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「役立たず」と捨てられたダンジョン管理人の俺、最弱ダンジョンを改造して人類未到達の超絶難易度テーマパークに作り替えてしまう  作者: まつたけひめ
第1章

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第23話 伝説の料理人、参上

 客足の増加は、思わぬところにも影響を及ぼしていた。


 第二階層の「迷宮レストラン」――攻略の合間に立ち寄る休憩所として親しまれてきたその場所が、連日の混雑によって悲鳴を上げ始めていたのだ。


 攻略を終えたばかりの挑戦者たちが、疲れた体を癒すために足を運ぶこの場所は、これまで施設の隠れた人気スポットだった。だが今や、その人気そのものが仇となり、席待ちの列が食堂の外にまではみ出す事態になっていた。


 「支配人、厨房が完全にパンク状態ですわ」


 ルナリアが困り顔で報告書を差し出してきた。そこには、注文の待ち時間が開業当初の三倍以上に伸びている旨が記されている。


 「攻略後に楽しみにしていた食事に、これほど時間がかかっては、満足度が下がってしまう」


 「厨房を任せている料理人たちも、悲鳴を上げておりますの。人手が全く足りていませんわ」


 実際、厨房の入り口付近には、注文が滞留している様子がありありと見て取れた。汗だくになりながら鍋を振るう料理人たちの表情には、疲労の色が濃く滲んでいる。このままでは、いずれ誰かが体を壊しかねない状況だった。


 ゼノンは腕を組み、記録簿を見つめながら考え込んだ。単に料理人を増やせば済む話ではない。この施設の食事は、ただ空腹を満たすためのものではなく、挑戦を終えた達成感を彩る特別な体験の一部だ。安易な妥協は許されなかった。


 これまでの厨房は、駆け出しの料理人たちが手探りで運営してきた小さな体制だった。開業当初の規模であれば、それでも十分に回っていた。だが客足がこれほど膨れ上がった今、その体制の限界は明白だった。


 「今の料理人たちに責任があるわけじゃない。ただ、規模の変化に体制が追いついていないだけだ」


 「ええ、彼らも懸命にやってくれていますわ。だからこそ、これ以上無理をさせるのは忍びありませんの」


 「一流の料理人が必要だな。それも、大量調理と繊細な味付けを両立できる人材が」


 「そう都合よく見つかりますかしら」


 ルナリアの言葉に、ゼノンはしばし黙り込んだ。



    



 その日の夕方、行列整理を終えたガルムが、ふらりと支配人室に顔を出した。


 「よう坊主、なんか厨房が大変なことになってるって聞いたぜ」


 「耳が早いな」


 「そりゃあ、うまい飯にありつけなくなるかもって話は、俺様にとっちゃ死活問題だからな」


 ガルムは真剣な顔でそう言うと、腕を組んで何やら考え込んだ。


 「なあ、料理人が必要なら、一人心当たりがあるぞ」


 「ほう」


 「昔、王宮の厨房で腕を振るってた女がいてな。魔物肉をどんな絶品料理にも化けさせる、伝説級の腕前だ。……ただ、ちょいと訳ありで、今は宮廷を離れて旅暮らしをしてるって噂を聞いた」


 「その人物の名は?」


 「ミシェル。俺が現役だった頃、遠征先で世話になったことがある」


 ガルムはそう言うと、懐かしそうに目を細めた。


 「あの女の作る飯は、死線をくぐり抜けた後の疲れた体に、しみるくらいうまかったんだよ。ただの栄養補給じゃねえ、心まで満たされるような飯だった」


 「王宮の厨房を離れた理由は?」


 「詳しくは聞いてねえが……確か、貴族連中の見栄っ張りな注文にうんざりしてたって話は聞いたことがある。『美味いものを、美味いと分かる人間に食わせたい』って、よく言ってたな」


 その言葉に、ゼノンは何か通じるものを感じた。理不尽な評価基準に振り回された経験は、自分自身も嫌というほど味わってきたことだった。かつて「効率厨」と切り捨てられた自分と、貴族の見栄っ張りな注文に嫌気が差した料理人――境遇こそ違えど、根底にある思いは、どこか似通っているように思えた。


