その33 VS魔神3
「なァ、キャナ。魔神って、実はオンナだったのか?」
「ぶーっ。オトコでもオンナでもないよ。最初の頃にかじったメイアの魂のせいでしょうね。彼女の魂の中に残されていたものが強く反映してオンナの形に落ち着いたのよ。それにしても、あいつ――」
魔神を睨んでいるキャナの眼差しがキッと鋭くなった。
「あたしよりボインなんて、許せない! 魔神の分際で」
憤慨している。
ちょっとポイントがズレているような気がせぬでもないが……。
メイちゃんの魂の情報を受け継いでいるんならそうもなるだろう。
俺は思ったが、黙っていた。
どこ見てんのよ! とか怒られそうだし。
まあ、どんなアニメでもアクション映画でも、悪役の女キャラはセクシーでボインと決まっている。
「まあ、ほっとけよ。結局のところ、女はチチでもケツでもねェ。触らなくたって『こいつは女だ』って感じられるヤツに、男は惚れるんだよ。チチのでかさだけでいうなら、牛だっていいじゃねェか」
と、さりげなくキャナの気持ちをフォローした発言のつもりだったが、彼女はくそ面白くもない顔つきで俺を見て
「なァに、それ? こーちゃん、あたしの胸にも尻にも女としての魅力がないっていうの?」
「だっ! お前は何を聞いとったんだ! 俺はな、その、キャナっていう女性の全体が好きなのであって、胸だの尻だの身体の局所的特徴だけに関心を抱いたのではないというイミで――」
つい、ムキになって反論してしまった。
すると、待っていましたとばかりに「にこーっ」と笑顔を見せたキャナ。
「わーい、こーちゃん引っかかったぁ! 今、あたしのコト、好きだって、言ったよね!? 言ったよね!? すぐにでも結婚して子供二人作って幸せな家庭築きたいって言ったよね!?」
「……どこまで飛躍させとんじゃ、お前は」
この修羅場だというのに、何を考えているんだ。
そりゃまあ、俺も子供は嫌いじゃないし、肩車して「パパ! あっちいこ!」とか言われたら、北極でも南極でも連れて行っちゃうだろうし。あと、家族四人で新幹線で温泉に旅行に行って、俺+下の子VSキャナ+上の子で卓球勝負して、んで親子で仲良く温泉に浸かったりなんかしちゃったら、もう鼻血が出るほど幸せ――。
なんて、妄想してる場合じゃねェ!
スッポンポン美女仕様魔神は、すぐ近くまでやってきている。
死屍累々となった道のど真ん中で立ち止まったヤツは
「あなた達、目障りね。あなた達の魂だけ、どうしても奪えない。私を不愉快にさせるあなた達、消えてもらいましょう」
表情のない顔で淡々とそんなことを言った。
トーンの高い、女性の美しいボイス。
魔神っていうから、あの大魔王ばりにドスの利いた地獄のダミ声を想像していたのだが、違った。
それにしても、だ。
俺達の魂を奪えないっていうのはどういうコトなんだろう?
