。わかってくれるよね?」


 黙って頷いた俺。

 マジで魔界人、ヘコい。

 誰かに矛先を向けることで自分らに危害が及ばないように、っていうクソッタレな根性がひしひしと伝わってくる。

 人間の世界にも、かつてはこういうことがあった。

 中世の魔女狩りとか、戦争中に反戦をとなえる人を弾圧したりとか。

 いつだってそうだ。

 犠牲になるのは罪もない人ばかり。

 そういうことを仕掛けるヤツは十分クソッタレだが、それに気付いていながら同調する大衆もまたとんでもないクソッタレ。臆病風に吹かれた大衆が百人集まれば、そこではどんな正義も通らない。勇気を出して正義を叫んだ人が血祭りに上がるだけ。

 クソッタレの原理は人間世界も魔界も変わらないようだ。

 ただ、一つだけ人間が魔界人より優れている点がなくもない。

 魔界人は言う。

 人間は下等だ、と。

 笑わせてくれる。


「……おい! 聞けや、バカども」


 大袈裟に腕を水平に振ってやると、途端に群集は罵声を引っ込めた。

 アニメや映画でよくある、演説をする独裁者アクション。

 面白いほど効果があったが、それはどうでもいい。


「俺達人間の世界もずっと争いが絶えなかった。だけど、二千年経って争いは終わって、未だかつてない繁栄の時代を築くことができた。俺もその時代に暮らしているから、繁栄がどういうものかは多少知っていると思っている」

「……」


 俺が突然文明論的な演説を始めたものだから魔界人達、何事かといった顔で沈黙している。

 ここぞとばかりに俺は声を張り上げ


「――だけどお前ら、魔界が誕生してウン千年も経つってのに、まだコレか? こったらボロくせェ家に住んで、そんなこきたない格好しやがって。人間を下等呼ばわりする前になァ、てめーらの方がゴミだろーがよ! 殺し合いしかしらねェようなクソ野郎どもが、いっちょまえに人間様を見下してンじゃねェよ!」


 言っちまった。

 ホントはこんなコト、言うつもりなかった。

 だけどこいつら、あんまりにも――ヘタレすぎ。

 キャナが言うように、とてもじゃないが救えねェ。

 人間も十分バカだったが、魔界人と違って人間は同じ過ちを繰り返さないための工夫と努力をした。

 だから、二千年(紀元前を含めりゃもうちょっと長いが)で、大発展を遂げることができた。

 が、魔界はそうじゃない。

 人間よりも長生きで人間よりも長い歴史があって、しかも魔法なんていうぶっとびなスキルをもってるってのに、未だに人間以下の文化レベルと生活水準。

 それもこれも、誰かを目の敵にして殺し合いすることしか考えてないから、いつまで経っても先に向かって進むことができないのだ。

 シュウやキャナの目に映った魔界の実態は本当だった。

 二人はそんな魔界に変革を起こそうとしてカラダ張ってるが、このままじゃどうもならんだろう。

 この魔都に暮らす魔界人どもの腐れた目ん玉を覚まさせてやらないことには。

 さっきから思っていたけど、どの魔界人も目がおかしい。

 狂気に満ちている、といえば思想的なニュアンスが漂ってくるけど、そこまでの格調はない。

 強いていえば「病んでいる」という表現の方が適っている。

 イッてる、のではない。

 病んでいる。

 光がなくて濁っていて、死んだ魚みたいな……いや、それは魚に失礼だ。

 魚だって、自分達の身を守るために工夫するし、協力しあったりする。

 その魚以下の魔界人達、数秒ばかり沈黙してから再び


「……この人間め! 何を生意気な!」

「魔界人をバカにしやがったな! お前も魔女と一緒に殺してやる!」


 さっきの調子でわめきはじめた。

 ダメだこりゃ。

 火に油、どころかダイナマイトを放り込んじまったようなものだ。

 そっとキャナの方を見やると、仕方なさそうな笑みを返してきた。

 言ってわかる人たちじゃないのよ、そういうニュアンス。

 と、人だかりの中から一人の若者が歩み寄ってきた。

 そこら中の人々よりは多少いい身なりをしている。魔界衆が身につけていたあのローブが、上下に分かれてカスタム化されたようなデザイン。

 心もちキツネ目でちょっとキザっぽい顔立ちの彼――キタキツネならぬキザキツネ――は、野卑な笑いを浮かべながら


「みんな、少しは落ち着いて。あとは魔界府術者衆次席見習いの僕が、責任をもってこいつらを魔界府に引渡しますから。低俗な魔女と下品な人間相手に感情的になっちゃ、大人げないってものですよ? ――君達も、魔界府に楯突こうなんて恐れ多いことはやめたまえ。さあ、ここは大人しく」


