対の申し込み
月曜の授業の最後に、コズマが平たい箱を取り出した。
「それでは、これから届いた申し込み状を配ります。今週中はまだ届く可能性がありますが、例年この初日に集中しますので、今日届かなかった方はあまり期待しないように」
教室内はざわめきで満たされた。待っていましたという雰囲気だ。
「まずは、ブレーズさん。十五通来ています」
ブレーズが返事をして教卓に向かい、封筒の束を受け取った。
「それから、ティアナさんには九通」
ブレーズの方が多いな! と、ブレーズの取り巻きが彼に声をかけている。
「ブレーズがAでティアナがCだから当たり前なのに、なに言ってんだろ」
ぼそりとラトカが言った。
「全員と面談するのは大変でしょうから、同封された成績表や研究実績をよく読んで、お返事をする相手を五人くらいまで絞って。候補が決まったら、私のところまで。面談の日時を調整しますからね」
コズマは天属性の二人をそれぞれ見ながら言った。
「あとは一通ずつ……。アーシェさん」
「はい」
アーシェは前に出て、ディルクからの申し込み状を受け取った。見覚えのあるクラウディオのものとは違う、角ばった感じの筆跡だ。誰かがかわりに書いたのか、いや、筆跡を変えることくらいわけもないのかもしれない。
「ほら、来たでしょ。アーシェの対、すっごいイケメンなんだよ!」
「対の男だけたまたま触れるなんて、運よすぎー」
「ちょっと軽そうだけど目の保養になるから。実習の時のお楽しみ!」
エルミニアが隣の子とそんなことを話している。
「それから、ラトカさん」
「え!」
ラトカは慌てて立ち上がり、躓きかけた。
「はいっ。ありがとうございます!」
らしくなく頬を紅潮させたラトカが申し込み状を胸にあてて戻ってきた。
「おめでとう、ラトカ!」
「よかったね!」
「いいなー。誰、誰?」
さっぱりした明るい性格のラトカは、クラスでの人気が高い。周囲から祝福の声が集まった。
「はい、静かに。開封は後で。最後に、バシリオさん。以上です」
呼ばれた男子が返事をし、いくつものため息が教室のあちこちに落ちた。
「……ずるくない? アタシだけないの? マジで?」
エルミニアは大変不服そうだった。
いつもなら、コズマが帰った後は皆がばらばらに放課後を過ごす場所へと散っていくが、今日は違った。
「いやーでも、相手を探してる天属性って、問題児なことも多いから……普通はそんなに、天属性から一回生に申し込みなんて。よっぽど相性がよくないと。ね」
そう言いながらもラトカは緩む口元を抑えきれていない。
アーシェに対が見つかったことはすでに朝からエルミニアがクラス中に吹聴していたので、女子はほとんど全員ラトカとティアナを囲んでいた。
アーシェは一応、興味のあるそぶりで申し込み状の封を切った。中身はディルクの魔力波形のグラフと卒業証明書、成績表、申し込みの理由とプロフィール。土曜にクラウディオが言っていた通りの経歴が書かれている。
「うわ……! これ、え、ウソ。あたしのかと思った。似すぎ! しかも攻撃魔術コース、四回生……、理想的すぎる。あとは人間性だけ!」
アーシェと同様、申し込み状の中身を広げたラトカが感激の声をあげた。
「えー、どれどれ、男?」
「うん、男」
「わ、じゃあ顔も大事じゃない! 早く面談しなきゃ!」
ラトカの周りは盛り上がっているが、いつもラトカの一番そばにいるエルミニアは白けた顔でアーシェの机にへばりついていた。
「アタシも見る。イケメン卒業生のプロフィール」
「あ、はい。どうぞ……」
エルミニアは「ふーん」とか「へー」とか言いながら、履歴に目を通した。
「はあ。たまたま戻ってきたローブ学生が対とか。運命じゃん。こんなのアーシェのための男じゃん」
他意はないのだろうが、アーシェは少しぎくりとした。
「あーあ。ツイてない」
なんと慰めたものだろうか。アーシェは、対を見つけるのは絶望的と言われた夜を思い出し、エルミニアに寄り添ってあげたかったが、今は申し込み状を手にしている身である。何か言って、嫌味にならないだろうか。
言葉を探していると、ちょっと涙目のエルミニアが唇をとがらせながらぽつりと呟いた。
「アタシもラトカもBの1で、一緒に共同魔術すると思ってたのにな」
アーシェは結局、よしよしとエルミニアの頭を撫でたのだった。
ティアナは、九人からの申し込みのうち、一つだけを選んだ。
「もっと他に、何人か会ってみればいいのに」
と、まわりは勧めたが、ティアナはその相手が気に入ったという。
教室を出てから話を聞けば、どうやら残りの八通はすべて男性からだったようだ。
「私はやはり、男性とうまくやっていける自信がなく……。それにこの、ぺルラという方、救護師コースなのです。他は違っていて」
「なるほど、それならほとんど決まりみたいなものね。ティアナに合う申し込みがあってよかったわ」
廊下を歩きながら、アーシェは言った。
「はい。優しい方だといいですが……」
「なんでそんな、男ばっかに偏ってんの?」
エルミニアの疑問に、ラトカが答えた。
「そりゃあ、異性と組みたがる人の方が多いから……。申し込む方も選ぶ方もね」
「女同士の方が気楽でよくない? イケメンならいーけど」
エルミニアは涙ぐんでいたことなど感じさせない顔をしていた。
「もうすでに恋人がいるとか、そういう人は同性を選ぶことが多いみたいだけど。魔術師にとっては、異性に対を申し込むってことは、ほとんど結婚の申し込みと同じこと」
「そうなのですか?!」
ティアナが上ずった声で言った。知らないうちに八人からプロポーズされていたというわけだ。
「だって、みんな相性のいい生涯の対を探しにファルネーゼに来るようなもんだし……。まあそうそう天はつかまらないから、結局相性のいい地同士の、共同魔術がやりやすい相手を見つけるのが落としどころって感じだけど」
だからさ、と、ラトカはアーシェを見た。
「あんたが魔術師の家系じゃないことと、今のところ体の成長の見込みがないってことは、ディルクさんにちゃんと伝えておきなよ。その気なのかもしれないし」
「え」
「あー、そっか。年は離れてるけど……あの人わざわざファルネーゼまで戻ってきて対を探してたんだもんね。正式に組む前に、ちゃんと実年齢と事情を話しといたほうがいいかもね」
エルミニアもうんうんと頷きながら言った。
「は、はい。そうですね……」
クラウディオは当然そんなことは承知の上だから、誤解の生じようもないが。
しかし、傍目にはそのように見られてしまうのか。アーシェは赤くなりながら同意した。




