第25話 ハルロゥのダンジョン攻略2
ハルロゥのダンジョンの警備を任されていた衛兵たちは、うららかな陽気もあって完全に弛緩しきっていた。
「あぁ〜、ここのダンジョン警備って安全で楽だし賃金もいいけど、退屈すぎて眠くなっちまうよ」
「毎日のんびりと森林浴をして過ごすだけだからなぁ。まぁ、それだけハルロゥ様が上手くやってるってことなんだろうけどな」
「しゃんとしろよお前ら。気が緩むのもわかるが、このダンジョンは常に【イリオス】に狙われていると思っておけと、ハルロゥ様も仰っておられただろう」
「ハッ、相手は所詮盗賊だろう? 騎士団のシゴキに耐え抜いた我々に敵うわけない。それに、白昼堂々と襲ってくるような度胸もないだろう」
確かに、と全員で顔を見合わせ声を上げて笑う衛兵たち。
しかし、彼らは全く気づいていなかった。
嘲笑している盗賊がすでに目の前にいることも、白昼堂々と襲撃されていることにも。
文字通り『音』もなく衛兵たちの背後に『出現』したクナイは、四人に向かってくるりと舞うような所作で鮮やかな“首トン”を放った。
メイド服のスカートとエプロンがふわりと開花するように広がったと思えば、衛兵たちは姿の見えない花の香りに誘われるかのように夢の世界へと旅立つ。
笑顔のまま地面に横たわる四人を見下ろして意識の喪失を確認したクナイは、ジンたちに向かってドヤ顔で親指を立てた。
油断をしていたとはいえ、あまりにもあっけなさすぎる衛兵たちの敗北にジンは生唾を飲み込む。
王都を出る前、クナイは言っていた────
「ジン様とアフィンは冒険者証をお持ちですので、城門を抜ける際に衛兵に止められることはないでしょう。ですが私は冒険者ではありませんし、諸事情で身分を証明することができません」
「え? それじゃあ、クナイさんはどうやってダンジョンに向かうつもりですか? まさか【ファストトラベル】とか言うつもりじゃないですよね?」
「もちろん一緒の荷馬車に乗ります。ですが、私は隠れて同行させていただきます。ですから、道中は私が乗っていないという態でお過ごしください」
────その時のジンは彼女の言葉の意味を測りかねていたが、目の前で繰り広げられた光景を見て確信を得ていた。
間違いなく、クナイのスキルは【アサシンクライム】だろうと。
隠密行動や諜報、そして暗殺に特化したスキルである。決して日の目を浴びることはないが、社会の裏側では重宝される存在だ。
そんな彼女の【アサシンクライム】にアフィンの【サイレントマスター】を組み合わせたとなれば、暗殺者としてもはや最強だと言っても過言ではないだろう。
おかげで第一関門を理想的とも言える状況で突破できたが、その余韻に浸っている時間は無い。
「奇襲成功だ! 行こう、ジン先輩!!」
「うん! 急ごう!!」
ジンとアフィンは顔を見合わせると草陰から飛び出し、ダンジョンの入り口に駆け寄って扉を開け放つ。
そして倒れた衛兵四人をダンジョンの内部に引き摺って運び込むと扉を閉め、彼らが携帯していた捕縛用のロープを使って手足を拘束した。
「これで目が覚めても外部との連絡は取れない。予定通り約1時間のタイムリミットは確保できた」
「ここからはジンさんが頼りです。魔物相手への立ち回りはできますが、ご存知の通りダンジョンに関して私たちは無力ですから」
ここからが本番だと言わんばかりに、アフィンとクナイは真剣な眼差しをジンに向ける。
ジンはそんな二人に対して緊張した面持ちになりながらも、小さく首肯を返す。
「わかった。昨日アフィンには言ってるけど、クナイさんもダンジョン内ではオレの指示に従ってね」
「はい。心得ております。今この瞬間は、私の命をジンさんに預けます」
全幅の信頼を寄せてくるクナイに対し、ジンは責任の重さを感じたのか表情をこわばらせた。
それを見かねてか、アフィンが苦笑しつつクナイにアドバイスをする。
「違う違う。クナイ、こういう時はこう言うんだよ。『可愛いジン先輩の言う事なら、喜んで従います』ってね」
「なるほど、得心致しました。それでは改めまして……可愛いジン先輩の言う事なら、喜んで従います」
アフィンの意図を察したのか、クナイは柔和な笑みを浮かべて一言一句違う事なく復唱した。
美男であるアフィンとはまた違った破壊力を持つクナイの“口撃“に、ジンはみるみると頬を紅潮させるとその場で地団駄を踏む。
「ちょっとアフィン!? クナイに変なこと吹き込むのやめてよ!! それから、クナイも先輩に向かって可愛い禁止!! いいねっ!?」
「申し訳ありませんが承服致しかねます。私は冒険者ではありませんので」
「ああもうっ! ああ言えばこう言う! もう、とにかく、指示には従ってねっ!!」
しれっと要求を断るクナイにアフィンと同じ匂いを感じたのか、ジンは諦めたように背を向けると逃げるように階段を降り始めた。
二人が気負い過ぎないようにしてくれているのは理解しているが、それでも背伸びしたい年頃のジンは大人の気遣いに素直に納得できないようだった。
「……仕方なくアフィンの策に応じましたが、これでジンさんに毛嫌いされたら呪い殺しますからね」
「クナイが言うと冗談に聞こえないからやめてくれ無い? それにほら、ジン先輩が可愛いの事実だし」
「アフィン、そういうところですよ」
一方で、真顔になったクナイは反省の色が見えないアフィンに眉を顰めるのだった。
しかしそれでも効果はあったようで、ジンは少し余裕を取り戻した表情でダンジョン攻略に思考を巡らせる。
今回、このハルロゥのダンジョンにはギルドの依頼を通して潜っているわけでは無いので、当然ダンジョンの概要を記した簡易攻略図は手元にない。
状況としては未踏破ダンジョンに挑むことと変わりない。これは、冒険者を続けてきたジンにとっても初めての挑戦だった。
しかもダンジョンそのものが敵地でもあり、さらに攻略をするにあたって制限時間まである。慎重に、しかし速やかにダンジョンを進まなければならない。
冒険者としてのジンにとって、これは間違いなく勇猛ではなく蛮勇な行為だ。だが、それでも、一人の冒険者として退けない矜持がジンの心を突き動かす。
憧れを踏み躙った者たちから憧れを取り戻すために。
そんな決意を胸に秘め、ジンは第1層のフロアへ辿り着く。
そしていつものようにざっとダンジョン内部を見渡すと、意識を集中させて両目を閉じた。
────【解析】。
さあ、冒険を始めよう。




