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その3  魔女に出会った日1

 あれは四月も末のこと。

 ゴールデンウイーク連休本番を前にした雨の日だった。

 学校からの帰り、いつものように俺は待ち伏せしていた他校生数人をあっさりぶちのめしたあと、肉屋に寄って豚コマを買い求めてから家路についた。

 晩メシは魚にしようと思っていたのだが、余分なエネルギーを浪費させられた腹いせということで急遽肉にしたのだ。こま切れにしたのは、高い肉なんか買えないからである。

 ――それは別にどうでもいい。腹いせにも何もなってない。

 で、自宅近くにある児童小公園に面した通りに差し掛かった時のこと。

 雨脚はやや強く、夕方だというのに辺りは陽がすっかり落ちた後のように暗かった。


(やれやれ。よく降りやがるなァ……)


 内心でぼやきつつ、さっき潰した連中のことがちらと脳裏を過ぎった。

 私立雲井高校の奴らだったが、あまりに弱くてシャレにならなかった。

 どいつもこいつも一撃で寝てしまい、俺がその場を去ろうとしてもまだ転がってやがったのだ。ぐしょぐしょのアスファルトの上で降りしきる雨に打たれるままになっている連中に一瞥をくれてやった途端、何だか哀れに思えてきて仕方がなかった。

 二年生と一年生ばかりで、三年のヤツは混じっていない。

 三年の不良どもは大分前に俺にシメられたのを根にもっていたものの、かといって自分達で返礼する度胸はなかったらしい。だから、下級生に俺を潰してくるように命令したものとみた。


(けっ。所詮は雲高、か。学校名が学校名なら、その生徒も生徒だぜ……)


 くもこう、じゃない。音読みの方だ。汚いからストレートに口に出せたものではないけれども。

 ただ、その蔑称と連中の行状とが妙な具合にリンクしているような気がして、何となくイヤな気持ちになった。手前らの始末を下級生に押し付けて踏ん反り返っているようじゃ、雲高(音読み)そのものじゃねェか、と思ってしまう。

 俺は物心ついた頃から両親がいなかった。

 親戚だというおじさんとおばさんが面倒をみてくれたんだけど、内気だった俺は小学校に上がってすぐの頃からよく苛められた。

 おじさんもおばさんもその事には気付いていたようだが、自分達の子ではないからという思いがあったせいかどうか、いじめっ子の家に抗議しに行くとか、担任に相談するとかいう行動をとってはくれなかった。

 最初はそれを恨めしく思ったりした。

 ただ、俺がさんざん苛められて帰ってくると、おばさんは黙ってスタミナのつく料理をたくさん作ってくれた。おじさんは休みという休みにはよく、遠くの山とか海に連れて行ってくれた。溺れたりガケから落ちて死にそうになったりしながらも、徐々に俺の心身は鍛えられていったものだ。

 ああ、と気付いたのは小学校三年生くらいの時だっただろうか。

 自分の身はで自分で守れ、ってことか、と。

 今になって思うけど、おじさんとおばさんの態度は正しかったんだよな。

 いじめられている子の保護者がいじめっ子の親なり担任にクレームをつけたところで、本人は何一つ変わりゃしない。誰かが守ってくれるだろうっていう、甘えた根性が根を張るだけのことだ。逆に、俺自身が強くなるようにって仕向けてくれたおじさんとおばさんという人は、果てしなく偉大だと思う。

 それからの俺は一変した。

 例え上級生が相手だろうと何人いようと、がむしゃらに突っかかっていった。

 殴られようと蹴られようと喰らいついて離さず、向こうが泣いて侘びを入れてくるまで絶対に引き下がらなかった。そうなると、今度はアタマのおかしいいじめっ子の親が怒鳴り込んできたりしたが、おじさんは毅然として言い放った。


「うちの孝四郎は正しい。あんたのとこのせがれにやられたから、孝四郎は自分の手でやり返しただけだ。それのどこに間違いがあるというんだね? 謝る必要は一切ない」


 チンピラみたいな親に胸倉をつかまれながらも断固として退かなかったおじさんの姿を見ていたら、泣けてきてしょうがなかった。

 心の底からありがたいと思った。

 絶対に負けるものかと、固く誓った。

 ある日、おじさんにそのことを言ったらばおじさんは


「……よし。その心意気だ。なんぼでも喧嘩してこい。相手の親が何人こようが、全部相手になっちゃる」


 と言って二カッと笑ってくれた。

 ――以来、無敗。

 勝ったといえない喧嘩は何度かあったが、かといって負けることはなかった。

 ただむやみやたらと乱闘を繰り返してばかりいたワケじゃあない。勝つために、相手を屈させるためにはどうしたらいいか。俺は色々と考えたんだな。まあ、織田信長的に。

 結論としてたどり着いたのは「相手よりコンマ数秒でも早く、とにかく一撃叩き込む」こと。

 だから、俺は近隣校の不良連中から「神速鉄拳」というあだ名を付けられ、かつ恐れられるようになった。ポッケに突っ込んでいようが荷物を持っていようが、あらゆるアングルから瞬時に拳が飛んでくるからだ。 

