第2話 旅は道連れ
シュリ=アミークスは、ジンが冒険者パーティー【レックレス】に所属していた時、専属の『送迎屋』として活躍してくれていた【ファストトラベル】使いだった。
ジンが【レックレス】の一員となって1年が経った頃、新気鋭のパーティーとして徐々に名を上げていたところへ彼女が声をかけてきたのが手を組む切っ掛けだった。
その頃はシュリ自身も『送迎屋』を始めたばかりであり、客を確保するために『料金はダンジョンで成果を上げた場合のみ請求』という破格の条件を提示し、パーティーのリーダーであるブラカスがそれに応じたのだ。
もっともそれは初めの方のサービスであり、稼ぎが安定するとしっかりと通常料金へと戻ったのだが、もうその頃には【ファストトラベル】はシュリにお願いするのが当たり前となっていた。
そして【レックレス】をクビになるまで冒険を共にする仲となっていたのだが、こうしてシュリと再会したことにジンはどこか懐かしさを覚えていた。
「それで、今日はどうしたの? いつもよりもお洒落な格好だけど、露店で買い物でもしてたの?」
ジンの言うように、今日のシュリは白いワンピースにクリーム色のパンプス、そしてミントグリーンの小さなポーチといった軽やかな装いであり、明らかに『送迎屋』としての出で立ちではない。
旧友と再会したかのような心境で問うジンに対して、頭半分ほど背の高いシュリは彼を頭の先から爪先まで眺めてから口の端を上げる。
「それはアタシのセリフ。ジンちゃんこそどうしたのよ。お高いオオカミローブで可愛さに磨きかけちゃってさ。しかも【ミナルディ】行きの駅馬車乗り場なんかに居るなんて、まるで旅に出ようとしてるみたいじゃない」
シュリにそう言われて、ジンは何かを思い出したようにハッとする。
思い返せば【レックレス】をクビになってからはシュリには会っていなかった。彼女からすれば、ジンはパーティーと別行動を取り王都を離れようとしているのだ。疑問を抱くのも不思議ではない。
「実はオレ、ちょっと前にパーティーをクビになっちゃってさ。オレとパーティーを組むような冒険者はもう王都にはいないし、良い機会だから行ったことのない場所に行こうと思ってたんだ」
気まずそうに経緯を掻い摘んで説明するジンに、シュリは孔雀石の瞳を大きく見開いて仰け反った。
「えぇ〜~っ!? あの脳筋ブラカスのヤツったら、ジンちゃんをクビにしちゃってたのっ!? あったま悪ぅ〜っ!! あっ、だからこの前アイツらを送迎した時にジンちゃん居なかったんだ〜」
大袈裟なリアクションで驚いたかと思えば、今度は一人で納得してウンウンと頷いている。コロコロと表情を変える様は変わりないようで安心感さえある。
ジンがそんなことを思っていると、なぜかシュリは真剣な眼差してジンの顔を凝視していたが、次の瞬間にはニコッと笑って胸の前で手を叩いた。
「ん────うんっ! 決めたっ! そういうことなら、アタシもジンちゃんと一緒に行く! どうせ【レックレス】の連中が大怪我して仕事減ってたし、新規転送先の開拓ついでに【ミナルディ】へ旅行するのも悪くないわ!」
「ちょっと待って、いきなりそんなことを言われても……っていうか【レックレス】の皆が大怪我したってどういうことっ!?」
怒涛の勢いでまくし立てられてジンは混乱したように目を回すが、そんな彼にシュリは自制心という名の急ブレーキが働いたのか、一転して申し訳なさそうに苦笑い浮かべる。
「あ、なんか一人で盛り上がっちゃってゴメン。もしかして都合悪かった?」
「いや、そんなことはないんだけど、王都を離れることになるし、旅程もそれなりに長いから、今すぐに決めるようなことじゃないと思うよ?」
この勢いこそが彼女らしいといえばそれまでだが、簡単に決めてしまって良いものなのかと、ジンは心配になる。
王都を拠点として活動していたのだから、シュリにはここでの生活基盤というものもあるはずだ。
「ほら、シュリは【レックレス】専属の『送迎屋』でしょ? しばらくしたら皆も復帰すると思うし、その時にシュリが居なかったら困るんじゃないかな?」
そして【レックレス】というパーティーは猪突猛進だが実力が無いわけではない。シュリが不在となれば別の『送迎屋』を確保するだろうし、そうなると旅から戻ったシュリの収入が減ることにもなる。
しかし、そんなジンの心配とは裏腹に、シュリは小さく肩をすくめてみせた。
「でも復帰っていつになるか分からないでしょ? アタシも商売だから、待ってるだけじゃ干上がっちゃうもん」
いつになるか分からないほどの大怪我だったのかと、ジンは決別したとはいえ2年間一緒に冒険をした者たちの安否が少し気になったが、快復の時期が分からないのであればシュリの言い分も理解できる。
そんな風に考えていたジンに、シュリは少し含みを持たせた笑みを浮かべると、彼の目を真っ直ぐに見た。
「それにね、アタシは【レックレス】っていうよりは【ジン=アロイ】っていう一人の冒険者に将来性を感じて手を組んでたからね。そのジンちゃんがクビになったのなら、もうあの人たちと組むのに拘る理由も無いからねー」
「……え? そう、なの?」
予想外の言葉にジンは思わず口を噤む。どういうわけか、目の前の少女は新気鋭の【レックレス】ではなく、ジン個人を評価していたと言うのだから。
いつもパーティーで役立たずの扱いを受け、周囲の冒険者にもそのイメージが染み付いていたのに、彼女は何を以ってして自身を評価していたのだろうか、と。
狐につままれるような思いを抱いているジンだったが、シュリは笑みを絶やさずに続ける。
「そう言うわけだから、とりあえず【ミナルディ】までは一緒に行こうよ。あ、もちろんジンちゃんが【ミナルディ】を拠点に冒険をするのなら、アタシもダンジョンの転送先を増やしたいから協力させてね?」
「それはまあ、とても助かるけどもさ……」
「じゃあ、決まりだねっ!」
イマイチ状況に追いついていないジンだったが、押しの強いシュリの仕草にふと後輩冒険者の影が重なった。
このまま流されると色々と面倒事に巻き込まれそうな気配がする────と、ジンは形容しがたい不安に駆られる。
とはいえ、旅路の仲間が増えること自体に対して反対をする気はなかった。もとより当てのない旅路であり、行先を【ミナルディ】に決めたのも『海を見てみたい』という単純な冒険心からだ。
しかし、根無草の自身とは違い、王都に生活基盤のある彼女は【レックレス】の面々や他の客に対して挨拶はしておいた方が良いだろう。そうなると、出立を少し遅らせる必要があるかもしれない。
ジンはそんな風にシュリの同行についてつらつらと考えていたが、当の本人は既に踵を返していた。
「それじゃあ、アタシちょっと旅行支度してくるねっ! すぐに戻ってくるから、そこで待っててねっ!!」
「あっ、ちょっと────ああ、行ってしまった……」
そしてジンが呼び止める間もなく、シュリは背中まで伸びた髪を機嫌良くなびかせながら、荷物を取りに駆けて行くのだった。




