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その21 再生の日(前編)

 そっと鏡をのぞいて見た。

 目の下にはくっきりとしたクマ、頬はいささかこけているような気がする。髪の毛もボサボサだし、野人かと見まがうような相貌だ。

 ほとんど飲まず食わずでいたから、そうもなるか。

 俺は大きな溜息を一つつくと、靴を履いて玄関を出ようとした。


「いってきま……」


 そうだった。

 もう、誰もいやしないんだ。

 ――キャナが去ってから五日。

 ようやく俺は、外に出るつもりになった。

 彼女がいなくなったのもさることながら、ああいう追い出し方をしてしまった自分が死にたくなるほど嫌で、後悔の気持ちが湧き起こってきては部屋の中をゴロゴロ転げまわって泣いていた。

 だけど……どうしようもねェ。

 過ぎ去っていった時間も、そしてキャナももう戻ってくることはない。

 死にたくなったってどうせ死ねやしないんだし、どんなに自分にムカつこうが歯ァ食いしばっててめェの足で立ち上がって歩くよりしゃーねェんだ。誰のせいでもない。

 ようやくそんなことを思えるようになったのが昨日の夕方のこと。

 ふと窓の外を見れば、綺麗な夕焼け空が広がっていた。

 ああ。

 そういや、いつだったかキャナと一緒に眺めながら言ったっけ。

 いつか二人で海を見に行こう、って。

 叶わなくしちまったのは俺だ。

 思ったら、悔しくなってきてまた泣いた。

 でも、それで終わりにしようと思った。

 ついでに、誓った。

 二度と、こんな後悔なんかしてたまるか。将来、自分の大切な人に出会うことができたら、どんなコトがあったって、その人のこと、その人の気持ちを守りきってやる。

 ありがとう、キャナ。

 魂半分くれてやったお礼に、大事なことを俺に教えてくれたんだよな。

 自分の心に素直に向き合って思いっきり悔しがったら、ちょっとだけ感謝する気持ちになれた。

 ただ……正直なところ、何の未練もなくすっかり割り切れたかどうか、自信はない。

 ないけど、人はその時点の気持ちをベースにして生きていくしかないんだ。

 もしふと思い出して悲しくなったら、そのときはまた泣くだろう。

 どんなに悔しくても、メシを食って寝て、何度も何度もそれを繰り返して立ち上がっていくものだ。

 悔しい時の気持ちは嫌っていうほど身に沁みるけど、立ち上がっていく過程の自分なんて自分にはまったくわからない。だから、諦めちゃいけない。人が自分で気がつかない回復力を強さって呼ぶんだ。

 って思ったら、まだ歩いて行けるような気がした。

 そうして俺は、次の日を迎えるためにさっさと眠った。

 ――朝、いつもより早く起床。

 がっちりメシを食い、きちんと身支度をしたものの、ここ五日間の心の揺れ動きっぷりが全部カオに表れちまってるみたいで、カッコ悪いったらない。

 まあ、いっか。

 そのうちなおるだろ。

 思いつつボロアパートを出てから、近くのゴミステーションに大きなゴミ袋を放り込んでいると


「あら、おはよう。今日はいつもより早いのね?」


 カネ婆見参。

 ゴミバケツを抱えてひょこひょことやってくる。


「あー、それ持つよ、おばーちゃん。言ってくれればいいのに」

「いつも済まないねぇ、風間君。助かるよ」


 今日はなんか自然に身体が動いた。

 俺の心、少しは立ち直れているんだろうか。

 これが例えば、もしかしたらまた会えるかもしれないなんて状況だったら、うじうじと引き摺ってしまっていただろう。だけど、キャナにはもう二度と会えない。どう頑張ってみても、魔界と行き来することなんか不可能なんだから。

 二度と、という言葉はセンチ入ってて気持ちよくねェが、反面割り切るのにはちょうどいい。

 もともと俺は一人。

 だからってカッコなんかどこにもつかないけど、自分の中でそうツッパってみたっていいじゃないか。

 俺は俺。

 誰が傍にいようといまいと、俺は俺の足で歩いて行かなくちゃならないから。

 カネ婆のゴミバケツをゴミステーションまで運んでやった俺は


「じゃーね、おばーちゃん。行って来ます」

「はい、いってらっしゃい。――ああ、そうそう。帰りに寄りなさい。タマゴ一パックとお肉、あげるから。特売で買ってきたんだけど、あたし一人じゃ多くてねぇ」


 お? ラッキー!

