それぞれの面談
寮の部屋に戻ってから、アーシェはティアナとふたりでお互いの申し込み状を見せ合った。
「こんな感じでいくのね……。他の先生方に疑われたりしない?」
先輩たちはまだ戻っていないので、ティアナはずばりと聞いてきた。
「卒業生は多いし、当時の担任の先生というのももうファルネーゼにはいないみたい。スカウトされて、シスネロスの宮廷魔術師になったんですって。よほど目立つことをしなければ大丈夫だろうと」
アーシェはティアナの選んだ生徒のプロフィールに目を通した。二回生、十三歳、救護師コース、魔力残量十一時半、成績優秀、自宅から通学。
「あっ……」
「どうしたの?」
「いえ。この先輩、内部生なのね」
親は何派だろうか。どちらにせよ、あまり関わらないようにしなければ。
アーシェはクラウディオに報告する必要を感じた。
「そうみたい。きっと生粋の魔術師ね」
「そうね。救護師コースなら、カトリン先輩やイメルダ先生に聞けば、人となりもわかるかも。もちろん、面談で本人と話してみるのが一番だけど」
アーシェはなんでもない風に装って言った。
せっかくティアナの希望にぴったりと沿う申し込みがあったのだ。水を差すようなことはしたくなかった。
「ルカーシュ、十六歳、攻撃魔術コース前年度首席! まさかの首席だよ? 天属性かつ優秀! こんな奇跡ある? 去年まで組んでた対が卒業してファルネーゼに残らなかったんだって。人生が上手くいきすぎて怖い……」
水曜の放課後、管理棟の会議室前の廊下に並べられた待機用の椅子に座ったラトカは幸運をかみしめていた。
「はいはい。あとはイケメンだといいよねー。あっ、今入って行った人とかよくない?」
エルミニアは、用もないのについてきている。お願い仲間外れにしないで、と冗談めかして言いながら。面談の参加者ではないので、遠慮してか、椅子は使わずにラトカの隣に立っている。
「この際顔はいいわ。首席ってことは少なくとも努力家で真面目に授業を受けてるってことだもん。天属性はそれだけで有利だから怠けるようなヤツも多いのに……。だからあとは性格だけ。よっぽど才能を鼻にかけてるようなのじゃなきゃ大丈夫、あたしそんなに面食いじゃないし。早く会いたいなー!」
「はーあ。アタシの運命の人はどこに……もう年下でもいーや。来年に期待」
アーシェはラトカの隣に座り、名前を呼ばれるのを待っていた。ディルクと面談する必要など本当はないが、形式を守るのは大事だ。今日はきちんと早起きして朝食前に研究棟に赴き、クラウディオに例の魔術をかけてきた。
実は、土曜に練習でかけた時の魔術は、効きすぎて翌日の朝まで残ってしまったらしい。
「双というのを甘く見ていたな。これほどとは……。普段ヘルムートとアルロド以外に誰か来たりはしないが、それでも少し冷や冷やしたぞ」
「もし来たらどうするのです?」
「もちろん居留守を決め込む。後の言い訳が面倒だが……滅多に外出なんてしないからな……」
そんなことを言っていたクラウディオだが、今日のアーシェの授業中はアリバイ作りにディルクとしてヴィエーロの助手をやるとのことだった。
「誰かの助手をするなんて初めてのことだ。何をやらされるかな」
と、楽しそうな様子だったので、後で感想を聞かせてもらわなければいけない。
「あっ、あのオレンジ! ディルクさんじゃん」
エルミニアがアーシェの肩をたたいて言った。ディルクは立っている係官に話しかけ、会議室に入って行く。
「実践科B、アーシェさん」
ほどなくアーシェの名前が呼ばれた。
「行ってらっしゃーい」
「いいよね、アーシェは気楽で……」
エルミニアとラトカに見送られ、アーシェは会議室のドアを開けた。
中では向かい合わせに用意された椅子が等間隔に並んでいた。
「ちゃんと他の人にも会ってみた方がいいんじゃない? 私はもちろん嬉しいけれど。ダメ元で申し込んだのよ。だってまだ二回生だし、女だし。あっ。当然、選んでもらったからには努力は惜しまないつもりなのよ。でもね」