 高校に入学してからの俺は一人暮らし。

 中学の頃、連戦連勝しすぎて市内で有名になってしまい、そのことを知ったありとあらゆる高校から「来て欲しくない」みたいなことを言われてしまったのだ。俺を入学させると、他校生と問題ばかり起こすとでも考えたのだろう。

 だけど、俺は自分から手を出したことは一度もない。

 俺の拳は、俺を守るための「リーサル・ウェポン」だ。覇の拳じゃあない。

 みたいなことを面接で力説したらば、何を思ったか合格にしてくれたのが今の「イーペーコー」だったというワケだ。サンキュー、校長先生。ハゲてるけどいいヤツだな。

 ただし、一平高はおじさんとおばさんの住む街からは離れている。だから、一人暮らしをしなければならなかった。

 だけど二人はあえて俺をその遠い学校へ通わせてくれた。

 すっごく金がかかるってのに。

 引っ越して行く日の朝、玄関先で俺はおじさんに


「……ありがとう。俺、おじさんとおばさんには、すごく感謝してる」


 そう言ってぐいっとアタマを下げた。

 するとおじさんは、例の「二カッ」って笑い方をして


「なんもだ。孝四郎が逞しく育ってくれて、こっちがありがたいと思ってるのさ」


 で、続けてこんなコトを言った。


「孝四郎はもう、自分で自分を守る術を十分身につけられたハズだ。高校の三年間で、今度は誰かを守ることを覚えてこいや」


 なるほどね。

 それもまた、生きていく上でとても大切だ。

 自分だけじゃなくて、誰かを守るために力を養い、使う。力の使い方として、それって一番正しいんじゃないかと思う。一人でも多くの人のために行使する力なら、結果として一人でも多くの人を助けることができるから。

 で、一平高へとやってきた俺は、エクスカリバーだったりエロスケベだったり、女の子でも上級生でも、他校生にからまれている奴らを何度となく助けてやった。

 おかげで他校の連中からは目をつけられちまってるケド、かといって一平高の生徒達からは悪い目で見られちゃいないようだ。教師達も俺の方針がわかってるから、喧嘩の度にいちいち処分なんてかったるい真似はしないでくれている。なんとまあ、寛容な学校だこと。

 ただ一つだけ、よくわからないけど何となくわかった。

 俺が誰かを守った分だけ誰かも俺を守ってくれているっていう事実。

 ――てな感じだから、俺としては雲高の連中のやり口が気に食わない。

 だからといって、直接乗り込んでいって大暴れするのは俺のポリシーに反するけど。

 まあ、気分的に不愉快になったのは、俺の背景にそんな色々があるからだ。

 そういう時には、しっかり晩メシを食うことに決めている。

 腹を満たして栄養を摂ってしこたま眠ること。そうすれば身体も気持ちも回復する。

 これ、おばさんから教わった哲学。……いや、現実論。

 で、俺は豚コマをどう調理しようかと脳内レシピを検索しようとした。

 そして、ふと公園の方に、何気なく目線を走らせた時だった。


「……?」


 ドロドロにぬかるんだ地面の上に、人が倒れている。

 暗いから、老若男女のいずれであるかはよく見えなかった。

 近所の年寄りが散歩中に発作を起こして倒れたか、あるいはどっかの生徒がボコられて放置されたか。まあどっちでも良かったが、捨てておくのはまずいんで、とりあえず近寄って行った俺。

 横倒しに転がって寝ているのがどういうヤツなのかに気付いた瞬間、ちょっとビビった。

 ――女。

 しかも、若い。

 見てくれから察するに、年の頃は俺よりちょっと上。小さくて整った顔立ちとすらりとしたナイスバディの持ち主。ジジイとかボコられた男子ならそうでもないが、雨の中にこういう美人が倒れていたらフツーはビビるってものだ。