 手を伸ばし、キャナの腕をつかもうとした。

 彼女はその手を避けるようにさっと後退りしかけたが、それよりほんの一瞬だけ早かった。

 ――俺のキレる方が。


「低俗で下品なのは――」


 キザキツネはもう、すぐそこにいる。

 ダンッ! と一歩踏み出すだけでよかった。


「てめェだァ!!」

「べ――」


 怒りの神速鉄拳。

 声を上げる間も与えなかった。

 右頬を突き破るくらい左頬を陥没させながら、ひょろいキザキツネの身体は人だかり目掛けて吹っ飛んでいった。

 ヤツを受け止めきれなかった魔界人達が雪崩を打って倒れていく。


「……ふん」


 俺はキャナを庇うように立ち位置を変えた。

 固めた拳をバキバキ言わせつつ、俺達を取り囲んでいる群集にガンを飛ばしながら


「キャナにきたねェ手を触れんじゃねェ、ボケ。ケンカやりたきゃ、最初から言やァいいじゃねェか。……拳のボコり合いにゃァ、魔界も人間も関係ねェんだからなァ」


 ヤバい。

 なんか俺……血が騒いでる!

 加奈子ちゃんと出会って以来、神速鉄拳は固く封印してきたのだが、どうやら――フラストレーションたまりまくりになっていたっぽい。

 あ。

 さっき魔装兵を何人かぶちのめしてたっけ。


「……」


 ケンカ上等オーラ全開の俺に、魔界人達は呆気に取られている。

 乱闘を知らない進学校の新入生達が乱闘現場にかち合っちゃった、的に固まっている。

 もしかしてこいつら、マジで拳の語り合いを知らないのか?

 どいつもこいつも、片目のあたりにスダレを降ろしてドン引きしてやがる。

 ただし、俺の背後ではキャナが胸の前で両手を組んで


「こーちゃん……カッコいい……ステキ!」


 熱っぽい視線を俺の背中にぐさぐさと突き刺していた。

 少しの間、この場のフリーズは続いた。

 やがて


「……い、言ってくれるじゃねぇか! 人間のクセに!」


 武器屋が呻くように声をもらした。

 そうしてそのふっといゲジ眉をVの字にしたかと思うと


「よ、よーし! それなら、たたっ殺してやろうじゃねぇか! 魔界人をバカにした以上、生かしちゃおかねぇからな!」


 叫んだ。

 するとヤツに呼応して何人かの男達が


「お、おうっ! 人間にナメられたとあっちゃ、魔界の恥だ。そうだろう!?」

「そうだ! 魔界府に突き出すまでもない、この場で殺してやる!」


 気勢を上げている。

 誰かが言い出さなきゃ何もできんのか。

 ムサい面つきのままの俺。

 この程度のボコり合いなら日常ちゃめしゴト、いや茶飯事だ。

 拳が疼いている俺は口元でニヤリと笑いながら


「上等じゃねェか、クソども。イーペーコーの神速鉄拳風間孝四郎、相手になってやるわ。――老若男女は関係ねェ。まとめてかかってこいや」


 啖呵を切ってやった。

 相手が大勢だろうと、ビビってはいけない。

 人数がまとまっている時ほど、誰かを頼んで腰が引けてしまうものなのだ。死ぬまで戦ってやるって気合を身体中にみなぎらせてやれば、例え味方が自分一人だろうと相手は怖気づいてしまうのである。

 案の定、気を呑まれて動けないヘタレ市民。

 口では威勢のいいコトばかり抜かしていたが、いざとなれば戦う度胸はないらしい。

 ペースはもう、俺の方にある。

 すると、流れに追い風を呼ぶように魔界の一匹オオカミ・キャナも俺の隣に並んで


「こーちゃん一人をやらせはしないわ。あんた達は魔界衆じゃないケド、こーちゃんに手を出すってんなら容赦はしないから。このあたしが一人残らずチリにしてやるから、覚悟なさい」


