6話 帰る場所
6話 帰る場所
朝五時
目覚ましより先に目が開いている
眠った感覚がない
六畳一間
整えられた白い壁
机の上には現場用のメモ帳
隅に置かれた安全靴
テレビをつける
部屋の静けさに
ニュースの声だけが浮く
特番
第一迷宮
五階で新資源確認
画面右上
探索者ランキング
1位
ID JPSH0001
到達階層 地下100階
指先が冷える
JP
SH
登録順 0001
最初の探索者
実名は出ていない
だが
番号の並びは
自分の輪郭そのもの
国内最初の登録者と報じられている
リモコンを握る手が止まる
消す
黒い画面
けれど
消えない
制度が動き始めた
会社に残れば
必ず聞かれる
なぜ現場監督が最深層踏破者なのか
崩落事故の現場にいた人間が
なぜ地下100階へ到達できたのか
偶然では済まない
説明不能
詮索
疑念
静かに消える必要がある
⸻
昼
現場事務所
崩落事故の検証会議
空気が重い
地盤調査の再確認
施工履歴の洗い出し
「想定外の地下空洞」
誰かが言う
真田は黙っている
空洞の正体を知っている
第一迷宮
だが言えば
説明ができない
責任は拡散し
混乱は増幅し
自分が中心に立たされる
「真田 お前は現場にいたな」
「はい」
それ以上は言わない
ここに居続けるほど
危険が増す
⸻
夕方
上司に呼ばれる
「お前は残れ」
「事故の件は会社が持つ」
慰留
だが
その裏に
詮索の匂い
「ニュース見たか」
軽い口調
「国内最初の登録者らしいぞ」
IDだけだがな
上司は笑う
冗談半分
本気半分
現場にいた人間は限られる
心臓が一拍強く打つ
「同姓同名でしょう」
苦しい言い訳
上司の目は笑っていない
時間の問題
⸻
帰り道
スマホを取り出す
検索履歴
退職代行 もうイヤ
直接言えば止められる
詮索される
説明を求められる
目立たない
それが最善
申し込み
送信
受付完了
会社からの着信
出ない
十年が
数クリックで終わる
軽い
軽すぎる
だが
これは逃げではない
切り替え
⸻
夜
実家
母が薬を並べている
白い錠剤
小さなカプセル
一粒
机に残る
真田は腕の中のマロンをそっと下ろす
クリーム色の体
丸い背中
短い尻尾
母が顔を上げる
「犬?」
「保護した」
母はゆっくり立ち上がる
マロンは尻尾を小さく振る
棚の上
小さな写真立て
楽しそうに笑う
クリーム色のフレンチブルドック
最後まで尻尾を振っていた
母は写真を一瞬見る
それから
目の前のマロンを見る
「……同じ名前にしたの?」
「うん」
母はしゃがむ
手を差し出す
マロンが鼻を寄せる
母の指先を舐める
母の喉が小さく鳴る
「マ……」
呼びかけかけて
止まる
ほんのわずか
前の名前を呼びそうになる
息を整え
撫でる
「ほんと 似てるわね」
少し笑う
そして
「……でも」
撫でながら
「目が 少しだけ違う?」
真田の指が止まる
母はもう一度覗き込む
「気のせいかしら」
優しく笑う
「この子も マロンね」
何度も撫でる
「辞める」
真田が言う
母は目を細める
「ダンジョンでしょ」
「うん」
「危ないよ」
「うん」
沈黙
時計の音
「戻ってくる」
「え」
「二階 空いてる」
胸の奥が少しだけ緩む
「家賃 いらないでしょ」
「助かる」
母は視線を逸らさない
「死ぬのだけはダメ」
重い
⸻
数日後
荷造り
鍵を置く
振り返る
ここで
影に入った
ここで
世界が変わった
ドアを閉める
⸻
実家 二階
探索者便利ツールが光る
【探索者登録制度 来週正式施行】
【ランキング表示 IDのみ】
影が揺れる
少女が現れる
「詮索 嫌だったんだ」
「面倒だ」
少女は静かに微笑む
「でも 管理者は隠れても光る」
真田は六階の項目を見る
未踏破
触れない
変えたいなら
降りるしかない
階下から母の咳が聞こえる
守るものがある
真田は低く言う
「六階だ」
少女が小さく笑う
遠い火星
氷が
わずかに軋む
迷宮は
待っている




