第26話 ハルロゥのダンジョン攻略3
ジンの意識の中に【解析】によって【意識の羊皮紙】が広がってゆく。
今回、【意識の羊皮紙】で得られる情報は非常に重要だ。
制限時間があるので魔物との戦闘は極力避けたいこともあり、位置と強さの情報は特に把握しておきたい項目だ。
というのも、最下層が何階層かがわからない上に下層へのアクセス方法もわからないため、最下層まで部屋を総当たりで探索する必要があるからだ。
そんなジンの気持ちに呼応してか、意識を埋め尽くす羊皮紙の上で不可視のペンが普段以上に軽快に踊り、瞬く間にマップをドローイングしていった。
そして完成したマップを眺めたジンは、小さく安堵の息を漏らす。
昨晩ハルロゥが言っていた通り、このダンジョンは本来【初級】に分類されていただけあって、先日アフィンと共に潜ったダンジョンと同等の規模だった。
現在いる部屋を起点にして真っ直ぐに通路が伸び、左右交互に6つの部屋が並ぶ構造。
このダンジョンは外観と同様に、内部も華美な装飾が施された赤い絨毯や白い壁で構成されていたので、マップと相まって巨大な屋敷を彷彿とさせた。ハルロゥが設えたのでは無いかとすら思える。
さらに幸いだったのは、全ての魔物は最弱である【ウーヌス】の表記であり、存在場所も部屋の中だけで通路には居ない。そして、通路にはトラップもなかった。
ジンはマップを頭の片隅に置くと、自身を奮い立たせるように深呼吸をしてから両目を開ける。
「……よし、それじゃあ行こう。二人とも、オレの後から離れないように付いてきて!」
「ヘイっ!」「はい!」
ジンが先陣を切って歩き始めると、アフィンとクナイは素直に従って一列に続く。
そして通路に入り、最初の部屋に差し掛かると、ジンは扉の前で足を止めた。
「アフィン、少し力を貸して欲しい」
「おや、早速戦闘かい? 任せなよ、さっきはクナイにいいところ持って行かれたからね」
昨日とは違い、ロングソードではなくナイフを構えてウィンクするアフィンだったが、ジンは小さく首を振る。
「ううん、出来れば戦闘はしたくない。時間が無いからね。でも下層への階段があるかどうかは部屋を開けないとわからないんだ」
「……なるほど、そういうことか。さすがジン先輩、冴えてるね」
意図を察したアフィンはそう言ってニヤリと笑みを作ると、ドアに視線を移し、口の前に人差し指を立てて呟いた。
「────【静かに】」
アフィンがスキルを発動させたのを確認したジンは、ドアを『音』も無くゆっくりと開けると、中の様子を覗きこんで確認する。
ジンの視線の先には『ダンジョンアナグマ』が3体徘徊する光景が広がっていたが、魔物たちが気づく様子は全くなかった。
ジンは内心で上手く行ったと思いつつも観察を続けるが、下層へと繋がる階段もなければギミックらしい物も見当たらなかった。
それだけ確認すると、すぐに扉を『音』も無く閉める。
ジンは極力戦闘を避けつつ下層への階段を見つけるために、隠密行動を選んだようだった。
「残念、この部屋はハズレだね。次に行こう」
「これを繰り返していけば、最低限の戦闘で下層へと繋がる階段を見つけられるってワケだね」
「うん、そういうこと。アフィンの【サイレントマスター】がないと出来ない手段だったから助かるよ」
ジンがそう言って笑いかけると、アフィンはドヤ顔でクナイを見る。
「聞いた聞いた? ジン先輩、僕がいなきゃダメだってさ」
「そのようなことは一言も仰っておられませんが、ジンさんの閃きを無駄にしたくなければ早く次のドアを無音化してください」
クナイは表情を変えることなく一蹴すると、ジンに視線で先を促した。
緊張感に欠ける二人に苦笑しつつも、ジンは次の部屋へと向かう。
そうして部屋の覗き見を繰り返していると、ついに下層への階段がある部屋へと辿り着く。
部屋の中央に設置された階段にはやはり魔法陣が敷かれており、条件を満たさなければ下層へと行けないようになっていた。
だが、部屋にはギミックらしきものがなく、代わりに『ダンジョンコウモリ』が5匹ほど天井に張り付いている。
「うん、この部屋は魔物の討伐が下層への開放の条件みたいだね。部屋にトラップの類は存在しないから、ここは純粋に戦闘になるけど……クナイ、行ける?」
「はい、お任せください。3秒で片付けます」
飛行系の魔物に対しては、アフィンよりもクナイの【アサシンクライム】の方が向いているだろうと思い指示を出したジンだったのだが────
「────【死神の一閃】」
────彼女は目の前から消失したかと思えば矢のように宙を駆け、宣言通り3秒で全てのコウモリをナイフで斬り落としていた。
コウモリたちは自らの身に起こったことに気づく様子もなく床に落ちると、ドロップアイテムと化す。
そして条件を達成したことを示すように魔法陣が消失し、下層への道が開いた。
クナイは階段のそばにふわりと着地するとナイフを仕舞い、ジンに向かって親指を立てる。
「ジンさん、この部屋は安全です。私が保証いたします」
「ハハ……クナイが味方で良かったなって、つくづく思うよ」
ジンは乾いた笑みを浮かべながら駆け寄ると、クナイを見上げて小さくため息を吐く。
「でも無理は禁物だからね。この先も魔物と戦う可能性は高いから」
「はい、心得ております。お気遣い痛み入ります」
クナイは素直に頷くと、アフィンに向かってドヤ顔を向ける。
「僕だってコウモリ相手なら3秒で……うん、無理だね」
なぜコイツらは張り合っているんだろうか?