 人には親切にしておくもんだ。


「ありがと! 夕方に寄るよ!」


 何となく、気分がいいな。

 足取りが軽いカンジだ。

 ちょっと嬉しくなってどんどんと道を歩いて行く俺。

 今日は天気もいい。

 早めの登校だから、時間にも余裕がある。

 いつもの景色も、何だか違って見えるような気がするな。

 ――幸いにして魔の信号でひっかかることもなく登校はスムーズに進み(フツーはそういうものだが)、ぶらぶらとイーペー近くにある鉄道ガードのところまでやってきた。

 最後にメイちゃんと会った、あの鉄橋。

 彼女も、なんだかんだでいいコだったしな。

 キャナと二人で協力して、何とか生き延びて欲しいものだ。

 そんなことを考えながらふと見上げると、たまたま珍しい車両が通りかかった。

 俺は鉄道になんら興味はないが、いつもと違うのでぼへーっと眺めながらガード下をくぐろうとしていると


「やめて! お願いだから!」


 女の子の悲鳴が。

 行く手を見やれば、ガード下の暗がりに小さな人だかりがある。

 高校生。

 一人を、数人で取り囲んでボコっている。

 よーく見てみるとボコられている男子と叫んでいる女の子はイーペーの生徒で、囲んでいる連中はセッター――束掛七星高校、またの名をタバコー――のブレザーを身に着けていた。江香たらいうリーダーはいないようだ。

 ふーん。

 俺は立ち止まって、イーペー生がどつかれている様子をしげしげと眺めている。

 あの様子だと、一年生っぽい。

 騒いでいる女の子は付き合っているカノジョで、一緒に登校してきたところをセッターの奴らに絡まれたものとみた。

 ちょっと気になったのは、女の子がカバンを二つ抱えていること。

 こいつは、アレだ。

 ボコられているヤツはカノジョの手前、逃げずに向かっていったのだろう。

 心意気は認めるが、一人で立ち向かって勝てる相手じゃないって冷静に判断できなかったってこった。面子優先で無茶をこいたところが、あの有り様だ。

 イーペーの生徒は勉強の偏差値こそ高いかも知れないが、ケンカの偏差値は至って低い。その点、セッターは市内でも三本の指に入る強さを誇っている。

 バカだな。飛んで火に入る夏のなんちゃら。

 そういや、もう夏だな。そろそろ、夏服に替えないと。

 ……ああっと、それはまあ、おいといて。

 売ったケンカに負けるようなヤツなんかほっときゃいいのだが、カッコつけながらやられている一年ボーズも哀れだし、今後セッターのバカどもに朝っぱらからこのあたりをチョロチョロされるのも鬱陶しい。調子に乗せると、行動テリトリーを広げようとするからな。

 せっかく、魔の信号を無事に通過したっていうのに。

 ま、しゃーないか。

 俺はつかつかと早足で連中の方へ歩み寄って行く。

 女の子もセッターのヤツらも、ボコられている一年生は当然、俺の存在に気がつかない。

 あと十メートル、というところで俺はカバンを放り出すや否や、地を蹴った。

 猛然と接近してくる俺に最初に気付いたのは女の子だった。


「あっ、あのっ!」


 何か呼びかけてきた彼女の傍を駆け抜け、集団目掛けて一直線に突っ込んでいく。

 ガード下に響きわたった足音でようやく連中も俺の姿を認めたが、その時にはもう間合いは詰めきっている。


「うわっ! かっ、かざ――ぶべっ!」

「ぼっ!」


 一足飛びに接近するなり間髪を容れず俺の両拳が宙を切り裂き、手前側にいた二人の顔面に吸い込まれていた。

 ダッシュからの神速鉄拳ダブルヒット。名付けて「両面待ち」。

 これをお見舞いされて耐えられるのは、タチションの山田しかいない。

 二人は景気良く歩道の上を転がっていったが、吹っ飛んだ野郎に興味はない。

 奥にいた二人の間を割るようにして向こう側へ突き抜けた俺は、足を踏ん張ってブレーキをかけた。

 繰り出された拳は瞬時に戻して脇腹へ溜めている。

 と。

 振り返りざまゼロ距離両面待ちが炸裂。


「がっ!」

「べっ!」


 今度は反対側へ派手にすっ飛んでいきやがった。

 ヤツらは女の子の足許に転がっていったまま、起き上がりもしない。……まあ、ムリか。

 四人を沈めるのに一分とかかっていない早業に


「あ……」


 女の子、ぼーぜん。

 コンクリートの壁に押し付けられるようにしてどつかれていたカレシの方は、力尽きたようにずるずると地面に沈み込んでいった。カオに多少のアザとキズがある。鼻血片方、唇がちょっと切れ、か。まあ、よく堪えた方だな。

