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「役立たず」と捨てられたダンジョン管理人の俺、最弱ダンジョンを改造して人類未到達の超絶難易度テーマパークに作り替えてしまう  作者: まつたけひめ
第1章

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第25話 訪れる客人たち

 王立ギルドからの視察団が到着したのは、それから三日後のことだった。開業以来、行政組織からこれほど正式な形で人が訪れるのは初めてのことで、施設内には朝から緊張感にも似た高揚が漂っていた。


 馬車から降りてきたのは、恰幅の良い初老の男を筆頭とした、五人ほどの一団だった。皆一様に、王立ギルドの紋章が入った正装を身にまとっている。


 物々しい雰囲気に、居合わせた客たちが何事かとざわめいた。噂の施設に、いよいよ王立ギルドの正式な使者が動いたという事実は、それだけで人々の関心を引くには十分だった。


 「ゼノン・クロムウェル殿とお見受けする。王立ギルドより、視察のために参上いたしました」


 筆頭の男は、慇懃な態度でそう告げた。ゼノンは静かに一礼を返す。


 「わざわざの来訪、感謝する。案内は俺が務めよう」


 ゼノンは丁重な態度を崩さず、視察団を出迎えた。かつて自分を追放した組織の使者を相手に、これほど落ち着いて対応できる日が来るとは、正直なところ想像していなかった。


 「それは光栄です。……以前、こちらの施設の査定を担当したハーヴェイからも、話は詳しく聞いております」


 その名前に、ゼノンはわずかに目を細めた。かつて旅装束で観覧に訪れ、正体を明かした査定員の名だ。あの一件から、既に何か月も経っている。


 当時のハーヴェイは、素性を隠して観覧に訪れ、公正な目でこの施設の実力を見極めていった。あの査定結果が、今のこの施設の礎の一つになっていることを、ゼノンは今でもよく覚えていた。


 「ハーヴェイ殿は息災か」


 「ええ、現在は本部で報告書の取りまとめに追われております。今回の視察も、彼の強い推薦によって実現したものです」


 その言葉に、ゼノンは小さく口元を緩めた。あの旅装束の査定員が、今でもこの施設の後ろ盾になってくれているという事実は、素直に嬉しいものだった。


 視察団は、案内されるままにダンジョン内部を見て回った。観覧スタンドの規模、行列管理の仕組み、そして何より、命を奪わない安全設計でありながら圧倒的な熱量を生み出す仕掛けの数々に、彼らは終始、驚きを隠せない様子だった。


 「これほど緻密に設計されたダンジョンは、私も見たことがありません」


 視察団の一人が、感嘆したように呟きながら、権限ウィンドウで即座に微調整されていく仕掛けの様子をじっと見つめていた。


 「一つひとつの仕掛けが、単独で機能するのではなく、挑戦者の反応に応じて連動している。まるで生き物のようですな」


 「それが、この施設の核だ。固定された罠ではなく、常に挑戦者と向き合い続けることが重要だと考えている」


 ゼノンの説明に、視察団は真剣な面持ちで耳を傾けていた。彼らの多くは、長年ダンジョン管理に携わってきた実務者たちだ。だからこそ、この施設の運営思想がいかに革新的であるか、身をもって理解できるのだろう。



    



 「これは……想像以上ですな」


 視察団の一人が、観覧スタンドから見える光景に思わず呟いた。ちょうどガルムが上級者向けのギミックに挑む様子が映像として流れており、観客席は割れんばかりの歓声に包まれている。


