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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第二章
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 世界でたった一人の、二度と現れないであろう、大公の世継ぎの対。

 アーシェが考えている以上に、キースは事態を重く見ていた。けれど、その心配はもっともだった。

 無事に学位を得て、じゃあさよなら、なんて、そんな簡単に行くわけがない。

 自由を奪われるかもしれない。命を狙われるかもしれない。状況がどう変わるかわからない。


「で、でも……」

 退学はできる、とルシアが言っていた。金時計はつけたまま。

 逃げるように戻ってそれで、どうなる?

 元通りだ。


「でも、このチョーカーは借りものだし、お薬だって、ヴィエーロ先生が毎月作ってくれるの」


 悪夢にうなされて、弟に触れられなくなる日を怯えて待つだけの毎日になる。

 どんな風に魔力を浪費しているのかも不明のままだ。金時計の、減っていく魔力を眺めて過ごすのか。

 諦めて、なにも得られないままで。やっと手に入れたものも手放して。


「過去のこと、まだなにもわかっていない。危険だとしても、戻っても私は、私は何にもなれないままだわ」


 大切に守られて、かわいそうにと愛されて。

 ひとりでなにもできない。

 置き去りにされて、大人になれないままで。


「それに友だちが……友だちができたの。私、一緒に頑張るって約束した……」


 できない。このまま戻るなんてできるはずがない。

 アーシェは涙をこらえて顔をあげた。


「帰れない。私、私はここにいたいの」


「……そうか」

 キースは額に手をあてて、深く息を吐いた。

「それなら、俺もできるだけここに長くいられるようにしよう」

「え?」

魔術槍マジックランスだけでなく救護術もいざという時戦場で役立つだろう。無駄にはならないはずだ。コースの編入を申請すれば」


「そ――、そんなのだめよ! 絶対にだめ!」


「だが」

 まただ。

 どうしてそんなに早く決めてしまうのか。

 槍一本ではぐれ飛竜に向かって行ってしまった時のように。


「兄さまには兄さまの仕事があるでしょ? そんなに長いこと騎士団を休んで、戻れなくなったらどうするの!」

 騎士になることはずっとキースの夢だったのに。努力して、やっと叶えた夢なのに。

 アーシェのせいで寄り道をさせている。

 自分がこんな手のかかる従妹でなければ、キースは自由なのに。


 もうこれ以上頼ってはいけないのに。

 もっと長く、ファルネーゼに残る、なんて。

 一瞬でも、そうなれば嬉しいと思ってしまった自分が、本当に嫌だ。


「どうしてそこまでしてくれようとするの? そんな責任、兄さまにはないのに」


「それは」

 キースは言葉に詰まったようだった。

「それは俺が、ただ、そうしたいからだ」

「だから、どうしてよ」


「おまえになにかあれば、俺は……俺だけでは。叔父上に合わせる顔がない」


「父さまの、ため……?」

 アーシェの目から涙がこぼれた。

「そうではなく」

「そんな、そんなことまで、父さまは責めないし私は! そこまでしてくれなくてもいいって言っているの! 自分でっ、……自分で何とかするから」

 精一杯にそう言って、キースに背を向けて寮まで走った。



 知っていた。キースが父に深い恩義を感じていることは。

 彼は義理堅く、頑固で、どこまでも優しい。


(私、兄さまの荷物にしかなれていない)



「あなたは確か、アーシェさん。門限ギリギリですよ。気をつけてください」

 女子寮に入ると、寮監のジャンナに見とがめられた。

「……なにか問題が?」

 きっとひどい顔をしていた。

「いえ……大丈夫です」

 アーシェは急いで階段をあがったが、すぐに部屋に入ることはためらわれた。手洗いに寄って洗面台で顔を洗う。きっとみんな、心配して待っていてくれるから。





 同室の三人には、アーシェの波形をしっかり見られている。

 これからの実習でのことがあるので、すべてを伏せて誤魔化すというわけにもいかず、うまい説明も思いつかないまま、アーシェはあるがままの話せる部分だけを話すことにした。

「イメルダ先生が主治医をしている患者の方に、たまたま同じ波形で同じ場所に同じような瑕のある方がいて……一目見てピンときたようで」


「そんなことある?」

 とマリーベル。

「いやありえないでしょ」

 とルシア。


「私も驚いたのですが、放課後イメルダ先生にその方のところに連れていかれまして。本当にペアが組めるかどうかのテストのようなものをして。実際魔力は通ったようです」

「後天性波形異常とのペア……なるほど……先天性波形異常にそんな使い道が……いやでも重なるかなぁ……?」

 ルシアはひたすら首をひねっている。

「なんかわからないけどよかったじゃない。要するに運よくあなたの対が見つかったってことなんでしょ」

 マリーベルは祝福してくれた。

「は、はい。実習授業ではその方が来てくださるそうです。ただ……これはレアケースで、発表しない方が良いと」

「なんで? かなりすごい発見じゃないの?」

「その相手の方に事情があるようで、口外しないでくれと」

「それは……」

 なにか言いたそうなティアナの手を、アーシェは握った。あとでもうちょっと詳しく話すから、と目配せする。


「なーんかややこしいことに巻き込まれてない? 大丈夫?」

 ルシアが頭をかきながら言った。

「巻き込まれてます……でも、対が見つかったのは嬉しいですし、贅沢は言えないかと」

「まあねぇ……。魔力が節約できるのは大きいよね。なにを黙っておけばいいの? 瑕のこと?」

「はい。私の魔力波形は、偽物を貼り出すとのことでした」

「そこまで? ふーん……怪しいわね」

 マリーベルも怪訝そうにきれいな形の眉をひそめた。

「絶対にこの波形を知られるな、危ないからと脅されまして……」

「マジでヤバくない??」

「そうみたいなんです。だからお願いします、このことは内密に!」

「いーけどぉ……ほんとに大丈夫?」

「だからそんな落ち込んで帰ってきたの? なにかひどいことされてない?」

「私は大丈夫です。先輩がたを巻き込むわけにはいきません。だから絶対誰にも言わないで……黙っていてください」

 ルシアとマリーベルは顔を見合わせ、口々に、いいから自分の心配をしろと励ましてくれた。



 優しい人たちに支えられている。

 でも、支えてもらうだけではだめだ。自分も返していけるようにならなければ。


 強くなりたい。

 アーシェは心からそう思った。


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