 キリッ。

 シリアスなキャナ、すごくカッコいい。

 素っ裸でなけりゃもっとシマってたに違いないが……。


「う……お、お前らァ……!」


 武器屋のオヤジ、たらりと額に汗。


「どうあっても、魔都と魔界人を滅亡に追い込もうって魂胆なんだな……?」


 魔女の殺気を浴びているせいか、すっかりビビってしまって声がかすれている。

 キャナはかぶりをふると、静かな調子で


「誰も、皆殺しなんか望んじゃいないわ。あたしも魔族も。自分と、大事な人に手を出されるのを黙って見ていられないだけよ。……カン違いしないで」

「う、うそつけ! この魔女め!」


 突然、叫んだヤツがいる。

 さっきのオバンの傍にいた、小さな少年だった。

 彼は小さいながらも、らんと目をいからせて


「ボクのとーちゃんを殺したくせに! とーちゃんは、魔界府にお勤めできることになったって、喜んでたんだ! それなのに、それなのに、魔族のヤツらが……!」


 少年の声は泣いていた。

 が、彼は気丈にも拳で涙を拭うなり、手にしていた棒切れを振りかざした。


「魔族なんか、みんな死んでしまえ! とーちゃんのカタキだっ!」


 俺達目掛けて駆けて来た。


「やめなさい! ヴァルノ!」


 オバンが叫んだが、もう遅い。

 俺は一瞬、躊躇わずにいられなかった。

 誰であろうとぶっ飛ばす的宣言をしたものの……あんな小さな少年に神速鉄拳は振るえない。

 自分と、仲間を守るためだけに振るってきた拳。

 見境がなくなってしまったら、この拳は汚れてしまう。

 だけど――今の俺は、キャナを守る使命がある。

 とするならば、やはり相手が誰であろうと戦うことに間違いはないのだろうか。

 そんな俺の逡巡を読んだかのように、キャナがすっと右手を上げた。

 あのガキに、魔法を使うつもりらしい。

 殺す気か……!?


「キャ、キャナ――」


 思わず呼びかけた、その時。

 ヴァルノとかいうガキの動きが止まった。

 間髪をおいて、彼は棒切れを手からコトリと落とすなり


「……っかああああっ!」


 両手でノドを押さえ、苦しみ始めた。


「……!?」


 一瞬、何が起こったのかわからず呆然とした俺。

 すぐ傍では、やはりキャナも顔色を変えていた。

 彼女の魔法のせいじゃない。

 もしかして――!

 思った途端、その予想は不幸にも的中し始めた。


「っぎゃああああああっ!」

「くぅううううぁっ!」


 あちこちで一人、また一人ともんどり打ち始めたのだ。

 見る間に群集はバタバタと倒れていく。

 恐怖に顔を引きつらせて逃げ出そうとする者も大勢いたが、数歩もいかないうちに倒れ伏し


「……がっ!」


 苦悶に顔を歪めたかと思うと、がっくりと力尽きて動かなくなってしまう。

 毒ガスによる大量虐殺さながらの光景。

 

「キャナ! 魔神の野郎、ここまできやがったのか!?」

「そうみたいね。みんな、もたもたしているから魂を食われてしまったじゃない」


 口調こそ冷静だが、彼女の相貌には怒りが滲み出ていた。

 何だかんだと歯向かってはいたものの、キャナはやっぱり……自分から魔界人を手にかけたりはしなかった。


「魔神か! あんにゃろー、思ったよりも早いじゃねェか――」


 罵りつつ上を見上げてみた。

 が、どこにもあの真っ黒い毛玉のカタマリのような姿はない。

 きょろきょろやっていると、


「こーちゃん、上じゃないわよ。……あれ。あれを見て」


 キャナがあごをしゃくった。

 その方向へ視線を走らせると――石畳を累々と埋め尽くした魔界人達の死骸の向こう、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる人影が一つある。

 距離があったから最初はよく見えなかったものの、目を凝らしてみると、それは一人の女性だった。

 ほっそりとした体つきに、しゅっと面長の顔。

 どこかの鉄道アニメのヒロインよろしく、腰下まで伸びた長い髪の毛が背後でゆったり揺れている。ついでに、ラインの細さに不釣合いな爆乳も上下に揺れたりしているが、それはどうでもいい。

 すごい美女。

 ただし、一糸まとわぬスッポンポン。

 そんな女性が、行く手に横たわる死体には目もくれずに歩いてくるというのは、異様以外のなんでもない。ごくまれにそういうホラー映画かSF映画があったかも知れないけど、タイトルが思い出せない。


「なんだあいつ? もしかして、あれが――」

「そうよ。とうとう、完全化しやがったわね」


 キャナが呻くように言った。


「……魔神。無数の魂を食らって人の形を得たのよ。こりゃ、厄介なコトになったかもね」

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