 「王立ギルドが管理する主要ダンジョンでも、これほどの熱狂は見たことがありません」


 筆頭の男もまた、感嘆の表情を隠せずにいた。


 「率直に申し上げます。この施設の運営手法は、我々が今後のダンジョン管理の指針として、真剣に参考にすべきものだと考えております」


 「参考にする分には構わない。ただし、模倣するだけでは意味がない。この施設が支持されているのは、挑戦者一人ひとりを大事にする姿勢があってこそだ」


 ゼノンの言葉に、筆頭の男は深く頷いた。


 「肝に銘じておきます。……それと、これは長官からの伝言でございます。今後の運営における協力体制について、正式に協議の場を設けたいとのことです」


 その言葉に、傍らで聞いていたルナリアが小さく目を見開いた。ボルドー自らが協力を申し出るとは、この施設を巡る力関係が、確かに変わり始めている証だった。


 「悪くない申し出だ。前向きに検討させてもらう」


 その返答に、視察団の面々は安堵したように顔を見合わせた。過去の因縁を知る者としては、この場でどう扱われるか、内心では気を揉んでいたのだろう。


 筆頭の男は安堵したように表情を緩めた。


 「ありがとうございます。……正直なところ、私も含め視察団の全員が、来る前は半信半疑だったのです。噂ばかりが先行して、実態が伴っていないのではないかと」


 「今はどう思っている?」


 「噂以上のものを目にしました。むしろ、これほどの施設が地方の一角で静かに運営されていたことの方が、私にとっては驚きです」


 男は正直にそう答えると、深々と頭を下げた。その態度には、最初に訪れた時の慇懃さとは違う、心からの敬意が滲んでいた。


 視察団を見送りながら、ルナリアが静かに呟いた。


 「まさか、あのボルドーが協力を申し出てくるとは思いませんでしたわ」


 「立場が変われば、考え方も変わるものだろう。過去の因縁はさておき、対等に手を組めるなら、それに越したことはない」



    



 視察団が去った後、正面ゲートには、旅装束に身を包んだ二人の女性の姿があった。


 一人は上品な立ち居振る舞いを隠しきれない若い女性、もう一人はその傍らに寄り添うように控える侍女――令嬢とミアだった。


 「ここが……」


 長旅の疲れも忘れさせるほどの光景に、令嬢は思わず立ち止まった。


 令嬢は感嘆の声を漏らしながら、広場全体を見渡した。行列に並ぶ多種多様な客層、観覧スタンドから響く歓声、そして漂ってくる香ばしい料理の匂い――噂に聞いていた以上の賑わいが、そこにはあった。


 瓦版や噂話でどれだけ想像を膨らませても、実際に目の当たりにする熱気には及ばなかった。令嬢は胸の高鳴りを抑えきれず、思わず一歩前に踏み出していた。


 「お嬢様、あまりきょろきょろなさらないでくださいませ。目立ちますわよ」


 「分かっているわ。でも、我慢できないんだもの」


 二人は目立たぬよう、簡素な旅装束のまま行列に並んだ。周囲の客たちは、二人が貴族の令嬢とその侍女であるとは、露ほども気づいていないようだった。行列に並ぶという経験そのものが、令嬢にとっては生まれて初めてのことだったのかもしれない。


 案内係を務めていたリクが、二人に気さくに声をかけた。


 「初めてのお客様ですか? よかったら、おすすめの回り方、教えましょうか」


 「え、ええ、お願いするわ」


 令嬢は少し緊張した面持ちで頷いた。庶民の青年からこうして気軽に声をかけられること自体、彼女にとっては新鮮な経験だったのだろう。


 「まずは第一階層がおすすめですよ。浮遊足場があって、最初は戸惑うと思いますけど、慣れれば楽しいですから」


 「浮遊、足場……?」


 「足場が宙に浮いてるんです。落ちても大丈夫なように下に水がありますから、思い切って挑戦してみてください」


 リクの気さくな説明に、令嬢は目を輝かせながら耳を傾けた。かしこまった講義とはまるで違う、飾らない言葉で語られる案内は、彼女にとって新鮮で心地よいものだったようだ。



    



 第一階層の浮遊足場に挑んだ令嬢は、これまでにない興奮を味わっていた。


 「きゃっ……!」


 足場のバランスを崩し、危うく冷水プールに落ちかけたところを、傍らにいたミアがとっさに支える。それでも、令嬢の顔には笑顔が浮かんでいた。


 「すごいわ、こんなに必死になったの、生まれて初めてかもしれない!」


 「お嬢様がそこまで喜ばれるなら、私も来て良かったと思いますわ」


 ミアもまた、緊張していた表情を和らげ、小さく微笑んだ。厳格な貴族社会の中で育った二人にとって、こうして飾らない自分をさらけ出せる場所は、これまでほとんど存在しなかったのかもしれない。


