第7話 うごめく者たち1
ジンがエルキスと新たなパーティーを結成している頃、彼らのあずかり知らぬところで事態は動き出していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ジンたちが宿をとっている宿場町よりもさらに南へと進んだ街道。暗闇の中で微かに揺れるランタンの灯火が朧気に道を照らしていた。
その人魂にも似た灯りは、蹄が地面を踏みしめる音と、ゴトゴトと車輪が転がる音を伴いながら、ゆっくりと進んでいる。
木々の隙間から降り注ぐ月光に浮かび上がるその影は、1台の客車を引く幌馬車だった。
御者を務めている者は手綱を握りつつ紫煙を燻らせると、緩慢な所作で懐から取り出した鈍色の懐中時計を開く。
穏やかな月明かりが、懐中時計のガラス越しに御者の表情を暗闇の中に浮かび上がらせる。眉根を寄せながら文字盤を見つめていたのは、昼間にジンをあしらったあの御者だった。
「……ここまでお膳立てしているのだから、顔を見せてもいい頃合いだと思うのだがな。それとも、あからさますぎて警戒されているか?」
懐中時計を懐にしまい、虚空に向かって独り言のように問う。すると、背後の幌馬車から徐ろに顔を出した男が、ため息交じりに独り言へ答える。
「ボヤくのが早いですよ、まだ初日でしょう? それに【ミナルディ】までの道程を考えれば、こんな王国寄りで現れるとも思えません」
「それはどうだろうか? 相手はこれまで全く正体を悟らせない手練だ。意表を突くことも十分考えられる」
男からの言葉に対し、御者の男は周囲に視線を巡らせながら返す。顔を覗かせていた男は、額に掛かった前髪をかき上げながらため息を重ねた。
「まあ、警戒するに越したことはありませんね。相手はこの王国領土内で幾度となく誘拐事件を起こしておきながら、尻尾すら見せていませんからね。『忽然と人が居なくなった』という事実だけが残るばかりです」
諦観を滲ませる男に、御者はパイプに新たな火種を灯し、紫煙を燻らせる。
「それだけではない。問題は誘拐されているのが『ギルド所属の冒険者たち』ということだ。このことに気付くのが遅れたせいで、完全に後手に回っている」
「それは……致し方ないでしょう。冒険者たちがダンジョンで消息を絶つことは珍しくありません。この間だも、新ダンジョンの攻略でいくつかのパーティーが全滅したという話です。彼らの失踪を誘拐事件とすぐに結びつけるのは、難しい話でしょう」
厳しい表情で煙を睨めつける御者に対して、幌馬車の男は反論するが、その声色はどこかバツが悪そうだ。
その理由を理解しているからか、御者の男はため息交じりに紫煙を吐き出すと、木々の隙間から零れる月明かりに目を細める。
「とは言え、これは先日の事件で我々が失った信用を取り戻す機会でもある。なんとしてでも、この任務は成功させなければならない」
その瞳に浮かぶ色は、どこか焦燥を滲ませていた。そんな御者に、幌馬車の男はどこか不安気な声を漏らす。
「しかしですね、本当にこの作戦でうまく相手を誘き出せるのでしょうか?」
「なにか作戦に気掛かりなことでもあるか?」
御者が訝しむように視線を向けると、幌馬車の男は小さく首肯を返す。
「……出発前に『護衛として雇ってほしい』と申し出てきた子供がいでしょう? あの子には我々が『冒険者ではない』と思われていました。誘拐事件の犯人が冒険者のみを狙っているのであれば、我々を襲わないのでは?」
その懸念に対し、御者は思案するように顎を撫でると、パイプを咥え、紫煙を吐き出しながら答える。
「確かに、そのことに関しては一抹の不安は拭えない。賊に襲われやすい外見を参考にしたから、冒険者には見え辛い可能性は否定できない。だが、同時に我々の正体を見破られたわけでもない。【擬態】は上手くいっている」
御者は含みを持たせつつ続ける。
「それにだ、あの子供も冒険者には見えなかったが、本物の冒険者証を持っていた。冒険者は必ずしも冒険者らしい装備を纏っているわけではない。相手が冒険者のみを狙っているとしても、この姿で問題はないはずだ」
「そう、ですか……」
狼ローブを纏ったジンを例に挙げつつ杞憂だと諭す御者に、幌馬車の男が小さく頷いて視線を外した────その時だった。
「……総員、静粛に。……なるほど。噂通り只者ではないようだな」
御者の男が馬車を停めると、声を潜めて幌馬車の者たちへ指示を出す。鋭い眼差しで周囲に視線を走らせながら、虫の音色と葉擦れの囁きが満ちる中、確かに存在する息を潜める者たちの気配に神経を尖らせる。
「いつの間に囲まれたのでしょうか? 全く気配を感じませんでしたよ?」
幌馬車で男が動揺を隠せずに小声を漏らしていると、行く手を阻むように街道へと三人の人影が姿を見せる。
三人は一様に闇に溶けるような漆黒の襤褸を纏い、いかにも賊といった装いではある。
だが、その足並みは整然としており、まるで訓練を重ねた騎士の動きを彷彿とさせた。
そんな不気味な存在に対して警戒心を強めながらも、御者は御者らしく問いかける。
「な、なんだお前たちはっ!? まさか山賊か!? この馬車はただの駅馬車だ、金目の物が欲しければ他を当たってくれ!」
先程までとは打って変わって狼狽ぶりを顕にする御者に対して、三人の中で一番背の高い者が押し殺した笑い声を漏らした。
「ククッ……下手な演技だな。こういう時、御者の選択は有無を言わさず強行突破一択だろうに」
張り上げているわけでもないのに、よく通る、思わず聞き惚れてしまうような男の声だった。その男はリーダー格らしく、彼が一歩踏み出せばその後ろを残りの二人が続く。
「下手な芝居に付き合ってやる義理はない。貴様らの仮面を剥がさせてもらうぞ────コディっ!!」
「はっ、はいっ!!」
リーダー格の男が名を呼ぶと、彼の脇から子供のように背の低い者が躍り出る。コディと呼ばれた者は襤褸のフードの隙間から鳶色の瞳を覗かせると、駅馬車の一行を射抜くように凝視した。
「ぶ、不躾ですが、皆さんの正体を覗かせていただきますっ! ────【解析】!!」
声変わりすらしていない声が辺りに響き渡ると同時に、駅馬車の一行を得も知れない違和感が襲った。
「な、なんだ?」
「肌が引っ張られる? いや、全身が水膨れみたいに腫れ上がるような?」
馬車の一行が口々に違和感を訴えるが、スキルを使ったコディ自身も違和感を覚えたのか、丸っこい鳶色の瞳が揺れる。
「あれ? おかしいな? 覗けない……というより、スキルで阻害された……? いや、これは……おそらく【遺物】による擬態ですね。それならボクのスキルで対応できます────【正常化】!!」
違和感の正体を察したコディが再び駅馬車一行を凝視し、新たなスキルを行使した瞬間だった。
場の張り詰めた空気が弾けると同時に、駅馬車の一行が本来の姿を顕す。
「なんだとっ!? そんなバカなっ!!」
御者の男────だった者が驚愕の声を上げる。
駅馬車に乗っていたのは【ミナルディ】を目指す旅人などではなく、全身を鈍色のプレートメイルで武装した、王国騎士団の騎士たちだった。




