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幼なじみは騎士  作者: 細雪
番外編
14/14

仲間愛60家族愛30恋愛10

ぺしぺしと弱い力で、誰かが自分の腕を叩いている。何やら必死の様子だ。

「班……長、あ、あたし……で、す」

必死に訴えられ、眠っていた意識が覚醒する。途端に自分の姿勢に気付き、思わず舌打ちした。

腕の力を緩めて起き上がると、ステラがおずおずと リオンの下から這い出してくる。

「何だ、緊急か」

「アルヴィン班長がお呼びなんです」

ステラが髪の乱れを直しながら答える。 「なぜおまえが起こしに来た?」

「ジェイクが行けって言ったので、失礼かと思いましたけどあたしが来ました」

ジェイクは、寝起きが悪いリオンにステラが投げられるのを見越して行けと言ったのだろう。上官を悪 戯の道具に使うとはいい度胸だ。

「すぐに行く。あと、受け身ぐらいとれ」

背中を気にするステラにそう言うと、彼女は不本意そうに頬を膨らませた。

「寝ている上官に投げられるなんて、さすがに想定できません」

それもそうか。

ステラには申し訳ないと思いつつ、身支度をしてアルヴィンの執務室へ向かう。ステラにあとで紅茶を届けてくれるよう頼んだ。

朝から彼が用など珍しい。昨日は遅くまで新入騎士の書類をまとめていたようだが、何か問題でもあったのだろうか。 扉を叩くと、間の抜けた声で返事があった。中に入ってみれば、赤毛をぐしゃぐしゃにしたアルヴィンが書類の山に埋もれていた。