謎のライバル関係にある二人に疑問を抱きつつも、ジンは思考を切り替えるようにかぶりをふった。
「じゃあ、先を急ごう。目指すのは最下層にある慰霊碑だからね」
そして、再びアフィンとクナイを先導するように慎重な足取りで階段を降り出す。
二人はその小さな背中を追いつつも、その表情には疑問符を浮かべていた。
「ねぇねぇジン先輩。どうして慰霊碑を目指すんだい? そこに裏帳簿があるって確信しているみたいだけどさ」
「これまでの部屋も全て探索しませんでしたし、なにか根拠があるのでしょうか?」
ジンは小さく首肯を返すと、前を向いたまま二人の疑問に答える。
「アフィンは忘れているだけだろうけど、一部の例を除いて基本的にダンジョンは日を跨ぐと『リセット』されるんだ。
リセットされるのは魔物や罠、そしてギミック。ただリセットされると全てが再配置されるわけだけど、魔物や罠は種類が変化するし、下層へ繋がる部屋の配置も変わったりする」
「え? それじゃおかしくないかい? ハルロゥたちはこのダンジョンを倉庫代わりに利用しているって言っていたけど、日を跨ぐたびにダンジョンの内部構造が変わるんじゃ金品の保管なんて────あ」
アフィンは説明を遮って更なる疑問を呈したが、途中で何かに気付いたように口を噤んだ。
クナイも同じタイミングで気付いたのか、納得したように小さく手を打つ。
「……なるほど。つまり、慰霊碑がある部屋は『リセットがかからない』のですね?」
「そういうことだね。慰霊碑がある部屋は、本来は『ダンジョンボス』が存在する場所なんだ。要するに、ダンジョンのゴール地点。
ただ『ダンジョンボス』はリセットがかからなくて、一度倒すと二度と現れないんだ。だから『ダンジョンボス』を倒すことはダンジョンの攻略・踏破を意味する。
そして、ボスの代わりに設置した慰霊碑に添えてある【献花の短冊】を持ち帰ることは踏破とされるんだ……けど、ね」
説明しつつも、ジンは唇を噛んで表情に悔しさを滲ませる。
ロマンを追い求めた冒険者たちが苦労の末に辿り着いた場所なのに、それを強奪した金品を保管するための倉庫として提案するなど、冒険者に対する冒涜であり度し難いことだった。
そんなジンの胸の内を察したのか、アフィンとクナイは顔を見合わせた。
「それじゃあ僕たちは、このダンジョンで新たに生まれたボスに挑む最初の冒険者ってことになるわけだ」
「はい。相手はさしずめ強欲の魔物といったところでしょう。実に倒し甲斐がありますね、ジン先輩」
「アフィン……クナイ……」
ジンが励ましの言葉に思わず振り返ると、そこには頼もしい笑みを浮かべる二人の姿があった。
まるで長年連れ添ったパーティーメンバーのように寄り添ってくれる二人に、ジンは感極まって泣きそうになったが、すぐに前に向き直って歩き出す。
「そうだね。僕たちが新ボスの最初の攻略者になるんだ。気合い入れていこう!」
「ヘイっ!」「はいっ!」
そうだ。これは新たなダンジョンボスを討伐するクエストなのだ。くよくよしている場合じゃない。
そして今は頼もしいパーティーメンバーがいるのだ。こんなにも心踊る冒険を楽しまなくてどうする。
そう思うだけで、ジンの足取りは翼が生えたように軽くなった。