 不意打ちっちゃ不意打ちだが、一人相手に四人で取り囲むようなヤツらには、これで十分だ。

 四人が戦闘不能であることを確認した俺は、元来た方向へ戻ってゆっくりとカバンを拾い上げながら


「……できもしねェケンカなんざ、売るんじゃねェ。ヤバいときゃ、さっさと逃げな」


 女の子と、それに聞いてるか聞いてないかわからないカレシに言ってやると、そのまま立ち去りかけた。

 が、それだけじゃカレシの面目が立たないってモンだ。

 思いなおした俺はつと足を停め


「俺でも、そうする」



 一時間目の授業が終わった時だった。

 教室のドアがからっと開き、奈々子ちゃんが顔を出した。


「孝四郎クン! ちょっと、いいかしら?」

「あい」


 返事をして席を立った。

 用件について、察しはついている。

 この前、生高と雲高の連中をぶっ飛ばした件だろう。あと、もしかすると今朝のことも。

 奈々子ちゃんに連れられて面談室に行くと、ナウマン象――教頭のことだが――が待っていた。

 これはもう、見てくれそのまんまで命名されたのだが、それはどうでもいい。


「……風間君、この間、生瀬高校の生徒と雲井高校の生徒と、乱闘したそうだね?」


 ナウマン象が難しい顔でそう切り出した。

 原始人はこんなヤツを倒して食っていたのか。俺なら食わないケド。


「しました」

「生瀬高校の生徒が二人、雲井高校の生徒が三人、それぞれ病院で手当てを受けたと、連絡があった。幸い、骨折とかはなくて、打撲程度で済んだらしい」


 そりゃ、ラッキーだったな。俺は思った。

 あの日の俺の拳には、名状し難い怨念がこもっていたから、下手すりゃ入院モノだったかも知れない。

 打撲なんかで済んだってのは、俺もまだまだ拳に磨きが……じゃなくって、まあ良かったのか。

 なんてコトを考えていると、ナウマン象の隣に座っている奈々子ちゃんが心配そうに


「事情を聞いたら孝四郎クン、待ち伏せされてたみたいだけど、このことに間違いはないかしら?」

「ありません。道を塞がれてましたし、相手は俺を襲うつもりでした。だからやむなく応戦したまでです」

「応戦って……! いいかね、風間君。どういう事情があろうと、暴力という手段に訴えるのは――」


 ナウマン象が説教めいたことを言い始めたが、奈々子ちゃんはそれをまあまあと制しつつ


「今回のことは相手の非が大きいと認められるし、それに孝四郎クンにやられた生徒達、橘商業とかにもちょっかいを出していたみたいで結構問題になっていたらしいのよね。だから、今回の一件は生瀬高校と雲井高校とも話をして何とか収めるつもりだけど、もし、また同じようなことがあったら……」

「停学、ですか?」


 先回りして訊いてみると


「そうだな。いかに相手に非があるとはいっても、ケガをさせてしまえばどうにもならない。我が校としても、一定の規律と秩序は守らなければならないんだよ。で、あるから風間君、今後は――」

「……ケガをさせなきゃいいんですね?」

「そうじゃないだろう!」


 パオーン! とナウマン象が咆えた。

 おお、こわ。

 あれ?

 ナウマン象って、パオーンって鳴いたんだろうか。




「あァ、めんどくさ……」


 ようやくナウマン象から解放されて教室に戻ってくると、入り口ドアの前に見慣れない顔が立っている。顔中、べたべたと湿布やら絆創膏だらけ。

 ああ。

 こいつ、朝ボコられていた一年ボーズだな。

 ヤツは俺の姿を目にすると、おずおずと近寄ってきて


「さ、さっきはありがとう……ございました……」


 ぎこちなく頭を下げた。

 わざわざ礼を言いにやってきたのはまあよしとするが、こっちとしてはいろいろ話しておきたいことがある。

 俺はちらと教室内の時計に目をやってから


「……ちょっと、あっちで話そうか。ここじゃカッコ悪いだろ? そのツラ晒してたらよ」



 

 本棟と別棟の渡り廊下に設けられた自動販売機コーナーの前。

 廊下の向こうから生徒達の騒ぐ声が聞こえてくるが、このスペースには俺と一年男子のほか誰もいない。

 俺は彼のために紙パックのコーヒー牛乳を買って渡してやったが


「ありがとうございます。ただ、僕はあまりコーヒーが得意じゃなくて……」


 めんどくせェヤツだな。

 股間に毛の生えてない小学生じゃあるまいし、コーヒーくらいガマンして飲めよ。

 しかもこれ、ご丁寧に牛乳で割ってあんだぜ?


