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その29 魔界突入5

 キャナと感動の邂逅を果たした俺。

 もうダメかというぎりぎりのところを滑りこんだから、感激もひとしおだった。

 で、落ち着いてみて気がついたコトが二つある。


「キャナ、髪……」


 別れたあの時と、少し形が変わっていた。

 人間世界にやってきた頃はふっさふさのロングで、一見お水のおねーさま風。彼女は寝相がよろしくないから、毎朝起きると三原山になっていたものだ。

 が、今は後ろのほうが肩ぐらいまでの長さになっていて、前と横は長く伸ばしたまま前に垂らしている。

 うーむ。

 がらりと雰囲気が違う。


「あ、これ? えへへ、気分変えようと思って、切ってもらったの。シュウさんのところにかくまってもらっている時、メイアとミナちゃんに」


 そう言って彼女は指で横の方をすきながら、上目で俺を見た。

 感想を期待している顔つき。


「前はおねーさまっぽかったのに、見た目の年齢がぐっと下がって可愛らしくなったな。似合ってると思うぜ?」


 殺しの褒め言葉じゃない。

 率直な感想。

 すると、キャナは「きゃっ」と無邪気に喜んで


「そぉ? カワイイ? じゃあじゃあ、今度はあたしも、こーちゃんと一緒にガッコーってところに、行けるかなぁ? えへへ……」

「あーまー、イケそうな気はするけど……」


 言いかけて、俺はハッとした。

 キャナを助け出した感動が大きすぎて、肝心なコトをすっかり忘れてしまっていた。

 人間世界の方にも、それなりの現実というものを残してきていたのだ。

 ……まあ、そのことはあとで考えるとするか。

 今は、この状況から何とか抜け出さなくちゃならない。

 そう。

 気付いたコトの二つ目。

 魔封陣に飛び込んだ瞬間に気を失ってしまったから、何が起こったのかまったくわかっていなかったのだが――


「それはそうと、キャナ。これ、一体何が起こったっていうんだ……?」


 俺達がいる部分だけを残し、魔界府広場は跡形もなくなってしまっている。

 大きくえぐれて土がみえていて、まるで大きな隕石が落ちたかのよう。

 規模的には、ざっと見でテニスコート何面分。

 魔都を圧するように建っている魔界府の建物も、広場側の面がごっそりと持って行かれて無惨なことになっていた。たった今気付いたが、魔界府の建物を構成しているのはやはり石。しかしそれはネズミ色じゃなくて、真っ黒な色だった。石炭じゃあるまいし、何で黒いのだろう。

 建物や街の普請はまだいいとしても、問題は大勢の人々。

 そういう惨々たる状態だったから当然、キャナを殺そうとしていた魔界衆や魔装兵達、それに詰め掛けていた魔界人達の姿もなかった。魔界衆とか執行人の連中がどうなろうと知ったコトじゃないが、罪もない魔界人達まで巻き込んでしまったとしたら、痛ましい気がする。親子とか夫婦みたいな家族連れがわんさかいたのを、俺は目にしていたから。

 だけど、魔界府を許すことはできない。

 幼い子供にまで処刑の様子を見せつけようとするなんて。

 キャナは辺りをしげしげと見回し


「あたしもよくわかんない。……けどこれ、シュウさんが考えた作戦でしょ? 魔封陣の外側から内側と同じ魔力を当ててやれば封じられた魔力が暴走して魔封陣ごと吹っ飛ぶって。それであの人、こーちゃんのコトを呼びに行ったのね。さすがにあたしも、ここまでのことは思いつかなかったわぁ……」


 しきりに感心している。


「シュウのオッサン、言ってたな。ここ数千年の魔界の歴史の中で、魂を分け合ったヤツは恐らくいないだろうって。それを俺がやったのはすごいことなんだって、絶賛されたよ。つっても、ホントにそうなのかどうか、わかったモンじゃないと思うケドね……」

「きっと、ホントのコトだと思うよ?」


 キャナの視線が、まっすぐに俺をとらえている。


「自分の魂を削ってまでほかの人を助けようなんて、誰にでもできるコトじゃないもの。誰だって、自分の魂が惜しいもん。だからあたし、あの時すごく驚いたのよ。こーちゃんってば、フツーの顔して堂々と『俺の魂半分やる』とか言うんだもの。耳を疑っちゃったわ」


 そういうモンかね。

 確かに、自分の命を惜しむのは当たり前の人情ではある。

 とはいっても、目の前で死にそうな人がいたなら、なんとか助けようって思うのが人間じゃねェのかと俺は思うのだ。知らんぷりして放っておくなんて、とても人間の振る舞いじゃない。犬とか鹿みたいな獣だって、傷ついて死にそうな仲間の傍から離れないでいるっていうのに。

 まあ、今それをああだこうだ議論しても仕方がない。

 ともかくも、キャナに魂を分けてやったという俺の行為が、予想だにしなかった結果をもたらしたコトだけは確かなようだ。シュウの話だけじゃいまいちピンとこなかったが、こうして実際に起きた出来事を目の当たりにしてみると、ふつふつと実感が湧いてくる。


「さて、こっからどうすりゃいいんだろう? オッサン、あとから加勢するとか言ってたクセにまだこねェし。もしかして、一緒に吹っ飛ばされちまったんじゃないだろうな? 結構テキトーなオッサンだったし」


