第29話
「部屋に居ないから心配しただろ」
ノアに部屋まで護衛されながら、今私は怒られている。
「陛下が心配だったの」
「朝まで?」
「……陛下が寝ぼけて私の手を握っていたのよ。せっかく寝てるのに起こすのも悪いと思って」
「手を?!」
ノアの声が思ったより、朝の廊下に響く。
「ちょ!ちょっと、騒がないでよ」
「あ……すまん」
謝るノアをひと睨みして私はふと気になった。
「『部屋に居なかった』って……なんで知ってるの?」
「…………………訪ねたんだ」
「は?また?バルコニーから?」
「バルコニーの前にちょうど良い枝ぶりの木があるからな」
理由になっていない。
「で?どうして私の部屋に?夜は休みだったんでしょう?」
「まぁ……。ちょっと……」
さっきまで凄く不機嫌だったくせに、急に歯切れが悪くなる。
「何?何か用があったの?」
「お前が陛下の看病に行っていたと聞いた上でこれを言うのはなぁ……」
「?どういう事?はっきり言ってよ!」
「……お前が働いていた食堂の女将さんが倒れた。まぁ……年齢も年齢だからだが、過労だろうと。一週間程休めば良くなるらしいが……」
「お店、大変じゃない!!」
「まぁ……昼はもう一人の女性の給仕がなんとか頑張ってるが……夜がな……」
「……夜……ここを抜け出したり出来ないかしら?」
私の言葉にノアは思いっきり顔を顰めて、
「言うと思った」
と呟いた。
そうこうしている間に私の部屋に着く。
そう言えば……夫婦の部屋ってこんなに離れているものなの?
「ねぇ……」
私がその事を質問しようと口を開きかけた時、私の部屋の扉が勢いよく開き、そこには鬼の様な形相をしたマギーが立っていた。
有無を言わせず、私はマギーに部屋へと引き込まれ、ノアはその鼻先で扉をバタン!と閉められた。
「こんな朝早くから、どちらへ?」
マギーの声には明らかな戸惑いと怒りが混じっている。……何なの?この反応。
「陛下のお見舞いに……」
「勝手な事はしないで下さい!!」
ピシャリとマギーに言われ、私は一瞬黙った。だが……
「どうしてマギーにそれを指図されなければならないの?」
と気づけば私は反論していた。
その私に、マギーが詰め寄る。
「いいですか?貴女は何か勘違いをしています。貴女は単なる身代わりです。別に貴女が王妃の立場になった訳じゃない。陛下にそうやすやすと近づける様な身分を持たないのです。身の程を弁えて下さい!」
「身代わりな事は理解してるわよ。貴女の大事なメリッサ様の代りに王国軍が敗戦した時には処刑されたら良いんでしょう?でも、もし反乱軍が負けたら?その時はどうするの?メリッサ様はまたノコノコと王妃の座に返り咲くの?公爵を捨てて?それとも私がこの国の王妃として生きて……」
そこまで私が言った時、頬に痛みが走った。
それがマギーが私の頬を打ったものだと理解するのに少し時間がかかってしまった。
「痛……」
本当は痛みより驚きが勝っていた。私は打たれて熱くなった頬を冷ます様にそっと頬に手を当てる。
「貴女という人は……っ!!調子に乗るのもいい加減になさい!陛下が貴女に目をかけているのは、メリッサ様に重ねているからで、貴女が陛下に気に入られたわけではないのです!」
「別に気に入られているつもりはないわ!」
「嘘おっしゃい!陛下に媚びへつらって!メリッサ様は誇り高き女性でした。貴女の様にコソコソと周りにも気に入られる様に卑屈な振る舞いをする方では無かったのです!メリッサ様の名誉を汚す様な事をしないで下さい!」
「コソコソって……。誇り高いんだか、傲慢なんだか知らないけど、王妃が嫌われてたからって私に当たらないでよ!」
『悪名高き王妃メリッサ』
私はあの噂話を鵜呑みにしていた訳ではない。だが、マギーの口ぶりやノアの話からメリッサがこの王宮で孤立していたのは間違いないだろう。
「貴女なんかにメリッサ様の何が分かるというのてす。……もう我慢出来ない。メリッサ様の頼みでなければ貴女などに仕えるなど……」
「……私の正体がバレない為に貴女は此処に残ったんじゃないの?」
私の問いに、マギーは一瞬黙り込んだが、直ぐに、
「そうですよ。メリッサ様が安全な場所へと避難されるまで……私は此処に居なければならない」
マギーは下唇をグッと噛み締めた。余程私の世話をするのは屈辱らしい。
「朝食は準備出来ています」
震える声でマギーはそう言うと、部屋から出て行った。
私とマギーの仲はますます険悪になった……という訳だ。
夜。
「本当に行くのか?」
「その為に貴方も夜勤を違う人に頼んだんでしょう?」
ノアは最後の最後まで反対していたが、なんだかんだと、平民の服を用意したり、顔を隠す為のスカーフを用意したりと協力してくれた。
「アダンだけで厨房と給仕まで手が回らないわ」
「なら店を休みにしたら良いだろ」
「馬鹿ね。一日休めばその分収入が減る。二日休めばもっと。それは私達にとって死活問題なの」
「まぁ……分からんでもないが……」
「さぁ、さっさと行きましょう!」
私はバルコニーに出て、いつもノアが登ってくる例の『枝ぶりの良い木』を見つめた。
「お前……木登りなんて出来るのかよ」
「出来るわよ……多分。やった事ないけど、運動神経は良い方だから」
「やった事ないのかよ……。いいか、俺の言う通りにしろよ?ってか、お前、頬どうしたんだ?」
意外と色白な私の頬はマギーに打たれてまだ少し赤みが残っていた。……思いっきり叩くなんて……と思わなくはない。
「マギーに叩かれたの。余程私の行動が目に余るらしいわ」
「まぁ……お前のやっている事が危なっかしい事は間違いないが、それでも女の顔を叩くかね。酷いな」
ノアはそう言って、そっと赤みの残る頬を撫でた。
「言い返した私も悪いのよ。でも異常に私と陛下が近付きすぎるのを警戒しているみたいだった。陛下は私の正体を知ってるのに、変だと思わない?」
「俺が『陛下に近づくな』と言ったのは、嫉妬も混じっているが……マギーは他に理由がありそうだな」
今、サラッとノアが変な事を言わなかった?




