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第30話

「そもそも陛下はメリッサを……」


「ちょ、ちょっと待って。サラッと今、変な事を言わなかった?」

バルコニーで揉めている場合ではないが、ついつい会話を遮る。


「変な事は言っていない。前にも言っただろ?俺はお前みたいな女が好きなんだ」


『お前みたいな』は『みたい』であって、『お前』ではない。それは告白とは違うだろ!と突っ込みたかったが、ノアは、


「ほら、行くぞ。店はもう夜の開店時間を迎えてる。さぁ、俺が先に枝に移って腕を伸ばすからそれに掴まるんだ。後は俺が抱えて下ろす」


「え?あ、うん……」


「じゃあ」

私の疑問を残したまま、ノアはさっさと枝へと渡った。

私は腑に落ちないながらも、伸ばされたノアの腕を掴んだのだった。



「ニコル!!」

お盆を手に客に料理を提供していたアダンが私の顔を見て声を上げた。


「アダン!元気そうで良かった」

アダンは、お盆を片手に持ったまま、私を抱きしめる。私も久しぶりのアダンの温もりに、泣きそうになりながら、背中へ腕を回して抱きしめた。


「おや?ニコル久しぶりじゃないか」

常連客に言われ、


「ベイカー公爵様の御屋敷で働いてるの。女将さんが倒れたって言うから、夜だけ手伝いに来たのよ」

私は客とアダンの両方に聞こえる様にそう言った。


「いいのか?御屋敷はそれで」

アダンは少し戸惑った様子で私に尋ねる。


「うん、大丈夫。公爵様はお優しい方だから」


アダンに嘘をつくのは正直少し心が痛むが、本当の事は誰にも言えない。


ここまで誰にも気づかれず来れたのはノアのお陰だ。あの『秘密の通路』って……私に教えても大丈夫だったのかしら?


私の後ろに居るノアにアダンは目をやると、


「貴方はこの前の……女将さんの事を伝えたのは貴方ですか?」

と尋ねた。


「そうだ。だが手伝いたいと言ったのはニコルの意思だ」


「ありがとうございます」

アダンはノアへ頭を下げた。


「へー。ニコルは今はベイカー公爵の屋敷で働いてんのか!」

他の客からそう言われ、私は頷いた。


「ベイカー公爵と言えば、こんな話、知ってるか?この前ベイカー公爵領に住んでた俺の従兄弟がよお、領地を全て農地にするからって追い出されたって話だ」

また他の客からそう言われ、私は咄嗟にノアを振り返った。ノアもその言葉に困惑している。


「そ、そうなんだ。私、下っ端だからさ、そんな話は聞いたことないや」

私はとりあえずそう答えるに留まった。領民を追い出す?農地にするのであっても人手は必要な筈だ。私はその話に違和感を覚えた。



「ありがとな、手伝ってくれて」

アダンは笑顔で私達を見送る。


「明日も来るわ!」

と言う私の脇腹をノアが突っつく。


「おい!今日だけじゃないのか?」

小声のノアに、


「当たり前じゃない。女将さんが復帰するまでよ」

私も小声で答えた。


帰る前に女将さんの部屋も覗いた。顔色は思ったほど悪くなかったが、老けたな……と思った。


少し先に繋いだ馬まで向かう道すがら、私はノアにさっきの違和感について話た。


「ねぇ、さっきのベイカー公爵領の話、どう思った?」


「怪しいよな。……領地を手土産に他国へ渡る……か。あり得るな」


「でも……前公爵様が療養していらっしゃるのでは?」


「だよなぁ。まさかもう亡くなった……とか?」


「葬儀も無し?」


「これは……内密な話だが、前公爵の事故は誰かに仕組まれたのではないか……と言われている」


私は陛下の話を思い出していた。陛下もはっきりとは言っていなかったが……。


「陛下から落馬の事故の話を聞いたけど……陛下は公爵様を疑っているような口ぶりだったわ。もちろんはっきりと口にはしなかったけど」


「陛下だけじゃない。何人かの貴族はそれを疑っていた。証拠はなかったが。それを考えると前公爵が亡くなった事を別に知らせなくてもおかしくない」


「自分の父親なのに……?」


「それを気にする男か?」


ベイカー公爵の優しげな笑顔を思い浮かべた。人というのは表面をあれほどまでに取り繕う事が出来るのかと考えると怖くなる。


「はぁ……人間不信になりそう」

私のため息にノアは少しだけ辛そうな顔をした。


「さぁ、馬に乗るぞ」

私の呟きを無視する様にノアは馬に跨り、私に手を伸ばした。





王宮に着き、また枝を伝ってバルコニーへ降り立つ。


「じゃ、俺は戻る。さっさと寝ろよ」

ノアは私に背を向け、バルコニーの縁に足をかける。私はその背に声をかける。


「ノア、ありがとう。私を連れて行ってくれて。あと……店の手伝いも」

ノアは結局、私と共に店を手伝ってくれた。ノアは振り返る事なく、軽く片手を上げてまた木へと飛び移った。


それから私は三日間、王宮を抜け出して店を手伝いに行った。


「ニコル、本当にありがとう。女将さんも明日からは店に立てそうだ」

アダンの笑顔に私もホッとして笑顔を返した。


「じゃ!アダンも身体に気をつけて」

私が手を振ると、アダンも手を振り返しながら、


「お前もな!元気で!」

と私に声をかけた。私はその言葉に胸が痛む。私は処刑される為に存在している身代わりなのに……。


アダンから私達の姿が見えなくなった頃、ノアが急に立ち止まった。


「ノア?どうしたの?」

私も立ち止まり足を止めたノアを振り返る。


「このまま……お前は逃げろ」


「逃げる?このまま?」


確かにここは王宮じゃない。今なら逃げ出せる。しかし……


「私が今逃げたら……廊下で護衛している近衛はどうなるの?罰を受けるぐらいじゃ済まないんじゃない?」

私の問いにノアは黙り込む。


「……私のせいで誰かが罰を受けたり……命を落としたりするのは嫌だわ。さ、馬に乗りましょう」

私はノアの答えを待たずに、スタスタと馬の方へと歩みを早める。

ノアのその提案に心が飲み込まれてしまうような気がした。

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