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その18 きっかけ

 キャナと二人で買い物に出かけ、キレイな夕陽を眺めてから数日後のこと。

 深夜、窓の外で突然白い光が。

 部屋中を照らし出すような激しいフラッシュに、寝ていた筈の俺も目を覚まされた。


「……?」


 ほんの一瞬で止んだきり、そのあとは何も起こらない。

 カミナリか?

 寝ぼけた頭で考えたが、眠気に圧されてすぐにどうでも良くなった。

 再び眠りにつこうとした俺。

 すると、隣で寝ていたキャナが急にむくりと起き上がった。

 じっと窓の外の闇を見やっている。

 そうして、何か感じることがあったのか、いそいそと立ち上がるなり玄関から外へ出て行った。


(キャナ……? こんな時間に、ドコ行くつもりなんだろ……?)


 ふと疑問に思ったが、すでに俺の九十九パーセントは眠気に支配されている。

 ほどなく、夢の世界へと落ちてしまった。

  

 

 翌朝。


「いってきまーす……」


 学校へ向かうべく、いつものようにボロアパートを出た。

 夜中に一度ヘンなタイミングで目を覚ましてしまったせいか、中途半端な眠さが残っている。


(夕べのあれ、何だったんだろ……?)


 夢じゃないのはわかっている。

 キャナがそろりと出て行ったのも記憶にある。

 いつ戻ってきたのか、朝にはちゃんと横で寝こけていた。

 魔界からの追っ手が現れたと思って確かめに行ったのかも知れない。

 尋常な量の光じゃなかったし、あるいはそういう可能性もあるだろうな。

 ま、彼女が無事に帰ってきていつも通り朝寝しているから、別にいいけれども。

 俺はそう思い直しつつ、ふと階段の下を見やった。

 ……いつものエンジェルスマイルがない。

 じゃなくって、メイちゃんがいない。

 別に頼んでそうしてもらったワケではないが、ここで合流して登校するのが俺とメイちゃんの日課になっていた。だから、ちょっとヘンに思ったワケである。

 ま、いっか。どうせ学校で会うだろうし。

 通りへ出て歩き出すと、すぐ先に掃き掃除をしている婆さんがいる。 

 カネ婆だ。

 

「おばーちゃん、おはようございます」

「あら風間君、おはよう」


 カネ婆は手を止めて俺を見た。

 そのホウキ、百円ショップで売っているヤツだな。

 掃けども掃けどもゴミが集まらないという、まったくもって用をなさないシロモノである。

 それはまあ、ホントどうでもいいのだが。


「おばーちゃん、メイちゃんはもう行ったの?」


 何気なく尋ねてみた。

 すると、カネ婆は俺の顔をじっと見てから軽く首を傾げ


「……メイさん? あそこの、あれ、三丁目の角の花屋の娘さんかい?」


 ホウキをあっちの方角へ水平に向けた。

 ……?

 じゃなくってさ。

 三丁目に花屋があるのは知ってるけど、そこの娘の名前までは知らないなぁ。


「あ、あの、メイちゃんですよ、メイちゃん。花屋の娘さんじゃなくって」

「だから、花屋さんトコのコでしょ? あのコ、メイちゃんっていうっけさ」


 おかしな事を言う、といった顔つきのカネ婆。ばーちゃんの語尾もヘンだけど。

 あ、あれ?

 カネ婆の認識の中に、メイちゃんの存在がないっぽい。

 まさかメイちゃん、カネ婆の元を離れて花屋に鞍替えしたワケじゃないだろうな?

 それはないよな。

 花屋に(ホントに)娘さんがいるのは何となく知っていたし。

 どーなってんだ?

 これってもしかして、広域催眠が解除されているのか?


「あ、ああ、そ、そうだね。……じゃ、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい。今週の土曜日は、西町市場で大売出しだからね!」


 お得な情報ありがとうございます。

 ってか、今それはおいといて。

 メイちゃん、どういうつもりなんだ?