 その名を聞いて、ルナリアがぴくりと反応した。


 「……確かに、以前から気配は感じておりましたの。旅を続ける料理人の存在を」


 彼女の言葉に、ゼノンは小さく笑みを浮かべた。この施設に集まる人材は、いつも何かしらの縁で導かれてくるものらしい。



    



 数日後、ガルムのつてを頼って送った招待状への返事が届いた。ミシェルは、噂の施設に興味を持ったらしく、快く訪問を承諾してくれたという。


 彼女が正面ゲートに現れたのは、よく晴れたある日の午後だった。豊満な体躯に、包容力を感じさせる柔らかな笑顔――エプロン姿の女性は、遠目にも料理人としての貫禄を漂わせていた。


 「あら、ガルムじゃないの。相変わらず食い意地が張った顔してるわね」


 「よお、ミシェル! 久しぶりだな!」


 旧知の仲らしい二人のやり取りに、ゼノンとルナリアは顔を見合わせた。


 「初めまして、ミシェル殿。深遠のアミューズメント・グラウンド総支配人、ゼノン・クロムウェルだ」


 「あらあら、思ったよりずっと若い方ね。ガルムの手紙で聞いていた通り、面白い施設を作っているそうじゃない」


 ミシェルはそう言いながら、興味深そうに広場を見渡した。観覧スタンドから聞こえてくる歓声、行列に並ぶ多種多様な客層――その光景に、彼女の目が徐々に輝きを増していく。


 「面白いわね、この空気。宮廷の格式張った食事会とはまるで違う。みんな、素直に楽しんでいるじゃない」


 「ここに来る客は、皆それぞれの形でこの施設を楽しんでいる。食事もまた、その体験の一部だと考えている」


 「悪くない考え方ね」


 ミシェルは満足げに頷くと、エプロンの裾を軽くはためかせた。


 「厨房が忙しいと聞いたわ。よかったら、見せてもらえるかしら」



    



 案内された厨房を一目見るなり、ミシェルは腕まくりをして材料の在庫を確認し始めた。


 「なるほどね……。素材は悪くないけど、下処理の手順が非効率だわ。これじゃ、いくら人を増やしても追いつかないでしょう」


 彼女は棚に並んだ魔物肉の切り身を手に取り、匂いを確かめるように鼻を近づけた。


 「これ、迷宮のフォレストボアの肉ね。臭みを消すコツを知らないと、なかなか扱いが難しい食材だわ」


 「試してもらえるか」


 ゼノンの言葉に、ミシェルは不敵な笑みを浮かべた。


 「もちろんよ。腕がなまってちゃ困るもの」


 彼女は手早く香辛料と香草を選び分け、慣れた手つきで肉を捌いていく。その一連の動作には、無駄が一切なかった。焼き上がった肉料理から立ち上る香りは、これまで厨房で作られていたものとは、明らかに一線を画していた。


 鉄板の上で肉が焼ける音、立ち上る湯気、そして厨房中に広がる香ばしい匂い――それだけで、周囲の空気が変わったように感じられた。並んで見ていた料理人たちも、思わず生唾を飲み込んでいる。


 「うまい……! こいつは絶品だ!」


 真っ先に味見をしたガルムが、目を見開きながら声を上げた。厨房で働いていた料理人たちも、恐る恐る味見をしては、驚愕の表情を浮かべている。


 「これが同じ食材だなんて、信じられません」


 若い料理人がそう呟くと、ミシェルは満足げに頷いた。


 「素材は正直よ。ちゃんと向き合えば、ちゃんと応えてくれるの。……あなたたち、筋は悪くないわ。ちゃんと教えれば、すぐに一人前になれる」


 その言葉に、料理人たちの目に希望の色が灯った。


 「本当ですか! 教えていただけるなら、なんでも頑張ります!」


 若い料理人たちが口々にそう言うと、ミシェルは満足げに笑った。


 「いいわ、期待に応えてみせなさい。私も、宮廷仕込みの技をこんなところで腐らせておくつもりはないもの」


 彼女の言葉には、決して驕りではなく、むしろこの場所で新たな挑戦をしようという意欲が滲んでいた。長年培ってきた技術を、心から料理を喜んでくれる人々のために振るえる場所――それは、彼女がずっと探し求めていたものなのかもしれなかった。



    