 攻略を終えた二人は、魔味亭で遅めの昼食を取ることにした。ミシェルが腕を振るった料理を口にした瞬間、令嬢は目を見開いた。


 「なにこれ……! こんなに美味しい料理、王城でも食べたことないわ!」


 思わず口を滑らせた令嬢に、ミアが慌てて小さく肘で合図を送る。令嬢もはっとした様子で口をつぐんだが、厨房から顔を出したミシェルは、特に気に留める様子もなく朗らかに笑いかけた。


 「お嬢さん、口に合ったようで何よりだわ。フォレストボアの香草焼き、うちの一番人気なのよ」


 「本当に、感動するくらい美味しいです……!」


 令嬢は夢中になって皿を空にしていった。身分を明かさずとも、素直な感想を受け止めてもらえるこの空気こそ、彼女が求めていたものなのかもしれなかった。



    



 その日の夕方、二人が帰り支度をしていると、たまたま通りかかったゼノンと鉢合わせした。


 「今日はお楽しみいただけたようで何よりだ」


 「え、あ、はい……! 本当に、素晴らしい場所でした」


 声が上ずるのを抑えられないまま、令嬢は精一杯の言葉で感想を伝えた。その様子は、身分の高さを感じさせない、年相応の素直さに満ちていた。身分を隠していたつもりだったが、その所作の端々には、隠しきれない育ちの良さが滲んでいた。ゼノンはそれに気づいていたが、あえて追及はしなかった。


 「また機会があれば、いつでも訪れてほしい」


 「ええ、必ず……! また来ますわ」


 令嬢は名残惜しそうに何度も振り返りながら、ミアとともに帰路についた。その後ろ姿を見送りながら、ルナリアが小さく笑みをこぼす。


 「あの方、ただの旅人ではありませんわね」


 「気づいていたのか」


 「当然ですわ。あの立ち居振る舞い、只者ではありませんもの。……でも、深く詮索するのは野暮というものでしょう」


 ルナリアの声には、どこか温かみが滲んでいた。身分を明かさずとも、この施設をただ一人の客として楽しんでもらえたことを、彼女もまた喜んでいるようだった。


 ゼノンは静かに頷いた。身分がどうであれ、この施設で純粋に楽しんでくれる客であることに変わりはない。それだけで十分だった。


 「それにしても、王立ギルドの視察団といい、身分を隠した令嬢といい……今日は随分と、いろんな立場のお客様にお越しいただいた一日でしたわね」


 「ああ。この施設が、階層を問わず人を惹きつけている証拠だろう」


 「駆け出しの冒険者から、貴族の令嬢まで。……本当に、面白い場所になりましたわね」


 ルナリアの言葉には、しみじみとした感慨が滲んでいた。かつて誰も寄り付かなかった廃ダンジョンが、今やあらゆる立場の人々を惹きつける存在になっている。その変化の大きさを、彼女もまた噛みしめているようだった。



    



 夜、静まり返った広場で、ゼノンはこの数か月を振り返っていた。ガルムの参戦、ミシェルの加入、王立ギルドとの新たな関係、そして今日訪れた身分を隠した客人――どれもが、この施設をさらに大きな存在へと押し上げる糧になっている。振り返れば、あの理不尽な追放の日から、驚くほど多くのものを積み上げてきた。


 「次の目標は、第二階層の本格拡張だな」


 「ええ。より多くの客層に対応できるよう、食事処ももっと充実させる必要がありますわね」


 ルナリアの言葉に、ゼノンは静かに頷いた。噂はもはや、一地方の出来事では収まらない規模にまで広がっている。次に待つのは、さらなる飛躍の時だった。


 夜空に浮かぶ月を見上げながら、ゼノンは小さく呟いた。


 「まだまだ、これからだ」


 その言葉には、これまでの成果への満足と、これから訪れる新たな挑戦への確かな期待が、静かに込められていた。


 ガルムの参戦から始まったこの一連の出来事は、施設の規模を大きく押し上げると同時に、多くの新しい仲間と縁を運んできた。次なる第二階層の拡張は、その勢いをさらに加速させることになるだろう。深遠のアミューズメント・グラウンドの物語は、まだ始まったばかりだった。

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