 魔界に帰ったのだろうか。

 だけど、そんな魔力はないハズだし、それにキャナは何も言ってない。

 とりあえず――学校へ行ってみよう。

 確かめるのはそれからだ。

 俺は足を速めた。

 ……肉屋のおばちゃんへの挨拶と、他校生の撃退だけはいつも通りに実行しつつ。



「メイちゃん? 誰、それ?」

「誰それって、エロスケベ、お前……」


 イーペーに着くなり朝練していたエロスケベをとっつかまえ、開口一番メイちゃんを見ていないか訊いてみた俺。

 すると、エロスケベもまた眉をしかめて訊き返してきやがった。

 こいつの記憶からも消滅している。


「あ、いや、なんでもない。……邪魔したな」


 それから俺は、会う人会う人にメイちゃんのことを尋ねてみた。 

 が。

 エクスカリバーもデラックスもミスターも、六組の女子も奈々子ちゃんも、誰も「天海明」の名前、どころかそんな人は知らないと言った。

 奈々子ちゃんは人がいいから


「そのコ、孝四郎クンの親戚? この学校に転入してくる予定なの? 今日手続きにくるハズが、来ていないとか?」


 ご丁寧に色々事情を確認しようとしてくれた。

 だけど先生、そういう事実はないっす。お手数かけました。


(うーむ……)


 自分の席に座り、無愛想な面つきで考え込んでいる俺。

 これはもう、間違いない。

 あれだけ校内を騒がせたというのに、誰の記憶の中にもその存在がないということは――。

 

(確実に広域催眠の魔法が解除されてる。だけど、なんだってこのタイミングで……?)


 昨日までは、間違いなくイーペーの生徒として溶け込んでいたメイちゃん。

 一緒に登校して一緒に昼メシを食い、一緒に下校して……ああ、なんか良くない流れだけど。

 ともかく、何の問題もなかったのだ。

 そうすると、思い当たるのは夜中のあれしかない。

 突然街中を照らし出した例の白い光。

 ぐうぐう寝ていたキャナが反応した以上、メイちゃんもまた何か感じたとしてもおかしくない。

 こうなった以上、帰宅したらキャナに聞いてみるしかない。

 今の俺には、メイちゃんの居場所がわからないし。


「――ざま! おーい、風間! 大丈夫か?」

「……へ?」


 考え事に没頭していた俺は、名前を呼ぶ声でハッと我に返った。

 現在、三時間目の授業中。現国。

 チョークを持つ手を止め、英世が俺の方を見ている。

 もち、あだ名。

 髪の毛のカンジが千円札の英世さん的なところから、英世と命名されたのだ。

 ホント、イーペーの連中はあだ名をつけるのが大好きだな。あだ名甲子園、とかあったら無難に優勝狙えるんじゃないだろうか。


「あ、はい、すんません! 教科書どっか、読みますか?」

「別に教科書は読まんでいい。どうしても何か読みたいなら、空気を読め!」


 どっ。

 教室中に爆笑が起こった。

 おっとぉ。

 こりゃ、英世に一本とられちまった。



 なんだかんだで一日が終わり、俺は晩メシの買い物をしつつ家路を急いだ。


「ただいま――」


 ボロアパートに戻ると、部屋の中はもぬけのから。

 キャナがいない。


「……?」


 ふとテーブルに目をやると、彼女が書き残していったらしい置き手紙がある。


『ちょっとでかけるね。よるにはかえるよ。きゃな』


 下手くそな字で、そう書かれてあった。

 キャナは最近、日本語を覚えようとしていた。

 だから、まだ全部ひらがな。

 魔法の効果で日常の意思疎通は普通にできるものの、文字だけはそうもいかないらしい。

 で、ずっとこっちで暮らすとなれば困るから、とか言って学習なんか始めたのだ。 

 ちょっとでかけるって、キャナのヤツ、一体どこへ行ったのだろう。

 もしかして、メイちゃんのところか?

 まあ、いい。

 帰ってきたら、色々訊いてみるとしよう。

 俺は晩メシの支度にとりかかった。

 ところが。

 晩メシが出来上がり、NHKで七時のニュースが流れ始めてもキャナは帰ってこない。

 さすがに腹が減ったものの、晩メシは彼女と一緒に食うことにしている。

 勝手に先に食ったら、間違いなくだだこねるだろうし。

 チャンネルを切り替え、バラエティ番組を観て空腹に耐えている俺。

 ――結局、彼女が戻ってきたのは、夜も十一時を過ぎてからだった。

 眠気が食欲を軽く凌駕してしまい、転がってうとうとしていると


「ごめんね、こーちゃん。すっかり遅くなっちゃって」


 ギィッとドアが開き、キャナが入ってきた。


「……お、おかえり。遅かったな。メシ、できてるぞ」

「あ、うん。ありがとう……」


 何だか、元気がないみたいだ。

 視線が下を向きっぱなし。

 俺は冷えた味噌汁を温めなおし、ご飯をよそいながら


「なあ、キャナ。メイちゃん、俺の学校の連中とかに広域催眠かけてただろ? どうも彼女、あれを解いたらしいんだ。今日学校に行ったら、誰の記憶にもメイちゃんの存在がなくなっててさ。――何か心当たりないか?」