「終わったぜ、全部。騎士団学校の成績を鑑みて割り振ってある。確認してエルドに渡してくれ」

「ああ。何か問題は?」

「ん?ねえよ」

「じゃあ何でこんな朝早く呼び出した?」

「これ引き継がねえと俺が寝れねえだろ。徹夜だったんだぜ。あー、肩凝った」

コンコンとノックの音がした。アルヴィンが「開いてるぞ」と返事する。

扉が開いて、トレイを持ったステラが入ってきたー ーその時。

リオンは目の前にいる赤毛の男の脳天に思い切り拳を叩き込んだ。

「ちょっ、班、何……!?」

「いってえ!何しやがるこのハゲタカ猛禽類!」

「黙れ赤毛サル。何でおまえが寝るために俺が叩き 起こされるんだ」

「仕方ねえだろ。エルドを起こしてみろ。説教だぞ 」

「説教の代わりにおまえを永久に眠らせてやろうか 」

「何でそんな怒るんだよ!」

アルヴィンが喚くので、もう一発今度は蹴りをいれた。

剣の腕もたつ。頭も悪くない。しかしこの自由人は相当な問題児だ。

「さっさと消えろ。この部屋を借りる」

「おう。おやすみ」

意気揚々と出ていったアルヴィンをぽかんと見つめてから、椅子に座ったリオンにステラが紅茶を出してくれた。

「あ、今度入隊する騎士の名簿ですか」 「ああ。うちの班はガイって奴だ。知ってるか」

「いえ、知らないです。どんな人なんでしょう。楽 しみですね」

無邪気な笑顔を向けられて、リオンは黙って頷いて書類のチェックに入った。

紅茶は相変わらずおいしかった。



「ガイ・バローズです。よろしくお願いします」

短い茶髪の頭を下げ、ガイは爽やかな笑顔を浮かべた。

「リオンだ。見習い期間はエルドレットの班だったな?」

「はい。厳しくご指導頂きました」

ガイが照れたように笑った。エルドレットは真面目だから、随分と世話を焼いたに違いない。

「わからないことはステラに聞け。一度稽古をつける。抜け」

リオンのいきなりの発言にも、彼は怯まなかった。恐らくエルドレットから聞いていたのだろう。

「噂通りの方ですね、リオン班長。一本、お願いします」

そう言って頭を下げ、素直に剣を抜いた。


ガイは剣の腕もそこそこだったが、頭が良くて冷静だった。リオンが隙を作っても簡単には乗らない。攻撃は受けるよりも避ける。

「おーい、新入り。避けてばっかいるなよ。卑怯だぞ」

終わった後にイーサンが茶々を入れると、投げ飛ばされて地面に転がっていたガイは起き上がってから決まり悪そうに微笑んだ。

「リオン班長と力勝負に持ち込んで勝てるわけありませんから」

「そりゃそうだけどね」

マルコが笑って、ガイの服の裾についた砂埃を払ってやる。

剣を収めて、リオンはガイに目を向けた。

「おまえはそのぺらぺらに軽い剣をどうにかしろ。防御が逸品でも攻撃は話にならん」

「はい。ご指南ありがとうございます」

「良かったな、ガイ。防御は逸品だってよ」

ジェイクがぽんとガイの肩を叩く。

「それにガイ、受け身取ったよね。班長に投げられて受け身が取れた新人はそういないよ」

トーマスも感心したように頷いた。

「でも投げられたことには変わりないでしょ」

そう言うステラは何だか不機嫌なように見える。彼女の肩をイーサンがにやにや笑いながら叩いた。

「妬くなよ、ステラ。班長おまえのことだって悪くないって褒めてたじゃないか」

「妬いてなんてない!変なこと言うと力ずくで黙らせるわよ」

「面白い。学校の試合で一度も俺に勝てなかったのに、今なら勝てるとでも?」

「ええ。一年年下の女性騎士に負けたら外聞が悪いと思うけど大丈夫?」

ステラとイーサンが睨み合い、お互いに牽制しながら剣を抜く。

マルコが「班長……」と意向を窺ってきた。

「やらせておけ。負けた方は勝った方の風呂掃除を肩代わりだ」

リオンの返事にマルコが笑った。

ジェイクがぽんと手を叩く。

「よし、じゃあ俺ステラが勝つ方に晩飯のおかず賭ける。トーマスは?」

「うーん、体格差があるからなあ。イーサンだな。マルコは?」

「難しいね。ステラもだいぶ強くなったけど、まだイーサンかも」

「ガイはどっちだ?」

「ええっ、俺もですか?俺はーー……ステラさんかな。イーサンさんは油断してそうだし……」

「班長は?」

ジェイクに訊かれて、リオンは対峙する二人を見た。

なんだかんだでイーサンとステラは良いコンビだ。お互いがお互いを補佐することに長けている。その二人が戦うとなるとーー……。



夜、執務室にいたリオンのところにステラが書類を持ってきた。その両頬にガーゼが貼ってあり、思わず眉をひそめる。

「ひどい面だな」

「うう、言わないで下さい」

ステラは目を逸らしながら書類を渡してくる。

昼間の勝負で、ステラは剣を弾き飛ばされたが、向かってきたイーサンを相手の力を利用する柔術の要領で投げたのである。しかし予想以上にイーサンが重く、自分も潰れて頬を擦りむいたのだ。