キャナに訊こうとすると、それよりも早く彼女は俺に飛びついてきて
「こーちゃん! あぶないっ!」
途端に、視界から魔神の姿が消え、目の前が流線だらけになった。
キャナの八艘飛び式近域転移。
「あンのバカ、いきなり方囲内裂とはタチ悪いわぁ! ちょっとはこっちの話も聞きなさいっての!」
すいすいと下がりながら、怒っているキャナ。
「方囲内裂ってなんだ? さっきもかまされそうになったような……」
「詳しいハナシはあとね。一つだけ言っとくけど、食らえばあたしもこーちゃんも、血肉撒き散らして内臓だけでピクピク動くハメになるわよ! あの性悪ボインバカ、どうあってもあたし達の魂を食らいたいみたいね……」
思わず背筋がぞくっときた。
よくわかってなかったが、さっきから魔神が俺達にかけようとしていた魔術って、実はとんでもなくタチの悪いヤツだったらしい。皮膚とか筋肉弾け飛ばして内臓オープン、魚の開きよりまだ酷い状態にされようとしてたってコトだ。
あまりのヤバさに言葉を失ってしまった。
げんに、俺達が飛び退ったそのギリギリを、例の青い光がかすめていく。
魔神が連続で放つ方囲内裂の結界を、ほとんど食らうか食らわないかというきわどさでかわしながら転移し続けている俺達。ちょっとでも気を抜けば、たちまちスプラッタにされてしまう。
が、そういう黒ヒゲ危機一髪な状態にも関わらず、キャナの表情はいたって明るい。
「あら、何だかさっきより調子がいいわぁ! むふふ、きっと、こーちゃんがあたしを守ってくれたり好きだって言ってくれたからかしら? 魔力、回復してきてる」
「そーかい。そいつはなによりだ」
頷いてやった矢先。
背後にイヤな感じがした。
それが具体的に何かはわからない。とにかく「イヤ」な感じだった。
咄嗟に俺はぐりんと身体ごと回転させるなり、手にしていた地恵石を突き出した。
「……てえぇっ!!」
「にゃ?」
クリアな緑と青の混ざった光が一閃、二閃。
同時に、弾力のあるマットに押し戻されるような感覚。
何がなんだか、まったくわからない。
気がつけば、俺達は近域転移を止めて石畳の上に立っていた。
「こーちゃん、やるじゃない! あたし、転移に夢中になっててぜんっぜん気がつかなかった! あのボインバカ、いつの間にか先回りしてあたし達の行く手に方囲内裂陣を展開させていたのね」
「いっ……!?」
今度こそ、ちびりそうになった。
俺が地恵石をかざして防いでいなければ、今ごろは……!
がっちりと苦情を申し立てそうになったが、なぜかキャナは頬を赤らめて上目で俺を見ている。
「こーちゃんってば、あたし、言ったじゃないよ……。ヘンなトコ触ったら、魔法に集中できなくなるって……」
「……!?」
ハッとした。
無我夢中で彼女にしがみつくあまり、背中から回していた手が――いつの間にやらしっかりと、彼女の胸をわしづかみにしている! 何もつけていない状態のナマ乳を。
どうりでいい感触が、じゃなくって!
「ごっ、ごめんごめんごめんごめんごめん! わっ、わざとじゃないからな! つい、その、なんというか……だっ!」
何が「だっ!」なのだろう。
自分で何を口走っているのかよくわからなくなった。
キャナは恥かしそうにうつむきながら
「あたしはまあ、別に、いいんだけど、その……痛くしたら、ヤだよ? 優しくして欲しいなぁ、なんて……」
おいおい。
エッチの前の睦み事ですか。
この「命の瀬戸際だよコノヤロー」な状況における発言としてはいかがなものかと。
まあ、おねーさまを刺激してしまったのは俺のせいである。それは認めよう。
ついでに、女性の乳房の筋肉というのはささいなことでも切れやすくて、一度切れると元に戻らんらしい。ここは一つ、彼女が将来垂れ乳にならないように、気をつけて優しくしてあげなくてはならない。
――いやいや!
妄想撤回!
ふと見れば俺達の頭上、巨大なボーリングの玉みたいな黒弾が雨あられと落ちてきてるし!
「逃がさないわよ。大人しく潰れておしまいなさい」
魔神の声がした。
はるか向こう側で宙を漂っている。
魔力が有り余ってるなら、服くらい着ろよな。
姿カタチだけはエロ全開なものの、やってることは手に負えない悪魔だ。
「……ふん。魔法は乱発すりゃいいってモンじゃないのよ!」
瞬時に「きて……顔」から魔女顔にチェンジしたキャナ。
俺を抱えるなり、
「てぇいっ!」
渾身の気合いを込めた転移を発動。
