第十六話 風変わりな来訪者
王立ギルドからの正式書状が届いた翌日、俺はいつも通り、権限ウィンドウを前に魔法映像配信システムの構想を練っていた。
昨夜、ロレンツから提案された構想は、頭の中で幾度も反芻するうちに、確かな輪郭を帯び始めていた。攻略の様子を遠方にまで届けることができれば、実際に足を運べない人々にも、このダンジョンの魅力を伝えられる。それは、これまでの口コミという不確実な手段とは一線を画す、確実な広報手段になるはずだった。
「ロレンツの案は悪くない。……だが、実際に魔導技術として組み上げるには、俺一人の知識じゃ限界があるな」
地形変形や罠設置には自信があっても、遠隔地に映像を届ける通信魔導技術となると、話は別だ。俺はダンジョン運営の専門家ではあっても、通信魔導の専門家ではない。
「随分と珍しく弱音を吐くじゃない」
「弱音じゃない、現状分析だ。……得意なことと不得意なことを、正確に見極めるのも、経営者の仕事のうちだからな」
俺はそう言いながら、これまで集めてきた魔導具関連の資料を眺めた。だが、どれも決定打には欠ける。専門的な知識を持つ人材が、どうしても必要だった。
三年間のギルド生活で、俺なりに魔導技術の基礎は学んできたつもりだった。だが、遠隔地への映像伝送となると、それは全く別種の専門性が求められる領域だ。地形や罠の設計とは違い、こればかりは、生半可な知識で手を出すべきではないと、俺自身よく理解していた。
「餅は餅屋、って言うだろう。……こういう分野は、本物の専門家に任せた方がいい」
「言うのは簡単だけど、そんな都合のいい専門家、そう簡単に見つかるものかしら」
「まあな。……気長に探すしかないだろう」
俺は苦笑しながら、資料を丁寧に片付けた。
その日の午後、いつものように第一階層の見回りをしていると、入り口付近で、見慣れない人影がきょろきょろと辺りを見回しているのが目に入った。
エメラルドグリーンのショートボブに、額に丸眼鏡を引っ掛けた、二十歳前後と思しき女性だった。機械修理用のつなぎ風の衣服を纏い、ポケットからは複数のドライバーや、見たこともない形状の魔石レンズがはみ出している。
「あの、すみません! ここ、最近噂になってるダンジョンで合ってますか!?」
俺に気付くと、彼女は勢いよく駆け寄ってきた。息を切らしている様子から、どうやらかなり急いでここまで来たらしい。
「ああ、合っている。……何か用か」
「アタシ、シルフっていいます! 実は、ここのダンジョンから漏れ出てる魔力波形が、あまりにも変わった性質をしてて、居ても立っても居られなくなって来ちゃいました!」
俺は思わず息を呑んだ。シルフ――ルナリアが以前口にしていた、あの名前だった。
「なあルナリア……」
「ええ、私も気付いているわ。……この子、感じ取っていた気配の主で間違いなさそうね」
ルナリアが小声で耳打ちしてきた。俺は改めて、目の前の女性を見つめ直した。人懐っこそうな瞳と、隠しきれない好奇心に満ちた表情。どこか浮世離れした雰囲気を纏いながらも、その仕草には確かな技術者としての鋭さが感じられた。
「魔力波形が変わってる、というのは、具体的にどういうことなんだ」
俺が尋ねると、シルフは待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「聞いてくれますか!? 普通のダンジョンって、魔力の流れがすごく単調なんですよ。魔物を生かすためだけの、無駄のない一直線の流れ。でも、ここのダンジョンは違う! 感情由来の複雑な波形が、あちこちで綺麗に循環してるんです! こんなの見たことない!」
シルフは早口でまくし立てながら、懐から取り出した小型の測定器を、興奮気味に振り回した。
「アタシ、ハーフエルフで、魔導技師をやってるんですけど……こういう変わった魔力現象を見つけると、居ても立っても居られない性分でして。噂を聞いて確かめに来たら、想像以上にとんでもない場所で……!」
「落ち着け。……とりあえず、中を案内しよう」
俺はそう言いながら、シルフを第一階層へと案内した。彼女は浮遊足場ゾーンの重力制御の仕組みや、感情マナ変換の魔導構造を目にするたびに、子供のように目を輝かせ、興奮気味に測定器を走らせていった。
「うわ、これ……! 重力制御と感情マナ変換を、こんな緻密に連動させてるなんて……! この設計図、誰が組んだんですか!?」
「俺だ」
「嘘でしょ!? こんな複雑な術式構成、専門の魔導技師でも簡単には組めないですよ!?」
シルフは目を丸くしながら、俺の顔をまじまじと見つめた。俺はその反応に、思わず苦笑した。
