提案
場の全員の視線がアーシェに集まった。
「アーシェさんさえいなければ、と。そう考える者は出るでしょうね」
「ああ、狙われる。アーシェちゃんはなんたって……体が小さいし、男に手をつかまれただけで気を失う。そんな子を、かどわかすのは簡単だ」
アーシェはぞっとして自分の腕をかかえた。
「だから秘密にしなきゃまずい。ジーノの波形は、知っているやつは知ってる。なんとか治すことができないかと、何人もの救護師が治療にかかわったし、研究論文も回ってる」
「大公派の子弟もいますからね。クラスメイトといえども油断はしないように。変わった波形の子がいる、と噂され、注目されるのは避けるべきです。あなたの同室の生徒は、一応調べましたが、内部生ではないようですね」
内部生というのは、ファルネーゼ育ちの子のことだ。研究生や教師の子どもが主で、ファルネーゼに家があるので、寮に入る子はそもそも少ない。
「はい。町の魔術師の子と、魔術師ではない家の出で」
「彼女たちにも口止めして、うまくごまかしておくのですよ。あなたの安全のためです。掲示する波形は、無難なダミーを用意するしかないですね。そのあたりはコズマと相談しておきますから、安心して」
「コズマ先生も血統派なのですね」
「もちろん。この階は大公派が入らないよう、血統派で固めてあります。念のためにね」
「……大公派のほうが多いんだからな。油断すんなよ」
「五階は不便ですからね。希望者が少ないので、少しずつ入れ替えまして」
「なるほど」
言葉を失っていたキースは、いつの間にか握りつぶしていたハンカチを、アーシェに見えないようたたんでポケットにしまった。
難しい顔をしていたクラウディオが顔を上げて言った。
「実習をどうする? 共同魔術をするとなると、波形を見せ合って同調する必要があるだろう」
「そうですねぇ……。そもそも波形異常があると、同調そのものの範囲が狭くなり、組める相手が限定されてしまいますけど」
「あの、私、女生徒としか組めないのですが」
「そう、それもありましたね」
イメルダは人差し指で自分の額をコツコツと叩いている。
「……同調の範囲が狭いことは彼女だけでなく周囲の魔力の負担にもなる。共同魔術は、やらない方が無難だろう」
「それでは……」
アーシェは実習ができなくなってしまう。
「僕が一緒にやろう。対が見つかったとなれば他の者と波形を確認することもない。なんとか……変装でもして授業に参加すれば」
「えっ。クラウディオ様がうちのクラスに?」
「それはさすがに危険では」
イメルダは止めようとしたが、ヘルムートが身を乗り出した。
「おもしろそーじゃん。二つ目の偽名を考えようぜ」
「……対というのは、誰でも授業に参加できるものなのか?」
属性付与コースのキースは、魔術実習の知識があまりないようだ。
「決まった対がいれば、相手が研究生でも教師でも、呼んでこられます。私もカトリンさんの実習には毎回行きますよ」
「やっぱ研究生を名乗るのがいいかねぇ。ローブ学生でもいいが」
「ローブ学生というのは?」
アーシェの質問に、ヘルムートが答えた。
「卒業してローブをもらってファルネーゼを出たけど、一時的に出戻ってるやつのこと。最近多いんだよ。ほら、金時計が新しくなってるだろ。魔術師同士での噂を聞いて、魔力容量を表示できる金時計に改造してもらうために戻ってきてるんだ。それだけじゃなく、対を探してこの時期に戻ってくるやつは昔からいる。新入生の波形が張り出されるからな」
「はあ……」
アーシェはため息のように言った。天属性の取り合いは本当に熾烈なのだ、と改めて思わされる。
「まあそのあたりの設定をどうするかは改めて考えよう。一度に色々話されて混乱しているんじゃないか? なにか質問はあるか」
クラウディオの言葉に、アーシェは考えた。
「そうですね……ヘルムート様にうかがいたいのですが」
「え、オレ? オレに興味持ってもらえるのはうれしいけど、なに」
「ヘルムート様も大賢者の子孫なのですか?」
「あー、まあ一応。けどオレは才能なくってさ。大公とかムリなんだよね」
アーシェの問いに、ヘルムートはひらひらと手を振ってみせた。
「金時計をつけていらっしゃいませんよね。波形はどのようにして確認を?」
「オレは魔術師じゃないし、入学もしてないからな。コレコレ」
ヘルムートは右腕につけた銀のバングルをつつく。
「魔力波と魔力容量の確認だけできるやつが仕込んである。ホントは金時計にしか組み込まない決まりだけどこれは試作品っつか、まあこいつが作ったんだけど」
クラウディオが。確かに、そんなものを用意できるのは他にいなさそうだ。
「今の金時計が完成する前にな。波形の読み方と魔術の放ち方のコツだけ、僕が教えたんだ」
「ヒミツだぜ? オレが飛竜を魔術で倒したとか。ファンが増えちまうし」
「それはおっしゃるのが遅いのでは……。一応ティアナにしか話していませんが」