「んじゃ、何がいいんだ?」

「では、バナナ牛乳を……」


 何が良くてそったらゲテモノなんか飲むんだ?

 まあ、飲みたいというなら止めないけどさ。ってか、どっちも牛乳系に変わりないだろうがよ。

 俺達は並んで壁に寄りかかり、牛乳系な飲み物をすすっている。


「ところで、君の名前を訊いてなかったんだけど」


 横顔に向かって話しかけた。

 今は顔中キズだらけだが、見てくれは悪くない。しゅっとしたスマート顔で、体型も同様。

 女の子の一人や二人から好かれてもまあ、それはうなずけるものがある。


「はい、僕は一年四組の五木弘芳といいます。今日は、ありがとうございました」

「ところでさァ、ヒロシ」

「……ひろよし、なんですけど」

「一字違いなんだし、同じ五木だから別にいいだろう。こまけェコト言うな」


 俺はそう言って彼を強引に「ヒロシ」にしてしまうと


「君、何だってセッターの連中にボコられてたの?」


 ストレートに訊いてみた。

 案の定、ヒロシはちょっと嫌な顔をして


「夏美ちゃんと一緒に歩いていたら、絡まれたんですよ。逃げようと思ったんですけど、しつこかったんで、つい、その……」

「相手になった、と」

「はい……」


 ヒロシ、ウソはついていないと思う。

 ただ、今の発言がすべてではないと、俺はにらんでいる。


「ヒロシさ」

「だから、ひろよし、ですってば」

「いィんだよ、ヒロシで。……それだけか?」


 彼の頭の上には、明らかに「?」が点滅している。

 俺の質問の意図がよくわからなかったらしい。

 不可解な顔をしているヒロシのために、俺は補足しなければならなかった。


「わからないなら直球ど真ん中に訊くケド……その、なんたらちゃんの前でカッコつけたいって、思う気持ちがなかったって、言い切れるか?」


 質問の効果はてきめんで、急にヒロシは不愉快そうに眉をしかめ


「ど、どうしてそんなコトを訊くんですか!? べ、別に関係ないじゃないですか!」

「なくねェよ。俺はお前を助けるためにやむなくセッターの連中を潰したけど、あいつらはそのへんを歩いている他校生を見境なくボコるようなヤツらじゃねェ。女の子をからかったりするケドな。だけどボコられたってコトはヒロシ、お前」


 俺は目を鋭く細めてヒロシを見た。


「……自分から手ェ出したんだろ? カノジョの手前」

「……」


 ヤツは俺の視線を真っ向から受けられず、つと目を反らしてしまった。

 返事がないが「そうだ」と認めているようなものだ。

 そんなこったろうと思った。

 セッターの制服はブレザーだから、パッと見で「くみやすし」と勘違いするヤツがまれにいる。が、市内のありとあらゆる中学校の「そこそこワル」が集まっているから、腕っ節だけは折り紙付き。中途半端にケンカを売ろうモノなら、返り討ち必定というヤツだ。ヒロシもそうだけど。

 ただ、一番の問題は、この野郎のプライドがややLサイズに出来ているらしいということだ。

 カノジョの前で見栄を張ってケンカをふっかけたのもそうだし、今こうして俺にその非を鳴らされるなり、不服そうに黙ってしまったのもそう。

 俺達の年頃はみんなカッコつけたくなる。それは仕方がない。

 だけど当然のことながら、そんなものは紙切れと一緒だ。

 いや、紙切れ以下。紙なら指をちょっと切れるけど、プライドでは指の皮一枚切れない。

 プライドに形を与えるもの、それはそいつの実力あるのみだ。

 実力に適わないプライドを築いてしまうと、必ずそのしっぺ返しをくう。ケンカでは百パー鉄則。

 ま、こいつは今日、自分の取るに足らないプライドのために痛い目に遭ったワケで。

 ちっとは懲りてるだろう。

 同じ学校の生徒として多少慰めの気持ちもなくはない俺。


「……悪いコトは言わねェから、もう無茶な手出しすんじゃねェよ。次あいつらにケンカ売ったらヒロシ、ただじゃ済まないぞ。病院のセンセと仲良くせにゃならんぜ?」


 穏やかにわかるように、諭してやったつもりだった。

 ところが。


「ほっといてくださいよ! 助けてもらったことにはお礼をいいますけど、そんな情けないヤツみたいな言い方される言われはないです!」


 おやおや。

 逆ギレですか。


「待てや。誰もお前のコトを情けないなんて言った覚えはないぜ? 無茶なケンカを売るなと言ったんだ。ヘンな受け取り方してんじゃねェよ」

「だって、そうじゃないですか! お前は弱いから引っ込んでろ、みたいな言い方して」


 俺は持て余しかけていた。

 なんとまあ、想像力の豊かなコだこと。

 どうやったら「無茶なケンカするな」→「お前は弱い、すっこんでろ」になるんだろう?