 厨房の視察を終えたミシェルは、広場の一角でゼノンと向き合っていた。


 「率直に聞くわね。あなた、私に何を求めてるの?」


 「大量の客をさばける効率と、一人ひとりの満足度を落とさない味、その両立だ。それと、若い料理人たちの育成も頼みたい」


 「欲張りな注文ね。……でも、嫌いじゃないわ、そういうの」


 ミシェルは笑いながら、エプロンの紐を結び直した。


 「実は私、宮廷を離れてからずっと、こういう場所を探していたの。腕を振るう相手が『貴族の舌』じゃなくて、本当に美味しいものを喜んでくれる人たちっていう場所をね」


 「ここなら、その願いは叶えられると思う」


 「ふふ、言うわね。……いいわ、乗ってあげる。この『魔味亭』とやらの厨房、まるごと預からせてもらうわよ」


 ミシェルはそう言うと、待ちきれないとばかりに袖をまくり上げた。


 「早速だけど、メニューも全面的に見直させてもらうわ。攻略前に食べる軽い前菜、攻略後にがっつり食べたい満足飯、それから――甘いものが欲しくなる人のために、デザートも充実させましょう」


 「あんたに任せる。ただし、価格帯については後で相談させてくれ」


 「もちろんよ。ちゃんと商売として成り立たせるのも、料理人の腕のうちだもの」


 ミシェルの即答に、ルナリアが安堵の表情を浮かべた。


 「これで厨房の問題も解決できそうですわね」


 「ああ。……いい人材が、また一人増えた」


 夕暮れの光が広場を染める中、新しく仲間に加わったミシェルの周りには、既に若い料理人たちが集まり、熱心に質問を投げかけていた。その賑やかな輪を眺めながら、ゼノンは静かに満足の息をついた。深遠のアミューズメント・グラウンドは、また一つ、大切な支柱を得たのだった。



    



 その夜、魔味亭では、さっそくミシェル特製の試作メニューが振る舞われることになった。噂を聞きつけたリクたちや、常連のレイラも顔を出し、賑やかな試食会となった。


 「わあ、この匂いだけでお腹が鳴っちゃう!」


 エマが目を輝かせながら、運ばれてきた皿に手を伸ばす。フォレストボアの香草焼きを一口食べるなり、彼女は思わず声を上げた。


 「なにこれ、今まで食べてきたのと全然違う!」


 「だろう? ミシェルの飯は、俺が保証する」


 ガルムが得意げに胸を張ると、周囲からどっと笑いが起こった。レイラもまた、静かに舌鼓を打ちながら頷いている。


 「……これなら、攻略後の楽しみが一つ増えるわね」


 シルフは早速、この新しい料理の数々を映像に収めようと、水晶レンズを構えていた。


 「これ、絶対配信映えするやつだよ! 料理系のコンテンツも需要ありそう!」


 「あら、映像に映してもらえるの? それは腕の見せ甲斐があるわね」


 ミシェルは楽しそうに笑いながら、次の料理の仕込みに取り掛かった。厨房から漂う香ばしい匂いが、夜の広場全体を包み込んでいくようだった。


 少し離れた席で、その光景を眺めながらゼノンは静かに杯を傾けていた。隣に座るルナリアが、ふと呟く。


 「また一つ、賑やかさが増えましたわね」


 「ああ。……この調子で人が集まってくれば、そのうち施設全体が一つの街のようになりそうだな」


 「あら、それも悪くない未来ですわ」


 二人の会話は、それ以上多くを語らずとも、この施設がこれからどこへ向かっていくのか、その輪郭を静かに描き出しているようだった。始まりはたった二人だったこの場所に、今では多くの仲間が集い、それぞれの得意分野で支え合っている。その積み重ねこそが、深遠のアミューズメント・グラウンドという名の奇跡を、日々確かなものにしていくのだろう。ガルムの豪快な笑い声、リクたちのはしゃぐ声、そしてミシェルが料理人たちに指導する凛とした声――それらが混ざり合い、深遠のアミューズメント・グラウンドの夜を、いつまでも賑やかに彩り続けていた。


 夜がさらに更けても、魔味亭の灯りはなかなか消えなかった。試作メニューの評判は、既に翌日の配信で紹介されることが決まっており、シルフは早くも編集作業に取り掛かっていた。噂はまた一つ、新しい形でこの施設の魅力を広げていくことだろう。

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