ティアナの向かいに座っている、水色の髪の少女がはきはきと話していた。あれが、ペルラか。横目に見ながら、アーシェは小さくティアナと手を振りあった。
年の割にしっかりしていそうな子だ。おとなしいティアナとは反対のタイプだが、上手に引っ張っていってくれるかもしれない。いいコンビになるかも――少し、寂しいが。
「アーシェさん、六番です」
「はい」
席は探さなくてもわかった。ディルクが座っている席の向かいだ。
アーシェの隣はなんとブレーズで、赤いローブの女性と話していた。
「やあ」
ディルクは手を上げてアーシェに軽く挨拶した。
「ど、どうも……」
「もう自己紹介は必要ないけど、一応。ディルクだ。申込み状は読んでくれた? ちゃんと面談に応じてくれて嬉しいよ」
アーシェは椅子に腰かけて、ディルクを見た。指にゴツゴツした指輪をいくつもはめていて、派手好きの印象が増している。
「は、はい。対が見つかって、私もありがたいです」
「うん。仲良くやっていこうじゃないか。なにか聞きたいことはある?」
先週掲示板前で会った時も思ったが、話し方が違っていて、まるで別人だ。演技までうまいなんて、なんて器用なのだろう。
「あ、ええと。そうですね」
アーシェは焦りながら、話すことを考えた。そうだ。
「友だちが言っていたのですが、あの、私の事情をお話しておいた方がいいと……。こう見えて私は、十五歳で。成長が止まっているんです。原因はわからないのですが」
「……ごめん。ちょっと言っていることがわからないな。ええと、十五歳? 君が? それで?」
「はい。なので……なんと言いますか、卒業する頃になってもこのままの可能性が高く……ディルクさんのパートナーにふさわしいかどうか……」
「ああ」
ディルクは笑った。
「なるほどなるほど。大丈夫、そういう期待ははじめからしてない」
「そうですか……良かったです」
やはり別の話題をあらかじめ考えておくべきだった。アーシェはなにやらいたたまれない気持ちになった。
「僕は年上が好みだし。変な趣味もないよ」
さらりとディルクは言った。
もちろん、演技ということはわかっているが。ディルクとしての言葉だが。
(な、なんだろう。なんだか、苛々する……)
アーシェは唇をきゅっと結んだ。
「男女で対を組んでも、コンビとしてやっていく人間がいないわけじゃない。僕らも友人として上手く付き合っていければいいと思ってるよ。卒業後の進路については?」
「あ、はい。祖国に帰ろうかと」
「ふーん、いいよ。それまでに他のいい相手が見つからなかったら、僕も行く。根無し草でね」
「はぁ……」
「あれ、期間限定の方が良かったかな」
「いえ、その。私、まだコースもはっきり決めていなくて……自分に向いている分野と、やりたい分野と、やらなければいけないことと……」
「ふーん。じゃあ保留ってことでいいか。先は長いし」
「は、はい」
軽い。
相談に乗ってくれる、とか、あってもいいのでは。いつものクラウディオなら――いや、演技、演技。
赤いローブの女性が席を立ち、隣のブレーズとつい目が合った。ブレーズはこちらを見てニヤニヤしていた。アーシェはますます不機嫌になった。
「別に長々と話すこともないよね。もう組むことは決まってるし。それじゃ僕らも終わろうか」
ディルクはそう言って立ち上がり、アーシェに握手を求めた。
「よろしくお願いします……」
ティアナはまだペルラと話し込んでいた。
どこか釈然としない気持ちを抱えながら部屋を出ると、ガチガチに緊張している様子のラトカと入れ違いになった。
「行ってらっしゃい」
「う、うん。がんばる……!」
いつものクラウディオの方がずっといい。
アーシェが思ったのは、結局そういうことだった。
胸に小さなトゲが刺さったままなのには、気付かないフリをした。