 ぼそぼそ言っているのを耳にしたキャナ、くすくすと笑い出し


「シュウさん、そんなにヤワな人じゃないわよ? きっと、あたし達が逃げやすいように何か手を打って回っているのよ。心配は要らないと思う。――それよりも」


 急に、キッと表情を引き締めた。

 クレーターの向こう側に、白や黒のローブ姿の連中がわらわらと姿を見せ始めたからだ。

 南の街側の方からも、魔界府の建物側からも。

 その数、軽く百人以上。

 あっという間にぐるりと包囲されてしまった。


「……めんどくさい連中ね。せっかくこーちゃんと再会できたってのに」


 完全に魔女の顔に戻っているキャナ。

 眼差しも鋭く、周囲の魔界衆を睨みつけている。

 そのうち、魔界府側の方から一人の男が進み出てきた。

 RPGの王様とか軍隊の偉い人的にごてごてと装飾の施されたローブをまとった、中年のオッサン。

 テレビで観たローマ法王、それかロマノフ朝の皇帝みたいな、そんな仰々しい見てくれ。

 あんなの着て重くないんだろうか。肩凝るぞ。

 俺はふと思ったが、ヤツの好みなんぞ知ったコトではない。

 服にどんなモノをくっつけてやがるんだと思ってじろじろ眺めていると


「カロイド・デル・ボーン。魔界府筆頭術師、八賢師の頂点に立つ男よ。メイアが引き起こした騒ぎのどさくさに紛れて魔界府の実権を握ったの。魔族殲滅主義を掲げて、あちこちの魔族を捕らえては処刑する最悪なヤツよ。あたしもメイアも、あいつのために何度も命を落としかけた」


 キャナがそっと教えてくれた。

 二人にとっては、何回殺しても飽き足らない程憎らしい存在。

 いや、魔族みんながそう思っているだろう。

 自分達の安定をはかるために、理由にもならない理由を構えては一部の人々を平気で迫害して殺戮する。その手口は決まっている。常に見せしめしかない。

 人間の世界でもそうだが、ヘタレが権力を握るとろくなことにならない。ヘタレは所詮、恐怖で人々を服従させることしかできないのだ。

 カロイドたらいうあのオッサンも、そういう意味においてヘタレ野郎。

 ヘタレなヤツにはどうしたらいいか。

 んなコトは最初から決まっている。

 ――鉄拳あるのみだ。

 腐った性根は叩き直すに限る。


「……ずいぶんと悪運が強いじゃないか、魔女キャナ・ルーフェル」


 カロイドの声が、荒れきった魔界府広場にこだました。

 権力者特有の「俺、偉いんだもんねへへーん」的にイヤらしい響きのある声。


「人間を利用して上手く生き延びるとは、相も変わらず悪知恵が働く女だ。さすがは魔女、というところかな?」


 ほとんどくっつきそうな距離にあるキャナの顔、凄まじい怒りに満ちているのが伝わってくる。

 罵声の一つでも浴びせてやりたいだろう。

 が、それだとヤツの思うツボだ。

 ここは一つ、風間流ケンカ術「ナメた態度で相手を挑発」でもお見舞いしてやるに限る。

 俺は手でキャナを制すと


「おーい、オッサン! ここは広いんだよ! んなネズミのクソみたいな声で喋られても、こっちにゃ聞こえねーよ! もっとでかい声ださんかーい! 男なら腹の底から声出せや!」


 のんびりした調子で呼びかけてやった。

 すると。


「つくづく悪運の強い女だな、と言ったんだ! 人間を利用して上手く生き延びるとは、悪知恵の働く魔女だよ! だが、それもここまでだ! 今から、再度お前達の処刑を執行する!」


 さっきよりも声のボリュームを上げてきた。

 バカなオッサンだ。

 最初から全部聞こえてるっつーの。

 が、こんなんで承知するような俺じゃない。


「あー!? だーかーらー、聞こえねーって言ってんだろ! お前、やる気あんのかー? あー? シケた声なんか出しやがって、風邪引いて扁桃腺でも腫れちゃいましたかー? あァ!?」

「きっ、貴様ァ……! 私をバカにしているのかッ!?」


 遠目にも、カロイドがムッとしたのがよくわかった。

 俺はたたみかけるように


「帰れ帰れー! やる気のねェヤツと喋ってもシマんねェんだよ! 誰か別のヤツ、呼んでこいや!」


 生高、雲高、セッターにピース。

 こういう間の抜けた俺の挑発に引っかからなかったヤツは今まで一人もいない。

 案の定、カロイドたらいう魔界府のお偉いさんももれなく乗ってくれた。


「魔界府筆頭術師のこの私を愚弄しおって! キャナもろとも塵あくたに変えてくれるわ! 地獄で後悔するがいい!」


 怒りを露わにしていたキャナも、さすがに苦笑している。

 まさか俺が、魔界府のトップを手玉にとってコケにするとは思わなかったのだろう。


「こーちゃんてばヒドいのね。あんな言い方されたら、誰だって怒るよ?」

「そのつもりだったもの。キャナじゃなくて、俺がやりかえしてやるから意味がある」


 口のケンカなんてものは延々罵り合っていても時間の無駄。

 向こうから手を出させるために挑発する、いわばボコり合いの前哨戦と思えばいい。

 そうはいっても、最後は拳で決着をつける以上、拳に自信がないとどうしようもないんだけど。

 俺がカロイドを余裕で挑発できたのは、傍にキャナがいるからだった。

 魔法戦に持ち込まれたところで、彼女の実力をもってすればなんとかなるという計算がベースにあったワケで。

 ……ところが。


「こーちゃん、実はね……」

「ん? 何?」


 キャナは仕方がなさそうに笑いつつアタマを掻き掻き


「あたし、まだ魔力が回復しきってないの。一昼夜、強力な魔封陣に押さえ込まれていたから……」


 ……はい?

 今、なんと?

今月中に完結予定です。

あと少しお付き合いいただけますと幸いです。

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