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第38話

私は急いで陛下を抱き起こすと、そのまま扉へと走った。


「ノア……!!」


扉を開けた瞬間、ノアが私の方へと倒れ込む。ノアの体は血まみれだった。


「ノア……!!しっかりして!!」


私は自分が同じ様に血まみれになる事など気にもせず、ノアを抱きとめた。しかし、力の抜けた大男を支えきる事が出来ず、ズルズルと一緒に倒れ込む。


背後から、


「ニコル!大丈夫か?!」

と陛下の慌てた声が聞こえる。


「私は大丈夫です……!でもノアが……!」


「……大丈夫だ……。殆ど返り血だから」


しかし私はノアが右腕を押さえている事に気付く。指の間からはとめどなく血が流れていた。


「腕を怪我してるわ」


「……かすり傷だ……」


そうは思えない状態に、私は自分のスカートの裾を切り裂いて細い帯状にした布で、ノアの腕を縛る。


開いた扉の向こうには四人の黒尽くめの男が倒れていた。


「あれを……一人で?」


「ハァ……あっちは五人居た。一人は逃げた」


「逃げた?では追いかけさせないと!」


「……大丈夫だ。わざと逃がした。宰相の家、別宅、それぞれに俺の仲間が待ち伏せている。犯人が宰相の元へと行けば、暗殺の首謀者が宰相だという証拠になる。これで宰相は終わりだ」


ノアは私の腕から離れ、何とか体を起こした。


「治療しなくちゃ……」

私の声は震えていた。

しかし、ノアは私の背後で床に座り込む陛下に視線を移すと、


「陛下……ご無事で何よりです。これで宰相と……メドレスとの思惑は潰れます」

と頭を下げる。


そんなノアに陛下は、


「良くやった」

と一言だけ声を掛けた。


陛下の気持ちは……本当はどうなのだろうと私は思った。もしかすると、カサンドラ様の側に行きたかったのではないか。自ら命を断つ事が許されない立場から……本当はこういう死を望んでいたのではないか……。

そんな考えを振り払う様に私は頭を振った。これから……事が大きく動く。私はそれを……最後まで見守る事が出来るのだろうか。



それから……目まぐるしく事が動いた。


あの時近衛か廊下に居なかったのは、交代の時間になっても、新たな護衛が来なかった為、ほんの少し持ち場を離れた事が原因だった。

交代の護衛の足止めをしたのはノアだったが、持ち場を離れた護衛は宰相の雇った暗殺者の餌食となっていた。ノアはほんの少し、自分が部屋へ入り込む為の時間稼ぎのつもりだったが、護衛が斬りつけられていた事で、物凄く落ち込んでいた。護衛の命が助かった事だけが、救いだったと言える。



「落ち込まないで。命は助かったわ」

ノアの腕の包帯を交換しながら私は言った。


「だが……」


「どちらにしろ、廊下に居れば護衛はやられていた。逆に交代に現れなかった護衛は貴方のお陰で命拾いしたのよ」

そう言ってもノアの表情は晴れなかった。


「おい。そろそろ店始めるぞ」



「分かった!ノア、今日は王宮へ行くのでしょう?」



「あぁ。まだまだ混乱の極みだ。陛下の様子も気になる」



私を呼びに来たアダンは少し間を置いて、



「俺は先に下に降りてるから」


そう言って階段をまた降りて行った。


陛下の名前が出た事で、私は視線を床に落とす。


「どうする……お前も行くか?」


「もう……私は関係ない人間だから」



あれから一週間程が経っていた。


宰相の狙いはクーデター。陛下の暗殺に乗じて反乱軍も叩き、自分がこの国を乗っ取るつもりだった様だがその思惑は叩き潰された。彼は今、牢屋の中だ。これから刑が決まるらしい。

裏にいたメドレスも我が国の同盟国のいくつかから国交を切られ、色々な問題が起きているらしい。

反乱軍も騙されていた結果だが、陛下への世間の目も厳しいことは確かだった。



「引き継ぎはどう?上手くいってる?」


私がノアに尋ねたのは、新国王となる公爵の話だ。

陛下は今回の責任を取るという形で国王の座を譲ると宣言した。王はこの国の象徴だ。反対する貴族も多くいた。そこで陛下は自分の病気を公表したのだ。知っていたのは主治医と……私だけ。

皆が驚いていた。もちろんノアも。


王宮を去る私に陛下は言った。


『放っておけば、私はいずれ天に召された。私は別に王政など無くなっても良いと思っていたんだ。だが……お前は違う。私はニコル……お前という一人の国民を蔑ろにした。私に王の資格はない』


陛下は自分の罪を認めると国民に宣言した。刑に処する様に……と。そして、次の国王に自分とは血縁関係にはないが、我が国の産業を担っていたリード公爵にその座を譲ると指名した。


「リード公爵は難色を示していたが、陛下の説得に応じてくれる事になった。彼も王政の存続を願っていた貴族の一人。複雑な心境である事は間違いないだろうが、陛下の言う事を聞き入れない……というのもまた、難しいのだろう」



「陛下は?……処刑されるの?」


私はずっと怖くて訊けなかった質問を口にした。声が震えた。


「それを今から話し合うんだ。何故その場に俺が呼ばれているのかは理解に苦しむが……俺は今でも陛下を守るつもりでいる」


「反乱軍にスパイとして潜り込み、単身で暗殺者と対峙して……陛下のお命を救ったのは貴方だわ」


「俺は近衛として当然の事をしただけだ」


包帯を巻き終わったノアはシャツを着ながらそう言った。


今、ノアは何故か私と一緒に暮らしていた。とは言え、アダンから『別の部屋に!』と言われ、ノアはそれに大人しく従っていた。

『これからニコルを落とさなきゃならんからな。側に居ないのは、不利だろう?』

ノアの言い分にアダンは物凄く嫌な顔をしたが、私の命の恩人だと、何とか自分に言い聞かせている様だ。



「女将さんの体調はどうだ?」


「足はまだ動かせないらしいけど、口だけは元気よ。今日も夜の営業が始まる前にお見舞いに行ってくる」


階段を踏み外して足を骨折した女将さんは今、病院に入院中だ。その手配をしてくれたのもノアで、何だか外堀を埋められている様な気分になる。




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