第二階層の迷宮レストランに案内すると、シルフはさらに興奮を隠せない様子だった。香りの誘導トラップの魔導回路を、まるで宝物でも扱うかのように、丁寧に調べ上げていく。
「これ……匂いだけを狙って発生させて、しかも本物との違いを絶妙に演出してるんですね。悪趣味だけど、発想が天才的です!」
「悪趣味は余計だ」
「褒めてるんですよ! アタシ、こういう凝った意地悪、大好物なんで!」
シルフの言葉に、俺とルナリアは思わず顔を見合わせて笑った。
「実はな、シルフ。……お前に頼みたいことがある」
「頼みたいこと、ですか?」
「魔法映像を使って、このダンジョンの攻略の様子を、遠方にまで届ける仕組みを作りたい。……お前ほどの技師なら、実現できるんじゃないか」
シルフは一瞬、目を見開いた後、みるみるうちに満面の笑みを浮かべた。
「面白い! めちゃくちゃ面白いです! やります、やらせてください!」
「本当にいいのか。……ろくに条件も提示していないぞ」
「条件なんて、後回しでいいです! こんな面白い魔導現象に囲まれて仕事ができるなら、それだけで十分すぎるくらいです!」
シルフは興奮気味にそう言い放つと、早速持参していた道具箱から、何やら魔石の部品を取り出し始めた。
「ちなみに、映像配信の仕組みって、どんなイメージをお持ちですか?」
「攻略の様子を、遠方の街にも届けたい。……できれば、実況のような解説も添えられれば、もっと臨場感が出ると思っている」
「なるほど、なるほど……! 魔法映像を投影する『マジック・ミラー』の技術自体は、アタシある程度心得があります。でも、遠隔地まで安定して届けるとなると、中継用の魔導中継塔がいくつか必要になりそうですね」
シルフは早口でそう説明しながら、手帳に次々と図式を書き込んでいった。専門用語を交えながらも、その説明は驚くほど明快で、俺は思わず引き込まれるように聞き入ってしまった。
「中継塔の設置には、それなりの費用と時間がかかるだろうが」
「大丈夫です! まずは小規模な範囲から始めて、評判が広がるにつれて中継範囲を拡張していけばいいんです。……それに、こういう新しい試みは、少しずつ形にしていく方が、失敗も少なくて済みますから」
シルフの提案は、これまでゼノンが積み重ねてきた「段階的に拡張していく」という運営スタイルとも、見事に合致していた。
「なあルナリア、随分と話が早いな」
「あら、あなたも似たようなものでしょう。……理屈より先に、面白そうという直感で動くところ」
俺は思わず苦笑した。図星だったからだ。
その夜、俺はダンジョンの最奥で、新たな仲間の加入を、ルナリアと共に喜び合っていた。
「まさか、こんなにも早くシルフとの縁が結ばれるとはな」
「言ったでしょう。……案外近いうちに、縁が結ばれるかもしれないって」
「ああ。……お前の言った通りだった」
俺は静かに笑みを浮かべながら、権限ウィンドウに新たな構想を書き込み始めた。魔法映像配信システムの実現が、いよいよ現実味を帯びてきた。
シルフは早速、ダンジョンの一角に簡易的な作業スペースを設け、中継塔の試作品作りに取り掛かっていた。深夜になっても手を止める気配はなく、時折「ここをこうすれば……」などと独り言を呟きながら、夢中になって作業を続けている。
「随分と精力的だな」
「面白いことに夢中になると、周りが見えなくなるタイプみたいね」
「悪い癖じゃない。……むしろ、そういう人材こそ、貴重なものだ」
俺はそう言いながら、シルフの作業する後ろ姿を、しばらく静かに見守っていた。三年間、誰かと本気で何かを作り上げる経験のなかった俺にとって、こうして情熱を共有できる仲間の存在は、何物にも代えがたいものだった。
「なあルナリア。……シルフが来たということは、もしかしてガルムとの出会いも、そう遠くないかもしれないな」
「かもしれないわね。……楽しみにしていましょう」
俺は夜空に瞬く星々を見上げながら、静かに、しかし確かな期待を新たにした。役立たずと切り捨てられた男の逆襲劇は、こうしてまた一つ、新たな仲間を迎え、次なる章へと歩みを進めていくのだった。
誰も見向きもしなかった最弱ダンジョンは、こうしてまた一人、心強い仲間を迎え入れた。三人の駆け出し冒険者との出会いから始まり、レイラのような常連客、ロレンツのような協力者、そして今また、シルフのような技術者――一人一人との出会いが、確かにこの場所を、より大きな存在へと育て上げている。
「なあシルフ、一つ聞いていいか」
「なんですか?」
「お前は、これまでどんな仕事をしていたんだ」
