3話 愛犬
3話 愛犬
湾岸を離れると
世界は少しだけ静かになった
サイレンは遠ざかり
ヘリの音も薄れる
だが電車の車内は異様だった
誰もがスマホを見ている
黒い正方形の建造物
ランキング
地下100階層相当
断片的な言葉が飛び交う
「1位やばくね?」
「IDって何だよ」
「海外も速報出してる」
真田は視線を落とす
視界の端に浮かぶ
【1位 ID JPSH0001】
消えない
少女が小さく笑う
「有名人」
「やめろ」
短く返す
頭の中だけの会話
⸻
社宅は都内の築浅マンション
会社が用意した部屋
白い壁
整った床
余計な物は少ない
きれいに保たれた空間
玄関のドアを閉めると
外の騒音が遮断される
静寂
真田はゆっくり靴を脱ぐ
今日一日で
ビルが落ち
竜を圧殺し
管理核を取り込み
世界1位になった
現実感がない
だが胸の奥に
確かな鼓動がある
黒龍の魔石を取り出す
黒く
重く
わずかに脈打つ石
最深層の存在
少女が囁く
「それ、どうする?」
真田は視線を横へ向ける
部屋の一角
小さな仏壇
線香立て
小さな花瓶
その隣に写真立て
クリーム色のフレンチブルドッグ
嬉しそうに笑っている
短い尻尾がぶれている
マロン
病気だった
呼吸が苦しくても
最後まで
あの短い尻尾だけは
振り続けていた
真田は写真を手に取る
喉が少しだけ締まる
少女の声が落ち着く
「闇の眷属創造」
「対価が必要」
「魂は戻らない」
「でも、縁は残ってる」
真田は魔石を見る
世界最初の最深層ドロップ
この力を使えば
自分はどれほど強くなれるか
だが
今欲しいのは
力ではない
真田は骨壷を下ろす
蓋を開ける
白い骨
軽い
両手で包む
迷わない
黒龍の魔石を
砕かない
削らない
丸ごと
骨壷の中へ落とす
鈍い音
少女が息を呑む
「……全部?」
真田は答えない
影を広げる
床に黒が滲む
骨壷ごと闇へ沈める
部屋の空気が震える
温度が下がる
魔石の鼓動が早くなる
黒が渦を巻く
骨が光る
闇が形を作る
圧がある
社宅の壁が微かに軋む
少女が戸惑う
「出力高いって」
だが止めない
黒が収束する
小さな影が立つ
丸い耳
短い鼻
クリーム色の毛並み
そして
ぴくり
短い尻尾が動く
真田の呼吸が止まる
ゆっくりと
犬が目を開ける
黒い瞳
一瞬こちらを見る
次の瞬間
勢いよく飛びつく
胸に重み
温かい
確かな命
「……マロン」
声が震える
マロンは鼻を鳴らし
短い尻尾を全力で振る
止まらない
真田は強く抱きしめる
腕の中の温もり
失ったはずの時間が
戻る
「次は……」
喉が詰まる
「次は俺より長生きしてくれ」
静かな願い
祈り
マロンは意味もわからず
顔を舐める
少女があっさりと言う
「闇の眷属はね」
少しだけ間
「主人が生きてる限り、死なないよー」
軽い声
真田が止まる
「……は?」
「契約型」
「主従リンク」
「主人が生きてる限り、眷属は消えない」
さらっと告げる
部屋に沈黙が落ちる
真田はマロンを見下ろす
短い尻尾がまだ振られている
「じゃあ俺が死んだら」
少女が少しだけ静かになる
「そのときは、消える」
真田は息を吐く
もう一度
強く抱きしめる
「じゃあ俺は」
小さく笑う
「死ねないな」
少女がくすっと笑う
「推しは長生きしてほしい」
テレビをつける
速報が流れている
【ランキング1位 ID JPSH0001】
【地下100階層 相当判定】
【身元不明】
世界は騒いでいる
だが
この部屋では
短い尻尾が振られているだけ
最深層の魔石を丸ごと取り込んだ眷属
世界の中心に立たされた男
社宅の静かな一室で
新しい契約が結ばれた
はじめてのだんじょんは稼働し続ける
だが今は
ただ
温もりがある




