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第28話

ただ……陛下にも世継ぎについては尋ね難い。


そこでふと、さっきのマギーの言葉を思い出す。陛下……熱があるって言ってたな。


私は夜着をまた、なるべく華美でないワンピースに着替えて、そっと廊下に顔を出した。


「妃陛下、いかがいたしました?」

外で待機している護衛は、ノアでは無かった。ノアじゃなかった事が良かったのか、悪かったのか……。


「陛下の体調が悪いみたいだから、お見舞いに行きたいの」

そう言った私に護衛は少しだけ驚いた様な顔をしたが、直ぐに頷いて、


「畏まりました。お供いたします」

と快く返事をしてくれた。

きっと最近私と陛下がよくお話をしている事を知っているからだろう。……ノアに知られたらまた怒られるかもしれないが。


「妃陛下、こちらは厨房ですが……」


「ええ。身体が温まるようにマルドワインを作ろうと思って」


「……妃陛下が……ですか?」


「……それぐらい作れるわ」


「いえ、そういう意味ではなく……」


困惑する護衛を厨房の前に置いて、私は一人厨房に入った。


「ひ、妃陛下……どうされました?」


何度か厨房を覗いて食事のお礼を言った事があった私は顔見知りの料理人に声をかけられる。


「マルドワインを作りたいのだけど、材料を貸してもらえるかしら?」


「へ?マルドワインがご所望なら、私が……」

そう言う料理人に私は首を振って答えた。


「厨房の片隅と食材を使わせて貰えれば良いの。貴方達は明日の仕込みがあるんでしょ?私の事は気にしないで」


私は困惑気味の料理人を尻目に、サクサクとマルドワインを作り終えた。



許可を得て、陛下の自室に入る。自室に入るのは初めてだ。

いつも通り執務室へ行こうとした私に、護衛が『そちらに陛下は居ませんよ?』と言ってくれなければ気付けなかったが、良く考えなくても当たり前だ。だって陛下は休んでいるのだから。 



「陛下?失礼します」

寝室の扉を開けると、陛下は枕を背にして上半身を起こして私を待っていた。


「どうした?」


私はマルドワインの入ったピッチャーを掲げて、


「お見舞いです。体が温まりますよ」

と笑顔で言った。


陛下の寝台の横に椅子を用意し、私は注いだワインを手渡した。


「マルドワインか……。良い香りだ」


「オレンジピールとシナモンとクローブを使いました。流石王宮。良い食材が揃ってますね」


「お前の店では夜、酒を出していたんだろう?」


「はい。でもワインより、安いエールが一番売れるような店ですよ」

私は茶化すように言った。


「お前はそうやって生きてきたのだな」


「そうですね……平民は皆そんなものですよ。此処に居ると……全てを忘れてしまいそうです」


陛下は何も答えずに、ワインを一口飲んだ。


「美味いな」

微笑む陛下に私はホッとした。


「熱があると聞いて心配しました」

私の言葉に、陛下は驚いた様な困惑した様な何とも言えない表情を浮かべた。


「心配?私を……か?」


「もちろん。他に誰が居るんです?」

私の言葉に、陛下は少しフッと笑って、


「お前は……何故私を恨まないんだ……。人が良すぎるだろ」

と呟いた。


「さぁ、身体が温もっている内に休みましょう」


私は陛下の手からグラスを取って、枕を元の位置に直すと、陛下に横になるように促した。


「もう戻って良い」

陛下の肩が隠れるぐらいまでシーツを引っ張り上げた私に陛下は申し訳なさそうにそう言った。


そっと陛下の額に触れる。


「まだ熱がありますね。頭を冷やしましょう」


「大丈夫だ、他の者に頼むから」


「……私は妻です。平民は家族の誰かが病気になれば、家族が看病するものです。今の陛下の家族は私ですよ」


私はそう言って、廊下の護衛に水の張った桶と布を持って来てもらう様に頼んだ。



私は床に膝をつき、陛下の額に、固く絞った布を乗せる。


「……気持ちが良いな」


「病気の時は『頭寒足熱』と言いますから」


「なるほど」


「兄は……自分の食べ物も私に分け与えてしまう様な人でした。そのせいか子どもの頃、良く風邪を引いたんです。その度に私がこうして看病をしていました」


「フフッ、そうか。子どもながらにお前が張り切って看病している姿が目に浮かぶ」


「あ!笑いましたね?私、けっこう上手なんですよ?」


「看病に上手い、下手があるのか?」


クスクスと陛下はまだ笑っていた。


「知っていますか?笑うと免疫力が上がるんです。そのうち病気も逃げ出します」


「笑う?私は今、笑っているのか?」


「はい。笑ってますよ」


「そうか……そうなのか。私は笑っているのか……」


「陛下、病気には睡眠と栄養と笑顔が必要です。もう休んで下さい。……眠るまで側に居ます」


「お前は私より物知りだ。……ありがとう」

陛下は手を伸ばし、私の頭を撫でた。その手がとても温かくて、私は少し泣きそうになった。



しばらくすると、陛下の寝息が聞こえてきた。

顔色はあまり良くない。これは私が陛下に初めて会った時からずっとだ。


そろそろと立ち上がろうとすると、


「……カサンドラ……」

そう呟いた陛下が私の手を握った。

メリッサ様ではなく、カサンドラ様の名を呼ぶ陛下の手を私は握り返す。


「……大丈夫です。私は此処に居ますよ」


結局、私は朝まで陛下の側に居る事になった。




朝。陛下の目が覚める前に、私は陛下の部屋を出る事にした。

朝になればたくさんの使用人が働き始める。私のこの不用意な行いを、またノアに怒られてしまいそうだ。

さっさとここを立ち去ろう。陛下も目を覚まして私が居ると、驚くだろう。


私は陛下を起こさなように静かに部屋を出る。

扉を開けるとそこに、不機嫌そうな顔で仁王立ちしているノアが居た。


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