「さっすが。そういう口のカタいとこも好きだよ」
ヘルムートは冗談めかしてそう言った。
「血統派はなぜ、大公に大賢者の血が必要だと考えている?」
キースが小さく手を上げて切り出した。
「それでございます。ファルネーゼの結界はそもそも大賢者の生み出したもの。ファルネーゼ大公家は、この結界を維持することを大賢者から託された一族なのです。結界の要に魔力を供給し、結界内の気象を操作する。これが大公のもっとも重要な仕事です。もちろん並の者には務まりません。能力も魔力量も、桁外れの仕事です。セザール様――現大公には負担が大きすぎます」
セザール。今の大公はそんな名前なのか。
つまりそれが、キースがなにかと知りたがっていた、クラウディオの嫌っている父親ということになる。
「この前久々に顔見たらだいぶくたびれてたけどねぇ。まああと少しはもつんじゃないか。対を複数使って、なんとかやりくりしてるんだろうさ。天なのが幸いしてる」
「クラウディオの魔力波の瑕というのは、いつ、どうやってついたのだ」
キースが重ねて訊いた。イメルダは不快そうに眉根を寄せた。
「それが今の話に関係ございますか? クラウディオ様とお呼びください」
「イメルダ。別に、かまわない」
クラウディオはイメルダを制して言った。
「僕が子どもの頃に魔力が暴走して、こうなったんだ。足もその時に。前後のことは、よく覚えていない」
「それは何年前のことだ?」
「……なぜそんなことが気になる」
「十六年前。オレがここに来る前だよな」
かわりに答えて、ヘルムートはキースだけを見た。
「他に聞きたいことは?」
二人がにらみ合っているように感じて、アーシェははらはらした。
「…………いや。なにも」
キースはアーシェにちらりと視線を向けて、話を終わらせた。変な空気になりかけたのがおさまったので、ほっとする。
「他になければ今日はこのあたりで。血統派も一枚岩ではないし、この話はここだけに収めよう。コズマ以外には広げない方がいい」
クラウディオの言葉に、イメルダも同意した。
「ええ、慎重にいきましょう。アーシェさん、次の問診の予定だった木曜の放課後に、またここでクラウディオさんの治療をしましょう。なにか聞きたいことなど浮かびましたら、その時に」
部屋を出る時、クラウディオは扉の前まで見送ってくれた。杖を使わずに歩いて。
「僕からも礼を言わせてくれ。ありがとう、アーシェ。……君が無事に卒業できるよう、力を尽くそう。体質のことも。気づいたこと、困ったことがあればなんでも相談してくれ」
たぶん、名前を呼んでもらったのははじめてで。
アーシェは足元がふわっと浮いた気がした。
ずいぶん長く話し込んでいたようだ。太陽は沈んでしまい、残光がほのかに西の空を照らしている。
研究棟を出て、アーシェはキースと並んで歩いた。
キースは、険しい顔をしていた。部屋を出てからずっと無言だった。
アーシェには気になることがあった。
「兄さまは知っていたのね? クラウディオ様のこと。その……身分だとか」
周囲に人はいないが、一応小さな声で訊く。
やっと、こうして二人で話せる時間ができたのだから、はっきりさせておかなければいけない。
こうなった以上、クラウディオに近づくなという話も、守りようがないのだし。
「だからあんなことを言ったの?」
キースは答えない。
「ちゃんと理由を説明して。そうでなくちゃ、私だって」
「そのことはもういい」
「いいって……なによそれ」
アーシェはむっとした。あんなに悩んだのに、もういいとは。
立ち止まったアーシェに、キースは振り返り、近づいた。
「アーシェ。おまえは利用されるぞ、必ず」
押し殺した声で、淡々と。
降ってきたその言葉に、アーシェはぞくりとした。
「ヘルムート殿はまだ時間があると言った。おまえとクラウディオの気が変わるのを待っているんだ。天の救護師も乗り気だ。クラウディオにそのつもりがなかったとしても、血統派とかいう連中がおまえという奇跡を手放すとは思えん」
「それは……」
アーシェはキースの顔を見上げた。アーシェの背がほとんど伸びなくなった頃、キースは逆にどんどん大きくなって、抱き上げてもらうこともできなくなって、距離は遠くなってしまった。
「いずれ表沙汰になる。おまえの存在は知られるだろう。権力に固執する人間を甘く見ない方がいい。血統派も大公派も、両方だ。巻き込まれてからでは遅い」
クラウディオ、ヘルムート、イメルダ。三人とも、アーシェの安全について配慮してくれた。その上で、実習をどうするかとか、さまざまに考えてフォローしようとしてくれて。
それに安心して、もっと先のことまでは、まだ考えられていなかった。
「もう帰るというわけにはいかないか。クラウディオの治療が終わったら。おまえはこれ以上魔力を使わない方がいいのだから」
「な、なにを言ってるの? そんな……そんなことできるわけ」
「いけないか? アリンガムに戻る方が安全だ」
キースは真剣だった。