 だけじゃない。

 格好が明らかにおかしい。

 胸から上が露出されたナイトドレスみたいなデザインの黒い衣装はまだいいとしても、首とか腕、それに脚とかいたるところに「これでもか」とばかりに貴金属的な装飾品がじゃらじゃら。イミテーションか本物かはわからないが、近くに強磁石があったら身動き取れなくなるんじゃねぇ? みたいな。

 なんかのコスプレイヤーだろうかと思った。

 で、怪しげなイベントに向かう途中、この公園で何者かに襲われた。推理としてはいいセンだ。

 さっと見る限り、女性は全身くまなく切り傷やらアザだらけ。もしかしたら、恨みをもった者の犯行ということも考えられる――って、今その推理はどうでもいい。

 俺は救急車を呼ぼうと思い立った。

 か細くではあるが息はあったからだ。今なら手当てすれば助かるだろう。

 ただ、残念なことに携帯電話という現代の必須アイテムを所持していない俺。

 公衆電話を探すか、近所のご家庭に助けを求めなければならない。

 それで、駆け出そうとしたのだが――


「……ま、待って……」


 いきなり、女性が俺のズボンのすそをぐいっとつかんできた。


「ぁえ? ちょっと待ってろよ。今、救急車を呼びに行くから!」

「……こ、ここは……ここ、どこ……なの……?」


 こんな時に現在地の確認もくそもあるか。

 ってか、これは意識障害ってヤツ? 襲われた時に頭を殴られたのかもしれない。


「いいから、動くな! じっとしてろ! すぐに救急車呼んできてやるって!」


 俺は知っている限りの医療知識を記憶の片隅から引っ張り出してそう言ってやったのだが、女性は手を離そうとしなかった。

 それどころか、


「おね、がい……やめて……捕まるのは、嫌……。ここで、ころ……して……」


 おいおいおい。穏やかじゃねェな。

 殺せ、とはどういう了見だ!?

 ひょっとして、どっかのヤクザとか暴力団から追われていて、んで命を狙われてるとか?

 だとすればこのおねーさま、ちょっとヤバいご職業に従事していらっしゃる方なのでは……。

 思わぬシチュエーションに、ついまごついてしまった俺。

 すると女性は、ずりっ、ずりっと這いずるように身を近づけてきて、両手で俺につかまりながらやっとのことで上体を起こし


「あたしはもうすぐ、死ぬ。あたしの魂と引替えに……禁忌の転移魔法を発動させてしまった。だから、お願い。魔界衆に……引き渡すのだけは、勘弁して……!」


 切なさ溢れる美しい表情で哀願、ときた。

 ……だが、ちょっと待て。

 何だ、その「禁忌の転移魔法」だの「魔界衆」だの、ワケのわからん専門用語のオンパレードは。

 リアクションの取り方がわからず呆然としていると、彼女はよほど体力を消耗しているのか、俺の胸にもたれかかるようにしてすうっと意識を失ってしまった。


「おいっ! しっかりしろよ、おい! 死ぬんじゃねー! コラ!」


 呼べど叫べど、女性が目を覚ますことはなかった。

 どないせっちゅーんじゃい?

 さっさと救急車を呼べば良かったかもしれないが――彼女は泣きそうなカオをして「それだけは勘弁」と頼んできた。救急車を断ったワケではなかろうが、ともかく誰も近づけて欲しくないことだけは確かなようだ。

