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第29話 Aランク冒険者、クラッド=ティヴァー2



 ────そして現在。


 ジンは突如現れた存在に唖然とした様子で立ち尽くす。


 一方で、アフィンの方は身構えつつも、クナイが敵の手に囚われているからか、表情に焦燥感を滲ませていた。


「貴様ら、代償は高くつくぜ?」


 ハルロゥの雇ったAランク冒険者であるクラッドはジンたちを猛禽のような瞳で睥睨する。


 制限時間を過ぎていたにしても、ここはダンジョンの最深部だ。いくらなんでも到達が早すぎる。しかもあのクナイを事も無げに制圧しているなんて。


 冒険者としてそれだけのレベルの違いがあるのだという事実を突きつけられ、ジンは蛇に睨まれたカエルのように指一本動かせなくなっていた。


 クラッドはクナイの襟首を掴んで持ち上げるが、彼女は意識を失っているようで乱暴に扱われても身動ぎ一つしなかった。


 そんな無抵抗な少女を一瞥すると、金色の歯を見せて嗤う。


「まずはコイツからだ。不意打ちを仕掛けてくるような姑息なザコだが、すぐに殺しちまっちゃぁ芸がねぇ」


 そして背中に携えていた両手剣を軽々と抜くと、クナイの首筋に沿えた。


 言動と矛盾している行為にジンは思わず悲鳴を上げそうになるが、クラッドの視線はジンの側にいるアフィンの方へと向けられていた。


「……オイ金髪ぅ。妙ぉな動きしてみろ、次は首を飛ばすぜ?」

「…………」


 どうやらアフィンが何か行動に移ろうとし、それを警戒したクラッドが警告をしたようだった。


 ジンは勇気を振り絞って、一瞬だけ視線をクラッドから外してアフィンを盗み見る。


 すると、アフィンは人差し指を口に添えていたところだった。そして囁く。


「────【密やかに】」


 その声は決してクラッドには届かない。しかし、アフィンの意図はジンにしっかりと届いた。


 ジンは極限状態で思考が真っ白になりそうだったが、ギリギリのところで踏みとどまると、なるべく唇を動かさないことを意識しつつアフィンへと話しかける。


『アフィン、まずいよ! このままじゃ、クナイが殺されちゃうよ!』

『ああ、マジで殺される5秒前って感じだね。でも、あいつがタイマンで敵わなかった相手だ。卑怯で姑息な手を使ってでも不意打ちしないと、勝ち目はないね』


 先ほどクラッドがクナイを侮辱していたことを密かに怒っているのだろう。


 ただ、ジンはクラッドのセリフに別の感想を抱いてもいた。


 そもそも、なぜクナイはクラッドの存在を報告せずに、独断で戦闘行為に及んだのだろうかと。


 不意打ちをしたということは、それを行えるだけの時間的猶予があったということでもある。


 考えられるとしたら裏帳簿を探すための時間稼ぎだったのかもしれないが、それにしたってAランク冒険者を相手に無謀なことに変わりはない。


 Aランク冒険者というのは、ギルドに単独での依頼遂行を認められている存在。パーティーでダンジョン攻略に挑んでいるようなジンたちとは、根本的に格が違うのだから。


 でも、今はそんなことは関係ない。


 相手が圧倒的に格上の存在だろうと、目的のためにクナイを見捨てることができるほど、ジンはドライではなかった。


『ジン、このままじゃ僕は衝動に身を委ねてしまう。なにか、なにかいい方法はないか!?』


 よほど焦燥に駆られているのだろう。ジンと呼び捨てで呼んだことに、アフィンの余裕の無さが際立っていた。 


 だから、ジンは必死で考える。


 卑怯で姑息な不意打ちを仕掛け、クナイを救い出す方法を。


「よぉ〜しよしよしぃ。そのまま動くんじゃねぇぞぉ。そうやって手前ぇらの無力さを味わえ。そして俺様を愉しませるんだ」


 ジンたちの会話が聴こえないクラッドは彼らが素直に従ったと思ったのか、満足そうに言うと視線をクナイに向ける。


「つーわけで、まずは剥くとするかぁ。やっぱ女は痛ぶる前に、じっくりと辱めておかないとなぁ」


 まるで普段からそういうことを繰り返しているかのような軽さで、同じ人間とは思えない嗜好を口にする。


 アフィンは自重する為か、怒りに震えながら唇を噛み、口の端から鮮血を滴らせる。


 心を揺さぶる嗜虐的な言葉に反吐を催しつつも、ジンは必死に思考を巡らせる。


 ジンが知る限り、クラッドは圧倒的な剣技による武力で名を馳せている冒険者だ。スキルも【ソードスレイヤー】だと公言しており、装備が両手剣であることからしても公言どおりなのだろう。