俺がそう尋ねると、シルフは少し困ったように苦笑した。
「正直に言うと、あちこちの工房を転々としてたんです。……アタシの発想、周りからは『突飛すぎる』とか『実用性がない』とか言われることが多くて。なかなか、腰を据えて働ける場所が見つからなくて」
その言葉に、俺は思わず共感を覚えずにはいられなかった。理解されない発想を持つ者同士、境遇はどこか似通っている。
「ここなら、お前の突飛な発想も、思う存分活かせるはずだ。……むしろ、突飛であればあるほど、大歓迎だ」
「本当ですか!?」
「ああ。……このダンジョンは、常識を疑うところから始まった場所だからな」
シルフは目を輝かせながら、何度も頷いた。俺はその様子に、静かな確信を抱いた。この出会いは、間違いなく、次なる大きな飛躍への礎になるはずだった。
その夜遅く、俺はふと、これまでの道のりを振り返っていた。追放された日、瓦礫だらけの穴蔵に一人立ち尽くしていたあの瞬間から、こうして仲間が一人また一人と増えていく今日まで、確かに一歩一歩、着実に歩みを進めてきた実感があった。
「なあルナリア。……お前が最初に言っていた通りになったな」
「何がかしら」
「ガルムやシルフのような、特別な力を持つ者との縁が結ばれるって話だ。……まさか、こんなにも自然な形で実現するとは思わなかった」
「あなたがこの場所を、心から必要とされる場所に育て上げてきたからこそよ。……特別な力を持つ者ほど、自分の力を正しく発揮できる場所を、無意識に探しているものだから」
ルナリアの言葉に、俺は静かに頷いた。三年間、自分自身がそうであったように、シルフもまた、自分の力を正当に評価してくれる場所を、ずっと探し続けていたのかもしれない。
「これから、シルフの技術で、このダンジョンはさらに大きく飛躍するはずだ」
「ええ、きっとね」
俺はそう言いながら、静かに拳を握りしめた。三年前には想像もできなかった規模の展開が、今まさに、目の前に広がろうとしていた。
夜風が静かに吹き抜ける中、俺はシルフの作業する明かりを見つめながら、明日への期待を新たにした。魔法映像配信システムの完成、そしていずれ訪れるであろうガルムとの出会い――これから先の展開を思うと、自然と胸が高鳴った。
「役立たずと切り捨てられた男の逆襲劇は、こうしてまた一つ、新たな仲間を迎え、次なる章へと歩みを進めていくのだった」
俺は静かに、しかし確かな決意を込めて、そう呟いた。ルナリアも、静かに俺の隣で頷いていた。彼女の紅い瞳には、これから訪れるであろう新たな展開への、確かな期待が宿っているように見えた。
二人の視線の先には、まだ見ぬ未来が、静かに、しかし確実に広がっていた。誰も見向きもしなかった穴蔵から始まったこの逆襲劇は、こうして新たな仲間と共に、次なる大きな飛躍へと、その歩みを進めていくのだった。
その先に待つ未来の広がりを、この時の三人は、まだ完全には知る由もなかった。それでも確かに、彼らの歩みは着実に前へと進んでいた。
夜はいつまでも静かに更けていった。その静けさの中で、明日への希望だけが確かに輝いていた。役立たずと呼ばれた男の物語は、まだ終わらない。むしろ、これからが本番だった。
そう確信しながら、俺は静かに目を閉じた。明日への希望を胸に抱きながら。その希望は、決して色褪せることはなかった。そしてまた新しい朝が訪れる。
その朝を、俺は静かな確信と共に待ち望んでいた。それはきっと、良い一日になるはずだった。そして間違いなく、確かな一歩となるはずだった。その確信を胸に、俺は静かに眠りについた。
夢の中でも、次なる設計図を思い描いていたような気がした。翌朝の目覚めは、これまでにないほど清々しいものだった。
新たな一日の始まりを、俺は確かな期待と共に迎えることになる。その先に、どんな出会いと物語が待っているのか、まだ誰も知らなかった。だが確かなことは一つ、この歩みが止まることはないという、揺るぎない確信だけだった。
俺は静かに拳を握りしめ、来るべき明日に向けて、心を新たにするのだった。その決意を胸に、三人はまた新しい一日を迎える。夜明けはもうすぐそこまで近づいていた。
その先には、まだ見ぬ広い世界が待っている。俺はその世界に向けて、確かな一歩を踏み出す。その歩みに、迷いはなかった。
明日への希望だけが、確かに三人を照らしていた。夜はしんしんと更けていった。
そしてまた新しい朝がやってくる。役立たずと呼ばれた男の逆襲は、まだこれからも続いていく。
その歩みは、誰にも止められない。
確かな自信と共に。