「あの判断は悪くなかった。迷い癖は治ったみたいだな」

昔と違い、リオンの「悪くない」が誉め言葉だと認識しているステラは嬉しそうに微笑んだ。

「班長のおかげです。あたし、もっと班長のお役に立てるように頑張ります」

そう言って笑う顔は何だか眩しい。

「そりゃあ結構な心がけだ。手始めに紅茶淹れてくれ」

「はい」

ステラはすぐに淹れてくれたが、どうしてこんなにおいしく淹れられるかは相変わらず教えてくれなかった。

「教えちゃったらあたしの仕事がなくなっちゃいますから」

そう言って微笑まれ、リオンは仕方なく引き下がった。



あの時の笑顔が懐かしい。



班のみんなで馬鹿をやり、団結し、肩を並べて歩いてきた日々が懐かしい。




トーマスは何が起こったかわからないというような表情を浮かべていた。

ジェイクは驚いたように目を見開いている。

イーサンは憤っているように見えた。

マルコは泣きそうだ。

ステラは悪夢にうなされているように目を閉じていた。


リオンはしばらく立ち尽くしていた。部下の騎士も、アルヴィンも同様だ。

ステラが微かな呻き声をあげて、リオンははっとして彼女の傍にしゃがみ込んだ。


「ステラ」


リオンの低い声に、ステラが目を重そうに開いた 。しかし目がよく見えないらしく、リオンがもう一度名前を呼ぶとやっと安心したように表情が緩んだ 。

が、すぐにその顔が歪む。


「はんちょ……すみませ…………」

「謝るな。おまえが謝ることは何もない」


ステラの額についた血を掌で拭う。

そのまま手を滑らせて、柔らかな髪に指を差し込んだ。


「あたし……班長の役に、立ち…………た く、て…………もっと、役に…………はんちょ …………に、拾って貰……………はん…………」


セオリーでは、「もう良い、喋るな」と言うところだ。

しかし、ステラの髪に手を載せたまま、黙って彼女の話すのを聞いていた。

彼女の言葉が途切れたところで、力強く彼女の手を握る。


「ステラ、おまえは俺の自慢の部下だ。おまえのおかげで俺は随分助かった。ありがとう」


ステラが笑みを浮かべた。


「珍し…………リオ………………」


泣きそうな笑顔でステラが固まる。

リオンはしばらくステラの顔を見つめていたが、そっと彼女の目を閉ざして地面に横たえた。



ステラの身体を荷馬車に降ろした時、彼女の首元からしゃらりと華奢な鎖がこぼれた。そっとそれを引き出してみると、あのコインが鎖に通されていた 。


まだ着けていたのか。


しばらくじっとそれを見つめ、そっと手 を伸ばしてその鎖をステラの首から外した。


物を言わなくなった仲間たちを棺に納める時、心の中で謝りながら彼らのエンブレムを切り取った。

彼らが自分の部下だったという証がどうしても欲しかった。




葬儀も終わり、仲間がいなくなったことを改めて実感し始めたころ、サラが執務室を訪ねてきた。

毎日眠れずに泣いているのか、最近は常に目元が赤く腫れぼったい。

「ステラさんの部屋の整理、終わりました。荷物はご実家に送るよう手配しています」

「ああ、ご苦労」

「あの、これが机の中からたくさん出てきたんですけど……」

サラが粉末の入った小瓶を出してリオンに渡す。リオンが受けとると、サラは頭を下げて出ていった。


しかしこれは何だ。

ラベルには「シナモン」と書いてある。コルク栓を抜いて匂いを嗅ぐ。どこかで嗅いだことのあるような匂いだ。

記憶を辿っていて気付いた。もしかしてと思い、手早く紅茶を淹れる。その中にその粉末を少し加えてみた。ふわりと良い香りがした。


ステラの淹れる紅茶の香りだ。


ひとくち飲むと、もう一生飲むことはないと思っていた懐かしい味がした。


「何が心を込めてだ。隠し味じゃねえか」


ーーごめんなさい、班長。


笑みを含んだ声が聞こえた気がして振り向くが、誰もいない。

もうひとくち飲んで、目を閉じる。


ーーシナモンだったのか。気が付かなかった。

ーー俺、何となく気付いてたよ。

ーー何がすごいって常にシナモンの小瓶を持ち歩いてるステラだよな。

ーー好きな男の胃袋を掴むのが基本だって言うからなあ。

ーーちょっと、あたしの班長への敬愛精神を馬鹿にしないで!


聞こえてくる懐かしい会話は、夢か現か。


ーー班長、冷めないうちに飲んで下さい。


そう言われた気がして目を開けると、そこには誰もいなかった。

ゆっくりとカップを傾ける。


「うまかった」


そう言うと、良かった、とステラの笑う声がした。


空いた窓から風がさあっと吹いて、それにのったシナモンの香りが鼻孔をくすぐる。


風が止んだ時、頬を涙が一筋だけ伝うのを感じた。



前回のタイトルはステラ→リオン、

今回のタイトルはリオン→ステラの気持ちを表しています。


お読み下さり、ありがとうございました。

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