 訊いた。

 するとキャナは一瞬「えっ」という困惑の表情を浮かべたが、すぐに消しつつ


「あ、あたし、二、三日メイアに会ってないんだ。だから、よくわからないんだよね……」

「ふーん、そうかい」


 強いて突っ込んだりせず、短く相槌をうってやった。

 メイちゃんの行方、キャナも知らないのか。ちょっと心配だな。

 で、遅い晩メシをそもそと食い始めた俺とキャナ。


「……」


 今日の英世発言じゃないが、何だか空気がヘン。

 いつもは楽しそうにあれこれ話題を振ってくるキャナが、神妙な面持ちで淡々とメシを口に運んでいる。どうも、じっと何か考え事をしているように見えなくもない。


「……なあ、キャナ」

「へ? あ、うん? どーかした?」

「昨日の夜遅い時間のことなんだけどさ。何か、ヘンなコト起きてなかった?」

「ヘンなコト?」


 俺は白い光の一件を話したあと、ちょっと区切ってから


「……でさ、キャナ、出かけて行かなかった? 何となく、気配でわかったんだけど」 


 ずずっと味噌汁をすすった。

 正面きって問い詰めるのはなんかヤだから、さりげなさを装うための軽い芝居。

 すると、キャナは微笑して


「あ、うん。黙って出かけたりして、ゴメンね。――実は、魔力の現出を感じたのよ。メイアじゃない、なんかこう、別の人の。だから、また魔界から追っ手でも来たのかと思って、探しに行ってみたのね。……ほら、メイアの時みたいに、人間の中に紛れ込まれてしまったら厄介じゃない? だから、見失わないように、と思って」

「で? 何か、わかったのか?」

「それが、よくわからないのよ。だから、今もあちこち調べて回ってたんだけど……何だったのかしらね、夕べのヤツ。魔界と行き来ができなくなっちゃってるから、向こうの動きがわからないってのは不便だわぁ。落ち着いて暮らせないじゃないね?」


 情けなさそうな顔をしている。

 どことなくぎこちないけど、彼女がそう言うのだから、信じるしかない。

 それにしても、魔界で何が起こっているのかわからないってのは、確かに不安なことだ。

 例えば、あっちで魔神が強大な力を身につけて魔界人達を滅ぼし、その勢いでまた人間世界へやってきたりしたら、大変なことになる。

 魔界衆にしたって、ヘンな魔法とか編み出してキャナに襲い掛かってきたりしたら、俺達はおちおち普通に生活していられなくなってしまう。下手すりゃ、学校のみんなとかおじさんおばさん、この街の人、もっともっと多くの人達に迷惑がかかるんだよな。

