第4話 出立と風の噂
「……ほう。なるほどな。お二人さんは冒険者と送迎屋の関係だったのか。てっきり旅行しようとしている姉弟が困っているのかと思っていたんだがな」
王都から南へと伸びる街道をゆく荷馬車に揺られながら、荷台のアオリに肘をかけて座る青年はバツが悪そうに無精髭の生えた顎を撫でる。
そんな青年の隣に並んで座るジンは苦笑いを浮かべ、その隣で旅行バッグをクッション代わりにして座るシュリは愉快そうにカラカラと笑った。
「あははっ、アタシたち姉弟に見えたんですね。まあジンちゃんは可愛いから仕方ないよね」
三人は簡単な自己紹介を交えつつ旅を始めていたのだが、まだどうにも空気がぎこちない様子だ。
「……まあ、オレのことは脇に置いといて、今回はエルキスさんが同行してくれて助かりました」
ジンはそう言って青年へと小さく頭を下げる。
勘違いとはいえ、このエルキスと名乗った青年が助け舟を出してくれたおかげで、ジンたちはどうにか【ミナルディ】へと向かう行商人の馬車に乗ることが出来ていた。
行商人も始めは困惑していたものの、背に腹は代えられなかったのだろう。空の荷台と懐中時計を見て逡巡した後、エルキスの提案を渋々承諾して相乗りをさせてくれたのだ。
「こちらとしても荷台が空いた状態で王都を出るよりはマシだからね。まぁ、これも何かの縁だと思って、旅の間はよろしく頼むよ」
会話が聞こえていたのか、御者をしている行商人の男もジンの言葉に同意する。
「ま、無理を言って乗せてもらったんだ。縁起でもないことを言うつもりはないが、いざという時に仕事はさせてもらうさ」
行商人に頼もしい返事をするエルキスを、ジンはしげしげと眺める。
癖っ毛の茶髪や薄い髭を蓄えた風貌は粗野な印象を与えるが、乱暴者というよりは頼りがいのある兄貴分といった感じだ。
アフィンと同じくらいの年齢に見えるが、外見年齢以上の貫禄があり、かなりの手練だと思わせる雰囲気を漂わせている。
正直、ジンは声をかけられた時は怪しく思い断るつもりだったのだが、シュリに『いざとなれば王都に飛ぶから』と押し切られた形だ。
旅費を浮かせられることもあり、こうして一緒に行動をすることになったのだが、一抹の不安は拭えない。
表面上は悪意を持った者ではなさそうだが、人を簡単に信用してはいけないと『戦友』から叩き込まれたばかりのジンとしては、どうしても警戒心を抱いてしまう。
────とはいえ、せっかくの旅なのに、猜疑心を抱いたまま過ごすというのも楽しくない。
ジンは小さくかぶりを振って思考を切り替えると、心の隅に警戒心を留めつつ、雑談に興じることにした。
「ところでエルキスさんって冒険者ですか? 騎士って感じでもないし、旅人っていうよりは歴戦の猛者って感じなので」
ジンがそう尋ねると、エルキスは懐から橙色のカード────Bランク冒険者であることを示す冒険者証を見せる。
「ご明察。この通りしがない冒険者をやっている。と言っても、ご覧のように訳あって今は根無し草だけどな」
そう言って肩を竦めるエルキスは、今はどこのパーティーにも属していないようだった。
「へぇ、なんか意外ですね。アタシの読みだとエルキスさんってAランク冒険者……その中でも、限りなくSランクに近い雰囲気を感じていたんですけどね」
「残念ながらAどころかBランク止まりさ。まあ、Aランクの冒険者っていうのは実力だけじゃなく、パーティーにも恵まれないとなれないからな」
好奇心に彩られたシュリの眼差しから逃れるように、エルキスは渇いた笑いを返しながら青い空を見上げる。遠くを眺める瞳はどこかなげやりだ。
しかし、ジンもシュリと似たようなイメージを抱いていたので、エルキスに少しだけ親近感を覚える。
今パーティー所属していないのも、彼が醸し出している『頼りになりそう』というイメージが関係しているのかもしれないからだ。
それに、Bランク冒険者ではDランク冒険者であるジンと同じで『単独での依頼』を請けることは出来ない。
なのに王都を離れるということは、ジンのように王都ではパーティーを組むことが困難な事情があるのかもしれない。
「ところでエルキスさんはどうして【ミナルディ】へ? 今パーティーに未所属ってことはダンジョン目当てではないんですよね? 観光ですか?」
エルキスという男に少し興味を抱いたジンは、ソロになった理由は問わないようにしつつ旅の目的を問う。
そんなジンに対してエルキスは困り顔で後ろ頭をガシガシと掻くと、ぎこちなく笑った。
「あー、なんだ。俺のことは呼び捨てでエルキスで良いし、畏まった言葉使いもいらない。実はさっきからどうにもむず痒くてな。年齢とかに拘らないで良いから、もっと気軽に接してくれ」
どうやら年下からのへりくだった態度に慣れない様子だった。
粗野な印象とは裏腹に、フラットに接することを求めるエルキスという男が面白かったのだろう。ジンとシュリは顔を見合わせて笑みを浮かべる。
「それじゃあ遠慮なく。でさ、ジンちゃんが言ってたようにエルキスは観光なの? 風の噂じゃ今【ミナルディ】には帝国の貿易船団が停泊してるって話だしね」
ジンに重ねて問うシュリの言葉に、エルキスは唇の端を釣り上げて笑みを浮かべた。
「ほう、シュリは耳ざといな。さすが送迎屋をやっているだけのことはある。それじゃあなんだ、シュリは冒険者や商人の需要拡大を見込んで【ミナルディ】へ向かっているのか」
「あはは、そんな大層な目的じゃないよ。王都での仕事が減ったから、転移先の開拓ついでに旅行でもしようかなってだけだよ」
感心するように返すエルキスにシュリは苦笑いを返す。とはいえ【ミナルディ】に帝国の貿易船団が居るとなれば一時的な特需もある。エルキスの言うことは当たらずとも遠からずなのだろう。
舶来品は珍しいので当然商人は活発になるし、帝国にとっても王国の特産……特にダンジョンの素材や遺物は貴重なので、それを採取してくる冒険者たちも稼ぎ時なので活気付く。
今乗っているこの荷馬車もそうだ。今は荷が少なくとも【ミナルディ】から【ナイヴェル】へと戻る時は多くの舶来品を満載しているに違いない。
そしてジンの知るシュリと言う少女は、この商機をみすみすと逃すような性格ではない。
きっと【ミナルディ】で活動できるようになれば、ここぞとばかりに運賃を吊り上げて冒険者や商人から金を巻き上げて荒稼ぎするのだろう。
「ジ〜ン〜ちゃ〜〜ん? なにか、と〜っても失礼なことを、考えていない?」
「気のせいだよ。気のせいだから、頬を突くのをやめてよ。地味に痛いから」
考えが透けて見えたのか、ジンの柔らかい頬を人差し指で連打するシュリの目は笑っていない。
微笑を浮かべているエルキスは見守るだけで止める気はないようだった。