 ……えーと。

 降りしきる雨の中、一人途方に暮れている俺。

 ついでに日も暮れてしまったから、辺りは真っ暗。

 悩んだ挙げ句、俺がそのあとどうしたかというと――女性を背負い、ボロアパートまで連れて帰った。

 ひんやりと冷たい感覚が、絶えず背中から伝わってきたのを覚えている。

 まだ温かくない季節、雨に打たれて身体が冷え切ったというだけのことではなかったようだ。

 どうやら、彼女は本当に……死にかけていたのだろう。



 六畳二間の狭いボロアパートに戻った俺は、女性を布団の上に寝かせた。

 その前にドロドロぐちゃぐちゃな衣装を脱がせ、量産した蒸しタオルで身体中を拭いてやったのだが……そりゃあ正直、かなりためらった。

 意識を失っていて抵抗できない状態の女の人をハダカにするなんていうのは、な。

 どこぞのエロスケベじゃあるまいし、生まれてこのかた女性を脱がせたことは一度もなかったし。

 だけど、しゃあない。状況が状況だ。

 放っておけば、この若いカノジョは――マジで死んでしまう。

 かなりの勢いで直感だが、俺には何となくそのことがわかった。

 すっかりキレイになったところで押入れから救急箱を引っ張り出してきて、傷の手当を開始。消毒液くらいはウチにも常備していたから。

 何をされたというのか、傷の数がハンパない。

 大勢に取り囲まれて凄惨なリンチでも受けたのか……などと、イヤな想像をしていると


「……そんなことをしてもあたし、助からないわよ?」


 不意に、女性が口を開いた。

 ホットタオルで身体を温めてやったためか、うっすらと意識を取り戻したらしい。

 顔を見れば、弱々しい笑みを浮かべている。


「涼しいカオして死ぬとか抜かしてんじゃねェ。俺ん家でくたばったら、承知しねェぞ」


 言いつつ、手を休めない俺。

 この部屋で息絶えられるのも迷惑だという気持ちもなくはなかったが、それ以上に――どういうワケだか、この美しい女性に死んで欲しくなかった。

 若い女だから、という単純な理由じゃあない。

 かつて、俺の身辺にいた女性が二人、若くして死んでいたから、というのが正しいだろう。

 一人はおじさんとおばさんの娘。俺が小学校に入る前、十六歳で交通事故死した。内気で弱虫な俺をずいぶんと可愛がり庇ってくれた優しいお姉さんだった。歩道を歩いていた時突っ込んできた飲酒運転の車にはねられたというからやりきれない。

 もう一人は、記憶にはないけれども――俺の母親だったという人。

 俺がまだ二歳だったか三歳の時、病気で亡くなったらしい。まだ二十歳をちょっとこえたくらいだったらしいけど、それにしても相当若い。十代の終わりごろに俺を産んだということになる。

 付き合っていた男がいたが、俺を身ごもったと知るなり行方を晦ましてそれきり。生活に困った母親は無理を押して夜の仕事を続け、やがて身体を壊した――これはつい最近、おばさんがこっそり教えてくれたハナシである。

 誰であろうと死なれるのは御免だが、そういう事情が重なっているから特に若い女性は、な。


「もう、ヤメたら? 疲れるだけよ?」


 懸命に手当てを続けている俺に、横たわったままそんなコトを言ってきやがった。

 さすがにムカついたが、気がつけば、キレる代わりにそういう過去のあれこれを静かに語り聞かせていた俺。目の前で若い女性に死なれるのはイヤなんだ、って。

 すると彼女はくすくすと笑って


「あたし、もう百年以上生きているのよ? 人間だったら、ヨボヨボのばーさんじゃない? 若い女性じゃないと思うけど?」


 多少心地がついてきたらしい。ツッコミが鋭さを増しつつある。

 百年以上生きている?

 このおねーさま、いったい何を口走っているのだろう。あまりに体力を消耗しすぎて、脳みそに行き渡るべき栄養がストップしちまってるんじゃなかろうか。

 俺はあまり取り合わず、黙々と消毒液をつける作業に専念していたが――そこでふと、思いだした。

 さっき公園でこの女性は「転移魔法がどうの」「魔界衆がどうの」と不可解なことを口にしていたんだっけ。


「……」


 失礼を承知で、俺は彼女の裸体をしげしげと観察してみた。

 全身くまなくハリのある美しい滑らかな肌。……今は傷だらけだけど。

 小さくなく、しかし大きすぎない形のいい乳房。

 きゅっとくびれたセクシーな腰。

 そこら中の雑誌モデル程度じゃ顔負けしてしまうような長い美脚。

 ――完全無欠のいい女以外の何モノでもない。


「……どっからどう見たって、若いオンナの姿かっこうしてるじゃねーか。いったい、あんたのどこをどう判断すれば百歳のババアになるのか、教えてもらいたいね」

「あら、それは人間基準の見てくれで判断しているから、そうとしか思えないだけでしょ? だけど」


 彼女の形のいい色っぽい目がすっと細くなり、妖しさを湛えた視線が俺に向けられている。


「あたしは確かに人間と全く同じ姿をしているケド、だからといって人間だっていう保証はどこにあるの?」


 何を言いやがるんだ、と思った途端。

 急に俺は異変を感じた。

 身体が――金縛りに遭ったかのように動かない。


「……!?」


 声すら出すこともできなかった。

 焦りつつ目だけを動かして彼女の顔を見れば、そこには冷たく残忍な魔性の笑みが浮かんでいた。


「……あたしはキャナ・ルーフェル。魔界から来た魔女なの。あなた達みたいな人間ごとき下等な存在と同じに扱われちゃ、たまらないわね」

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