 だがこちらのスキルは、まだ一切明かしてない状況だ。


 卑怯で、姑息な、不意打ちは、できるはずだ。


『アフィン、よく聞いて……』


 その手段をクラッドに悟られないように小声で伝えると、アフィンは僅かに視線を据わらせる。覚悟を決めるように。


 そうしてジンたちが黙って立ち尽くす中、クラッドは両手剣を側の壁に立て掛けると、卑下た笑みを浮かべながらクナイの襟元に手を伸ばす────その瞬間だった。


『────今だっ!! アフィン、走ってっ!!』

『ああっ!! ────【静粛に】!!』


 ジンの指示に、アフィンが『音』もなく駆け出す。クナイほどではないにせよ、野生の獣のように低く、疾く、疾駆してゆく。


 そして腰に携えていたナイフを抜き放ち、逆手に構える。


 たとえ視認できる範囲で存在を認知していたとしても、それが『音』もなく動き出しては反応も遅れるだろう。


 だが、それは常人での話だ。


「おもしれぇ。だが、視えてる(・・・・)ぜ!!」


 クラッドはアフィンのアクションに瞬時に反応すると、すぐさま両手剣を手に取り、軽々と振りかぶる。まるで最初から分かっていたかのように。


 しかし、クラッドの相手は一人ではない。


『────【シーリングトラップ・石柱】』


 ジンがクラッドの頭上を指差して唱えると、天井から石柱が突き出て押し潰そうと迫る。


「なにぃ!? トラップだとぉ!?」


 Aランク冒険者であっても、いや、トラップにも精通している熟練のAランク冒険者だったからこそ、突如発生したトラップに対して一瞬反応が遅れたのだろう。


 クラッドは反射的にクナイを放り出すと、ここにきて初めて両手で剣を構えた。そして、石柱目掛けて豪快に振り抜いた。


「斬ぃり裂けぇ! 【音速の刃(ソニックブレイド)】!!」


 クラッドの雄叫びと共に両手剣から光り輝く三日月状の刃が放たれると、それは石柱をいとも簡単に木っ端微塵に粉砕する。


 だが、ジンたちの狙いはクラッドを倒すことではなかった。


『クナイっ!!』


 轟音が響き渡る中、『音』もなく駆け寄っていたアフィンが瓦礫の降る中へと滑り込み、床へ放り出されていたクナイの手を掴んで手繰り寄せた。


 しかし、クラッドはそんなアフィンを鮮血のように赤い双眸で見下ろす。さらに石柱を砕いた両手剣は、すでに振り下ろされていた。


「残念だったなぁ、その動きは視えて(・・・)いたぜ!!」


 勝利を確信し、歓喜の咆哮を上げるクラッド。


 確実にアフィンを肉塊へと変える斬撃が迫るというのに、なぜかアフィンはニヤリと笑みを返してみせる。


 気ぃでも狂ったか────クラッドが刹那に訝しんだ時だった。


『────【フロアトラップ・穴ぼこ】』


 ジンが唱えると同時にクラッドの足元に魔法陣が浮かび、地面に小さな穴が空く。


「なっ!? まぁたトラップだとっ!?」


 そして、剣を振り下ろしていたクラッドはバランスを崩し、斬撃は腰砕になった。


 もちろん、そんな攻撃を喰らうほどアフィンは間抜けではない。


 紙一重のところで避けた剣が床に突き刺さる。それを尻目に素早く身を起こすと、追撃が来る前にクナイを抱えて飛び退き、ジンの側まで駆け戻った。


『さすがジン先輩! ジン先輩ならうまくやってくれると信じていたよ! クナイもどうにか息はしているみたいだし、先輩には感謝してもしきれないよ!』


 アフィンは心の底から喜びを表すように笑顔を浮かべると、ジンに惜しみない称賛を送る。


 しかし、ジンはアフィンと視線を合わせることもなく、暗い表情のまま前方を見据えていた。


『ごめん、アフィン。オレもクナイが無事で嬉しいんだけど、今はまだ喜びを分かち合う時間じゃないみたい』


 視線の先では、金ピカに輝く歯を剥き出しにして嗤うクラッドの姿があった。


 獲物に狙いを定めた獰猛な肉食獣のような眼差しが、ジンの姿をピタリと捉える。


「そこの小僧ぉよぉ、手前ぇ、随分と面白そうなスキルを持ってるじゃねえか? それなりに冒険者やって長ぇけどよ、手前ぇみたいな手合いは初めてだぜ? 興ぉが乗ってきやがったぁ。小僧ぉ、ちょっと遊ぼうぜぇ?」


 そして両手剣を構えると、猛然と地を蹴った。



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