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第5話「別の顔」

 その日、ダンジョンに入ってすぐ、妙なものを見た。


 いつもと違う通路を選んだだけだった。理由はない。なんとなく、前回と同じルートを外したかった。それだけだ。


 曲がり角の手前で、音が聞こえた。


 声じゃない。金属が何かに当たる音。それから、短い息の音。


 僕は角の手前で止まった。覗くつもりはなかった。ただ、足が止まった。


 そのまま、少しだけ見た。


 ゴブリンが二体いた。その前に、一人で立っている人間がいた。


 上村緋色だった。


 一瞬、見間違いだと思った。でも違った。制服じゃなくて動きやすそうな格好をしていたけど、顔は間違いなく緋色だった。手に、細身の剣を持っていた。


 ……なんで緋色がここにいるんだ。



 緋色は、笑っていた。


 学校で見る笑顔じゃなかった。誰にでも向ける、あの明るい笑顔とは全然違う。もっと剥き出しの、たぶん本人も気づいていないんじゃないかというくらい、自然な笑いだった。


 楽しそうだった。本当に、心から楽しそうだった。


 ゴブリンが一体踏み込んできた。緋色は横にステップして、すぐ間合いを詰めた。剣が走る。ゴブリンがよろめく。もう一体が背後から来る。緋色は振り返りもせずに後ろに肘を入れた。ゴブリンが壁に当たる。


 速かった。無駄がなかった。


 僕がゴブリン一体相手にてこずっている間に、緋色は二体を相手にして、まだ余裕があった。


 ……正直、ちょっと引いた。



 しばらく、動けなかった。


 見ていた。ただ見ていた。


 緋色はゴブリンを一体片付けて、もう一体に向き直った。さっきより踏み込みが深くなっていた。高揚しているのがわかった。戦いながら、加速している感じがした。


 二体目も倒した。


 静かになった。


 緋色は少しだけ息を整えて、剣を下ろした。それから、誰もいないはずの通路を見回した。


 僕は咄嗟に、角の陰に身を引いた。心臓がうるさかった。見られたとは思わなかったけど、なぜか焦っていた。


 なんで隠れてるんだ、僕は。



 しばらくして、足音が遠ざかった。


 緋色は一人で、次の通路へ向かっていった。誰かと来ていた様子はなかった。待ち合わせている感じもなかった。最初から一人で来て、一人で戦って、一人で次へ進んでいった。


 僕はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。



 学校での緋色と、今見た緋色が、うまく繋がらなかった。


 同じ人間だ。わかってる。でも、どっちが本当なんだろうと思った。


 いや、たぶんどっちも本当なんだろう。ただ、学校では見せない顔があった。あの笑顔は、クラスメイトには向けていないやつだった。


 関係ない、と思おうとした。でも、さっきの顔が頭から離れなかった。


 ゴブリンの前で、あんなふうに笑える人間がいるんだ。


 僕はまだ、ゴブリンを見ると胃が縮む。それが少しだけ、悔しかった。



 その日の戦闘は、いつもより集中できた。


 理由はわからない。さっき見たものが、何かを刺激した気がした。


 ゴブリン一体相手に、今日は前より長く立っていられた。倒せなかった。逃げた。でも、前回よりは動けた。


 出口を出て、ベンチに座った。ノートを開く。負けたときはいつもそうしていた。


 今日の分を書いた。前より長く立っていられた。パイプが二回当たった。でも三発目の連続攻撃でかわしきれなかった。そこが次の課題だ。


 書き終えてから、ふと思った。


 上村緋色は、ダンジョンで一人で潜っている。


 それだけは、確かだった。

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