俺の視界がぐっちゃんぐっちゃんに動き回り、気持ち悪くなりかけたところで停止した。
見渡せばそこは、俺とシュウが生身で突撃を敢行した、魔界府広場近くの大通り。
着地したキャナは、握り締めていた気流石を顔の前にかざし
「さて、と。こっからが反撃よ。シュウさん、この辺りにありったけ動障陣をばら撒いていってくれたものね。これを使ってあのボインバカ、がんじがらめにしてやるわ」
鼻息を荒くして呟いた。
そうだった。思い出した。
ボインバカならぬ魔神の攻撃をかわすのに手一杯で忘れかけていたが、シュウは魔神を押さえ込むためのワナを張り巡らしておいてくれたのだ。
動障陣。
魔力の膜を展開させて、陣の内側にある者の動きを封じ込んでしまう効果があるという。
「シュウさんも知恵が働くわね。ざっと見だと、上手くやれば何重にもかかるように仕掛けてある。これだけ派手にかぶせてやればあの魔神といえども簡単には動けなくなるわ」
「網の上からさらに網をかぶせてやろうってのか?」
「そーそー。それにしても、ただ発動させたんじゃ、ボインバカの馬鹿力で破られちゃう。だから、自然魔力を使って陣を発動させるのよ。ただし……」
彼女は俺から地恵石を受け取り、手の平の上でまじまじと眺めていたが
「ちょーっと、使いすぎたかもね。気流石も地恵石も、あんまり魔力が残ってないっぽい。一撃でキメてやらないと、あとあとツラいかも」
そっか。
魔神が立て続けにぶっ放してくる魔法を防ごうとして、何度か使ってしまったものな。
俺でも使えるという優れモノである反面、そうそう長時間の使用には耐えられないってこった。
「済まねェな。俺が、やったらと使っちまったから……」
詫びると、キャナはにこっと笑って
「そんなコトないない! あたしの魔力が十分でなかったからよ。魔封陣の影響さえなければ、もうちょっと手早く、ちゃちゃっと……ねぇ? きゃはは」
カノジョ、どんなにヤバくても絶対に俺のせいにしたりしない。
元はといえば俺を抱えて転移するのだけで結構キツいハズなのに。
こういうプライド、すごくカッコいい。
いつぞやのヒロシとか夏美のような、ヘコいそれとは比較にならない。
本当に実力のあるヤツは、どんな場面でも誰かのせいにしたりなんてしないものだ。
「じゃあ、俺はどうしたらいいんだ? これ以上地恵石のお世話にゃなれないし」
うーんと考えているキャナ。
が、すぐに作戦を思いついたらしく
「こーちゃんはコレ、はい! 気流石と地恵石、二つ持ってて!」
「おう。で?」
「あたしは近域転移に集中する。それで、あのボインバカを動障陣の重発できる位置まで誘いこむの。いい感じになったら、こーちゃんにその石を地面に置いてもらうからね。……あとはいいでしょ? どっかーん! で、おしまい」
なるほど、と頷いた俺。
ここはキャナに任せておくに限る。
魔界府広場の付近は誰もいない。
さっき魔封陣が暴発した時に、みんな蜘蛛の子を散らして逃げてしまったようだ。
それでよかった。
魔神がやってきたとて、魂を食われないで済む。
「さて……こーちゃん」
「あァ。早くも追っかけてきやがったな」
大通りの魔界府広場寄りに、禍々しい気配。
ボインバカ、もとい魔神出現。
「行くよ、こーちゃん!」
「はいよ」
さっそくお見舞いされてきたボーリング玉の嵐をかわすようにして転移にかかったキャナと俺。
シュウいわく、魔界府周辺には強い魔力緩和帯が敷かれていたのだが、魔界衆が潰滅してしまった以上無効になっている。常時魔力を送り続ける者がいなければ、そういうトラップを発動させ続けることができないのだという。
だから、何の懸念もない。
キャナは一度思いっきり南寄り――魔界の言葉でいうナムス――へと跳躍した。
そこで現出して魔界府側の方を見やると、案の定魔神はこちら側へ寄ってきつつある。
ヤツを注視したまま、俺の顔のすぐ傍でキャナがそっと言った。
「……じゃ、やるからね。あいつの近くに出た瞬間、石を地面に置いて頂戴。そうしたら、あたしが動障陣を発動させるから。陣の外円が大きいから、ちょっと離れていても大丈夫だと思う」
俺は片手に一つづつ石を持ち直し
「了解」
返事をした次の瞬間、キャナの全身にくっと力がこもった。
間髪を容れずして転移。
気がつけば、魔神の姿が驚くほど近くにあった。
「こーちゃん!」
「はいよっ!」
すかさず石畳の上に気流石と地恵石を置いた。