 市内最バカの生高のヤツらだって、もうちょっと道理の通った考え方をするだろうに。

 こういうヤツにはどういう風に言ってやれば納得できるんだ?

 可愛らしいと思って抱いた子犬がブサイクだった、みたいな顔をしている俺に、ヒロシは


「僕だって、その気になれば夏美ちゃんを守れるんです。今日は相手の数が多かったからやられちゃったけど、そうじゃなかったら――」

 

 あー。

 ダメだこりゃ。

 勢いで口走っていいことと悪いことがある。

 こういうヤツは、必ず同じコトを繰り返す。で、ボコられる。病院送り。

 そう思った俺は咄嗟に、ヒロシの胸ぐらをつかんでいた。


「……死にてェのか、てめェはよ」


 瞬時に他校生との戦闘モードばりな殺気を発しつつ


「守るなんて簡単に言うけどな、んな簡単なコトじゃねェんだ。くだらんプライドにこだわる前に、まずはてめェの身の程を知れよ、タコ! お前が余計な真似すれば、このガッコーの連中がみんな迷惑すんだぞ! わかってんのか?」


 低い声で脅しつけてやった。

 俺の脳裏に、キャナの姿がある。

 自分の拳に自信をもっていた俺は、例え魔法使いが相手だろうと、彼女のことを守れそうな気がしていた。

 でも、それは夢でしかなかったワケで。

 逆にキャナは、こっちの世界に魔神が侵略してくることのないように――その本音は、俺がこれ以上魔界の戦いに巻き込まれないように――命を賭して魔界へ戻っていった。そんな彼女の気持ちを受け止めてやれなかっただけに、今のヒロシの姿は自分を見るようでイヤだった。調子に乗っていた、何週間か前の俺と同じ。

 ヒロシと自分がかぶって見えただけに、心の底では俺も冷静さを欠いてしまっていたかもしれない。

 ほとんどぶん殴りかねない勢いで迫ったものだから


「……!」


 ヒロシはビビった顔をしてから、少しづつ泣きそうになっていった。

 それでもヤツはキッと俺を睨み返すと、胸倉をとっている手を「ばしーん」と振りほどき


「ほっといてください! 僕の気持ちなんて、風間さんにわかってたまるか!」


 背中を向け、走って行ってしまった。


「……」


 ヒロシの姿が廊下の角を曲がって消えていくのを黙って眺めている俺。

 くしゃっとコーヒー牛乳のパックを握りつぶした。

 あんまし、いい気持ちがしない。

 ヒロシにじゃなくて、自分に。

 俺に対する俺の苛立ちを、ヤツにぶつけたような格好になってしまった気がしたからだ。

 それはまあ、思い込み過ぎかもしれないが。

 あのヒロシ、ちょっと心配。


(バカな真似しなきゃいいけどねぇ……)


 内心で呟きつつ、ふと思った。

 夏美たらいうカノジョ、そこまでして惚れるような女なのだろうか?

 どうもよくわからん。

 授業が始まりそうなので俺も教室へ戻ろうとすると、廊下でばったりと男子便所に出くわした。

 ヤツは俺を見るなり「ニカッ」と笑って胸筋をぴくぴくさせながら


「風間ァ! 乱闘の件、不問に付すように校長にくれぐれも頼んでおいたからな! 大丈夫だ!」


 やけに自信たっぷりに言い切った。

 校長、この野郎に何か弱みでも握られているのだろうか。


「は、はぁ……ありがとうございます……」


 別に助けてくれなんて一言も頼んでないけど。

 それはそれとして、俺のためにしてくれたことだから一応礼を言っておいた。

 が。

 男子便所の話には続きがあった。


「……で、その代わりといっちゃなんだが、今日から一ヶ月間便所掃除。便所をキレイに磨いて、ついでに心も磨け! この俺みたいに、清々しい青春を送れよ! はははは――」

「……」


お気に入り登録してくださった方、またお目通しくださった方、本当にありがとうございます~!

今週は金曜日まで毎日掲載します。

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