第6話 冒険者の目指す場所2
エルキスのどこか凄味を帯びた言葉を、ジンは息を呑んで聞き入る。
冒険者になる理由は様々だ。
スキルを活かした仕事と割り切る者。富や名声を求める者。己の限界を試す者。
そして、誰も到達したことのない、未知の場所を目指す者。
ジンの眼の前に居る冒険者は、未知の場所を目指す者だった。
「お前も冒険者なら一度は聞いたことがあるだろ? 冒険者ギルドが設立される前から存在し、未だかつて誰も攻略したことのないダンジョンのことを」
エルキスの問いかけに、ジンは首肯で応える。
冒険者として生活をしていれば、必ずと言っていいほど耳にする存在だ。
それどころか、冒険者パーティー【レックレス】に所属していた時に、リーダーであるブラカスが目標として掲げており、パーティーとして目指していた場所でもあった。
────伝説のダンジョン【イグノーツ】。
冒険者ギルドが設立されて約1000年が経つと言われているが、それは同時に伝説のダンジョンの存在が語り継がれてきた年月でもある。
そして冒険者ギルドは【イグノーツ】を攻略するために設立された……という胡乱な噂もあるほどだ。伝説のダンジョンの攻略は、冒険者ギルドの存在意義であると同時に悲願でもあるのだ、と。
そんな風に、富と名声を得たい冒険者たちが我先にと目指す場所であると同時に、ジンのように未知の場所を求める者冒険者が憧景を抱く場所なのだ。
エルキスは、その伝説へと挑む為に王都を離れると言う。
そんな彼に対して、ジンは懐疑的な色が滲む眼差しを向ける。
「確かに知っているし、いつか挑みたいダンジョンだとは思っていたよ。でも同時に、本当に実在するダンジョンなのか疑ってもいるよ」
「ほう? ジンは【イグノーツ】が伝説は伝説でも『都市伝説』の類と思っているクチか?」
エルキスが金色の視線を真っ直ぐに受け止めつつ問い返すと、ジンも黒い瞳を見つめ返して頷いた。
「うん。少なくとも今は。だって【イグノーツ】に挑んだっていう話を一度も聞いたことないし、攻略に成功した話や失敗したっていう話も聞いたことがないからね」
ジンの答えに対して、エルキスは口を閉ざして顎髭を撫でる。
冒険者たちの間で憧憬とともに語られるそのダンジョンは、壮大な背景を持つにも関わらず実態は一切が不明だった。
どこにあるのかもわからなければ、どんな構造しているのかも不明であり、脅威となる魔物の情報もなく、なにが得られるのかも語る者はいない。
ただただ数多のダンジョンの頂点に君臨し、冒険者たちの攻略目標として燦然と輝く存在。
────曰く、挑めるのはSランク以上の冒険者だけ。
────曰く、挑めるのはギルドマスターの試練に合格した者だけ。
────曰く、挑めるのは東西南北の最上級ダンジョンの秘宝を集め封印を解いた者だけ。
冒険者たちの間でまことしやかに囁かれる眉唾な情報はあれど、冒険者ギルドが公式の情報として扱うものは一つもない。
ジン自身は冒険者たちを取り巻く噂の渦中に身を置きながらも、実態の見えないダンジョンの存在に対しては一歩引いた立ち位置で構えていた。
しかし、それでもなお【イグノーツ】は数多の冒険者たちの憧れのダンジョンであり、そこを目指す者たちはSランク冒険者となるために難度の高いダンジョンに挑み、倦むことなく研鑽を重ねているのが実態だった。
それはなぜか?
「……だが、伝説に挑む事が出来るのは、伝説を信じて前へと進んだ奴だけだ。【イグノーツ】を目指す俺のことを、愚かな冒険者だと思うか?」
伝説に対して懐疑的なジンに、エルキスはそう問いかける。
そんな彼の言葉に、ジンは金色の目を大きく見開いて首を振った。心外だとでもいうように。
「まさか。そんなことを思うほうが愚かしいよ」
実在するかどうかもわからない【イグノーツ】を冒険者たちが目指すのは、誰もがその伝説に焦がれ、挑みたいからに他ならない。
ならば伝説を信じて前に進むしかない。だからこそ【イグノーツ】に魅入られた者たちは、いつか巡り合う日を夢見てダンジョンへと挑み続ける。
そして目の前のエルキスという冒険者は、伝説を信じて伝説へと至るために愚直に前進をしているのだ。
ジンは笑みを浮かべて続ける。
「エルキスの冒険はエルキスの物なんだから。エルキスの冒険を否定する権利はオレにないし、ましてや神にすらないんだ」
たとえ【イグノーツ】が伝説でしかなく実在しないダンジョンだったとしても、ジンはそれを追い求めることを、ロマンを否定しない。出来るわけがない。
エルキスは冒険者の情報が集まる王都を離れてまで目指すというのだから、むしろ他者とは違うアプローチを試みる姿勢には尊敬の念すら覚えていた。
「だからさ、エルキスが【イグノーツ】を目指すのは心から応援するし、もし挑むことが出来たのなら冒険の成功を祈るよ」
ジンの惜しみない言葉を静かに聞いていたエルキスは言葉を詰まらせると、両目を掌で覆う。まるでジンの視線を遮るように。
「どうしたの?」
「いや、その、なんだ。そのキラキラした目で真っ直ぐに言われるとな……これが若さってヤツか?」
小声で応じるエルキスに、ジンは言葉の意味を図りかねたのか首を傾げる。
────ちょっと揺さぶるつもりが、こんな不意打ちを喰らうとはな。
エルキスはそう心の中で悪態をつきながらも、口元は無意識に笑みを作った。
冒険者に対する憧れの大きなジンの言葉は幼さゆえの純粋さがあり、熟練の冒険者にとっては時に猛毒のように振る舞う。
そしてエルキスという冒険者にとって目の前の年端もいかない少年の無垢な冒険心は、もう直視できない眩しさを放っていた。
────だが、だからこそ期待できる。
エルキスは深いため息を吐きながら心を落ち着かせると、両目を覆っていた手で顎髭を撫でる。
「しかし……なるほどな。俺の冒険は俺だけの物、神すら否定する権利はない────か。……良い言葉だな。心に刻んでおくよ」
そして感慨深そうに呟くと瞼を開き、その黒い瞳で改めてジンを見つめると、なにか面白い悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべた。
ジンはその表情に嫌な予感でもよぎったのか、頬を僅かに引き攣らせてビクリと肩を強張らせた。
「よし、それならジンに提案だ。お前さえ良ければ【ミナルディ】に着いたら俺とパーティーを組まないか? お互い冒険者を続けるにしたって、ソロでは何かと不便だしな」
「……え?」
そして突然の誘いを受けたジンは驚きつつも、脳裏に戦友との出会いを思い浮かべていた。
あの時も、今回も、冒険というのは突然始まるのだな、と。
しかし、決して悪い誘いでは無いのも事実だった。
彼の言う通り冒険者として活動する為にはパーティーを組む必要があり、ジンの旅の理由を知った上で勧誘してくれているのだから渡りに船でもある。
「それに、応援……してくれるんだろ?」
ジンが逡巡していると、エルキスは言葉尻をとらえて揚げ足を取ってくる。声色からして悪意がないのは明らかだが、悪戯心は丸見えだ。
────大人っていうのは、どうしてこう揶揄いたがるのかな。
心の中で呆れながらジンは小さく嘆息すると、ほんのりやさぐれた表情で小さく頷く。
「うん、そうだね。お互いの冒険のために、パーティーを組もうか」
その返事に、エルキスは満足そうに笑った。