それを見たキャナ、タンッ! と片手を地面について
「……いっけえぇっ!!」
叫んだ。
同時に、気流石と地恵石がぴかりと一閃し、まばゆい緑と青の光が漏れた。
すると――光のような速さで石畳の上に巨大な二重の円が浮かび上がり、円と円の間にたちまち魔術文字が刻まれていく。
ボインバカは、上手い具合に円陣の中心にいる。
ヤツがこちらを一瞥した時にはもう、動障陣は完全なものになっていた。
刹那、外円から真っ白い光が立ち上がり、触手を伸ばすようにして魔神の身体に絡み付いていく。
その数、無数。
マッパ女性の姿をした魔神は瞬く間に光る糸に激しく絡めとられ、ミノムシ状態に陥った。
「……!?」
魔神の美しい顔に動揺の色がはしった。
が、これだけじゃない。
地面を伝ったキャナの魔力はあちこちに仕掛けてあった動障陣を発動させ、そこから伸びた魔力のアームが、次々と魔神目掛けて襲い掛かっていく。
地面から幾本もの白い光の手が天へと舞い上がる様子は、まるで打ち上げ花火のようだ。
それらは天高く昇ることなく、空中で軌道を変えては宙を駆け、魔神にぶちあたる。
そして他の光の糸と一体化して、魔神の身体を縛り上げていく。
あまりにも数が多すぎるから、ヤツの姿はすぐに見えなくなってしまった。
魔神、巨大な白いボールの内側に包み込まれたような状態。
「よしよし、上手くいったみたいだな」
ちょっと興奮した俺。
思わず傍らのキャナに囁くと
「そうね。このまま、大人しく捕まってくれてればいいんだけど……」
彼女はやや心配なのか、魔神の方から視線を外そうとしない。
そうしている間にも、魔神を飲み込んだ白い球体はどんどん肥大していっている。
これだけ重厚に包まれてしまえば、さすがの魔神といえども――俺は思った。
ところが。
パァーン……
いきなり球体が破裂した。
破裂するなり、その衝撃がプレッシャーとなって俺達に襲いかかってきた。
「ぶわっ!」
「きゃんっ!」
俺達がいたのは通りの真ん中だったから、つかまる何物もない。
たちまち吹き飛ばされたキャナと俺。
どれだけ遠くへやられたのか、よくわからない。
ただ、この悪意の暴風のために、寄り添っていた筈の俺達は離れてしまった。
俺は石畳の上をさんざんに転がされ、建物の壁にぶち当たってようやく止まった。
「痛ってェ……なんなんだよ……」
身体のあちこちを激しく打ったようで、立ち上がろうとしたがすぐには立ち上がれない。
壁に打ち付けられた左肩やら足が言うことを聞かず、口の中で地の味がする。
それでも、無意識のうちに魔神の状態が気になっていた俺。
ぐいっと首から上を動かしてそちらの方を見ようとした。
最初に目に入ってきたのは、うつ伏せに倒れているキャナの姿。白い背中と尻が見えている。
上着をあげたものの、結局なんだかんだあって袖を通さずじまいだったから吹き散らされ、ハダカのままだった。あられもない。
(なんか、着せてやらなくちゃ……)
くらくらする頭で俺、咄嗟にそんなことを思っていた。
と、突然キャナのぐったりとした身体がすいっと宙に浮いた。
何だろう、と思う間もない。
彼女を取り囲むように青白い光の玉が四つ現れるなり、キャナの白い身体が青く染まった。
そして、すぐに――赤い何かが全身から飛び散ったのを、俺は見逃さなかった。
「……っくぁああああああああッ!!」
絶叫し始めたキャナ。
身体を激しく波打たせている。
「……!?」
俺は一瞬、頭の中が真っ白になった。
呆然としている俺の目の前で、青い光がフラッシュするたびに彼女の白い肌がスパッと口を開け、そこから鮮血が噴き出していく。
「キャナ……?」
青い光が照らし出すその下、見る見る赤く染まっていく石畳。
「あああああああッ!」
キャナが苦しんでいる。
彼女の咽喉奥から、止め処なく悲痛な声がほとばしり出ていく。
……何だよ、あれ?
どうしたっていうんだよ?
何でキャナが――生きたまま切り刻まれていかなきゃならないんだよ!?
魔神……?
魔神のせいなのか!? あいつの凶悪な魔法に、キャナがかかってしまったのか!?
「キャナ……!」
自分でもよくわからない。
痛みを忘れるとは、こういうことなのだろう。
キャナの悲鳴が耳から奥へと入って脳みそ一杯に響き渡った瞬間、身体が勝手に動いて地面を蹴っていた。
「キャナァーッ!!」
11/15~21 一挙連続更新予定です