 魔女と暮らすのって、結構神経が磨り減るかも。

 ――ああいやいや、キャナと一緒にいるのがイヤになったってワケじゃない。

 ただ、落ち着いて暮らすにはあまりにも状況が不安定過ぎるってこった。


「ま、何かあったらすぐ相談してくれよ。メイちゃんの消息も気になるし」

「あのコなら、そうそう心配は要らないと思うケドね。……ってか、こーちゃん」


 キャナの目つきがきゅっと鋭くなった。


「そんなに、メイアのコトが心配? さっきから、メイちゃんメイちゃんって……」

「だっ、違うっての! いきなり姿をくらましたりするから、またヘンなコトになってんじゃないかって、不安になっただけだよ。そうやって妙な疑いをかけるなよ」

「きゃはは、うそうそ。ちょっとからかってみたくなっただけ」


 やっと、声を上げて笑ったな。

 思い返せば今日は朝からずっと、楽しそうな表情のキャナを見ていなかった。

 ま、ぐずぐず考え込んでいてもしょうがねェ。

 ケンカだってそう。

 相手の数とか強さを気にしていたら、いつも逃げるしか手がなくなっちまう。

 作戦を決めたら、あとは無我夢中で突っ込んでいくだけ。

 そうすれば、大体は何とかなる。

 何とかなる……か。

 この微妙にイヤーな空気、早く何とかなってくれないかな。



 次の日。

 俺はイーペーまでの通学路を全力ダッシュしていた。

 原因は寝坊。

 夕べ、ワケのわからないもやもやが脳みその中で渦巻いてしまって、なかなか寝付けなかったのだ。

 晩メシがすごく遅かったから、体内時計が誤作動したのかも知れないが。

 また便所掃除の刑に処されるのはゴメンだ。

 あと五分で何とか、イーペーの門をくぐってしまいたい。

 魔の信号を無理矢理突き抜け、繁華街を駆け抜けて行く。

 目の前に、鉄道のガードが見えてきた。

 これを抜けると、間もなく遅刻回避安全圏になる。イーペーまでは目と鼻の先。

 緑色に塗られたガードの下へ飛び込むと、一気に視界が暗くなった。

 上には二つの路線が上下で走っているから、線路は四本敷かれているということになる。だから、ガードをくぐりきるまでには二十メートル以上ある。

 と、行く手に誰か立っている。

 それほど大きくない背丈に、細い身体。女の子らしい。

 誰か知っているヤツかと思って、よーく見てみれば――


「……風間クン。私よ」


 なんと、そのコはメイちゃんだった。

 制服なんか着ちゃいない。

 肩から先がなくて、胸元が妙に開けたその衣装は……魔女のコスチューム。長い髪はくるくるとまとめてアップにしてある。やたらと大人っぽくて、何だかメイちゃんじゃないみたいだ。

 気付いた俺は、慌てて立ち止まり


「メイちゃん!? 急に、どうしたんだよ? いきなりいなくなるから俺、探し回ったんだぜ?」

「まあ! 探してくれたんだ。私、嬉しいかも。ごめんね、突然消えたりして」


 ふわっと微笑みながら、ちょっと首を傾げて見せた。

 が、すぐに表情を無に戻したメイちゃんは、俺の傍まで歩み寄ってくると


「……キャナ、何か言ってなかった? 私が学校からいなくなったワケのこと」

「いいや、何も……」


 待て待て。

 何だ、それは?

 ってか、キャナは昨日、確かに「メイアと数日会ってない」とか言ってたぞ。

 今のメイちゃんの台詞だと、ごく最近顔を合わせていて、しかもメイちゃんが学校から消えた理由まで知っているような言い方じゃないか。

 キャナ、もしかして……俺にウソついた?

 隠し事をしているのか?

 いつまでも一緒に暮らしていたいって、言ってたじゃないか。

 それなのに、舌の根も乾かないうちに心変わりをしちまったとでも?

 冗談抜きで彼女を信じきっていた俺にすれば、青天の霹靂。

 同じ人間だったらそう簡単に信頼してなかったかもしれないケド、彼女は魔界に生まれ育った魔女。俺達とは何もかも違う環境で生きてきた。生死紙一重を潜り抜けてきているから、掛け値なしに信じる気持ちになった。

 それなのに……!

 ――いや、悪いのは俺のほうか?

 信じた俺にも責任の一端はあるのだろう。

 ってか、今現在一体何が起こっている!? キャナもメイちゃんもどうしちまったんだ!?

 そんな俺の心の焦りを見抜いたかのように、メイちゃんは染み入るような優しい笑みを浮かべて


「あのね、風間クン。キャナは、あなたのコトが誰よりも好きだし、愛しているのよ。だから、つまらない詮索をして彼女を疑ったりしちゃダメよ? キャナ、ああ見えてもとっても心が弱くてキズつきやすいの。風間クンに嫌われたりしたら、きっと生きていけなくなるかもね」


 それだけを言って、さっと身を翻した。

 勘弁してくれよ!

 俺、何一つ大事なコトを知らされていないのに!


「ちょ、ちょっと待ってくれよ! それだけじゃ、何がなんだかさっぱりわからねェ! ちゃんと教えてくれよ! 魔界で、何かあったのか?」


 ガード下に、俺のひときわ大きな声がわんわんとこだましていく。

 立ち去りかけたメイちゃんが、ちらりと振り返った。

 そして、口を開きかけた途端


 プアァン! ゴゴゴゴン、ゴゴゴゴン、ゴゴゴゴン……


 タイミングの悪いことに、上を電車が通過して行った。

 何秒間か続く轟音の中、俺は彼女の形のいい唇の動きだけをじっと見つめている。

 そうして再び静けさが戻ってきたその時にはもう――メイちゃんの姿はなかった。

 一人、その場に呆然と立ち尽くしている俺。

 目に見えなかった形のない不安が、ようやく俺の胸中ではっきりとした形をとって現れようとしていた。

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