第40話
「『だから』……の意味が分からないんだけど……」
「ん?いや……ひょんなことから公爵になる事になったからな。結婚でもしようかと思って」
「結婚って……そんな簡単にするものなの?」
「きっかけなんて何だって良いだろ。で、答えは?」
「………無理よ」
ノアの軽さについて行けない。私は当たり前の様に断った。
「何故だ?俺が嫌いか?」
嫌いかと尋ねられれば『否』と自信を持って言える。だが、貴族の結婚なんてそんなものではない事ぐらい、私だって分かっている。
「何言ってるの……。ほんの少しの間だったけど、貴族の世界を垣間見たのよ?私にだって貴族にとって結婚が何を意味するかぐらい分かってるつもり。しかもノアは公爵になるのでしょう?家の為になるご令嬢と結婚するべきだわ」
「はぐらかすなよ。もう一度訊く。俺が嫌いか?」
「だから!そんな事言ってるんじゃなくて……」
「好きか嫌いかを訊いている。ちゃんと答えてくれ」
いつになく真剣なノアに、私も真面目に向き合う。
「嫌いな訳ないじゃない。私が不安でどうしようもない時『助ける』と言って貰えてどれだけ私が救われたか。王宮では本当に怖くて……。その時に貴方の存在がどれだけ心強かったか。でも……貴方は貴族。私は平民。好きとか嫌いとかの感情ではどうにもならない事があるの、だから……」
そう言う私をノアは思いっきり抱き締めた。
「こんな事なら身分制度をぶっ潰すぐらいに反乱軍に頑張って貰えば良かったかな?」
「……馬鹿言わないで。貴方は陛下を裏切れない」
「これは……言うかどうか迷ってたんだが……。メリッサの父親であるレインズ侯爵が捕まった」
私は急に話し始めたノアの話に違和感を覚える。
「何故そんな話を今?そのレインズ侯爵も反乱軍の一件と何か関係が?」
私はノアに抱き締められたまま尋ねた。
「いや……彼、いや奴が捕まったのは殺人の罪だ」
「殺人?誰かを……殺したの?」
「まぁ……本人は否定しているし、きっと直接手を下した訳ではないだろう。人を使って自分に都合の悪い者を消す……それが貴族のやり方だ」
私はまだ何故ノアがこの話を始めたのか分からずに困惑していた。
「やっぱり貴族って……好きになれないわ」
「だな。俺もだ」
「……で、そのレインズ侯爵って……誰を殺したの?」
私の問にノアの腕に何故か力が入った。少しだけ苦しいが、ノアの心臓の音がドキドキと大きく鳴っているのが聞こえ、私も同じ様にドキドキしてしまう。これからノアの言う事が私にとって、何か重要な事の様な気がして、怖い。
「奴が殺したのは……お前の母親だ」
衝撃的な答えに私は言葉をなくした。
「私の……お母さん?」
レインズ侯爵と母との間に何の繋がりがあるのか見当もつかない。それに何故母は殺されなければならなかったのか……も。
ノアはゆっくりと私を離すと、私の肩に手を置いて目を合わせた。
「これから言う事は今までお前が知らなかった事実だ。この事を隠してきた者には申し訳ないが、俺はお前がこれを知るべきだと思う」
ノアの回りくどい言い方が気になった。『隠してきた者』……その人はレインズ侯爵が母を殺した事を知っていて、私に秘密にしていたって事?
「それは……」
すると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。振り返ると、そこには悲しそうな顔のアダンが立っていた。
「アダン……」
「続きは俺から言うよ。壁が薄い部屋ってのは、全く厄介だな」
アダンはそう言うと私の隣に腰掛けた。
「アダン……貴方は知っていたの?」
「うーん……母親が死んでいた事も犯人についても確証は無かった。薄々は……って所だ。今回……ノアに話を聞いて……俺の知っている事実と擦り合わせて真実が見えてきたって感じだな。
まずは順序立てて言う。お前と俺は父親の違う兄妹だ。異父兄妹って事だな」
「異父兄妹……」
全く考えた事が無かった事実に私は何も言えず、アダンの言葉を繰り返すだけで精一杯だった。
「俺の父親の事はとりあえず置いといて……お前の父親は多分そのレインズ侯爵って奴だ」
「え……?!」
「俺たちの母親はレインズ侯爵家で洗濯メイドとして働いていた。旦那……俺の父親は俺が赤ん坊の頃に仕事中の事故で死んで、母親は女手一つで俺を育てていた。母親は綺麗な人で……屋敷の主、レインズ侯爵に目をつけられたんだ」
目をつけられた……もしや無理矢理?
私の顔に嫌悪感が浮かんでいたのだろう。ノアが私を落ち着かせる様に手を握った。
アダンはそれをチラリと見て口を開きかけたが、大きく息を吐いて話しを続けた。
「まぁ……お前の予想通りでその内母親は妊娠した。あの時……母さんは毎日泣いてたよ。その時の俺は幼すぎて、それが何故だか全く分からなかった。
その内母さんは何かに怯える様になって……俺たちは引っ越した。今思えば、レインズ侯爵邸から離れようとしてたんじゃないかと思うんだ」
じゃあ……お母さんが怖がっていたのは……レインズ侯爵?
「その内……俺に可愛い妹が生まれた。それがお前だよ、ニコル」
そう言ってアダンは微笑んだ。




