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アーシェは大人になれない  作者: 相生瞳
第二章
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大賢者の末裔



 イメルダの救護術が体を通り抜けていく感覚は心地よかった。アーシェ自身が治療されているわけではないのに、体の奥から力がわいてくるような。

 イメルダの手が離れたので目を開けると、視界までくっきりしたように感じた。ここ数日の睡眠不足が吹き飛んだように体が軽い。

「……どうです?」

 イメルダがソファに座ったままのクラウディオに訊いた。

「魔力は確かに流れてきた。効いてる……と思うが」

 クラウディオはそう言ってゆっくりと立ち上がる。

「うん。痛みが少ないし、しびれもないようだ。筋力が衰えてるのは……まあ自分でどうにかするしかないな」

「そうでしょうとも! ええ、数日おきにこれを繰り返せばすぐによくなります。まあまあ、本当に、よかったこと!」

 興奮したイメルダがアーシェの手を両手で押し抱いた。

「アーシェさん、よくぞ! よくぞファルネーゼに来てくださいました! これで全てよくなります。あなたが」

「イメルダ」

 ヘルムートがイメルダの肩を叩いた。

「ああ、ええ、もちろん。さて、とりあえず今日の治療は終わりです。カトリンさん、私はもう少し話がありますから、先に救護院に戻っていてください。今回のことはあとでしっかり検証して学会用にまとめますから、他言無用ですよ」

「はい、先生」

 カトリンは一礼して扉に向かった。アーシェに小さく手を振ってくれたので、アーシェも笑顔で振り返した。

 と、彼女が扉を開けたところで、ぶつかりそうな勢いで一人、部屋に入ってきた。

「すまない」

「ああ、いえ」

 一歩下がったカトリンが驚いた声でこたえる。

「兄さま!」

 息のあがったキースがつかつかとアーシェの傍まで歩いてきた。

「遅れた」

「いえ、大丈夫よ。そんなに急いで来なくてもよかったのに」

「どなた? ここは今から」

 イメルダの言葉をヘルムートが遮る。

「ああ、いいんだ。オレが呼んだんだよ。信用できる」

 ヘルムートはカトリンを送り出し、扉を閉めて鍵をかけた。


「こいつはアーシェちゃんの従兄。ここでの保護者だから、聞いてもらったほうがいいだろ」

「従兄……そういえば、一緒に入学したと言っていましたね」

 アーシェは自分の鞄からハンカチを取り出してキースに渡した。

「はい。色々助けてもらっていて……、兄さま、いつも診てくださっているイメルダ先生よ」

 キースはハンカチを受け取ってうなずいた。

「アーシェが世話になっている」

「まあま、座ろうぜ。込み入った話になる」

 ヘルムートはそう言って、デスクの方の椅子を勝手にかついできてローテーブルの前に置き、腰を下ろした。

 ソファにはイメルダ、クラウディオ、アーシェ、キースが並ぶことになった。少しせまいが、アーシェが小さいのでなんとかなっている。


「……なにがあった?」

 アーシェに触れないよう、一番端で斜めに腰かけているキースが小さく聞いてくる。

「私の波形がクラウディオ様と一致していて、そのおかげで足の治療ができたの。でも……」

 込み入った話というのがよくわからない。

「波形が一致? ペアが組めない型だったという話ではなかったのか?」

 やはりキースはマリーベルたちに話を聞いたようだ。

「すごく珍しい波形だったんだけど、その珍しい特徴が奇跡的に一致したっていうことなの」

 アーシェはふたたび金時計を開けてみせた。

「……この端の、縦に上下している部分か?」

 キースは首筋の汗をハンカチでおさえながら言った。

「そう、これが波形異常」

 話していると、無言でクラウディオが腕を差し出し、魔力波計をキースに示した。

「ね? 一緒なの」

 キースは渋い顔をした。

「クラウディオは天属性、つまり対ということに?」

「たぶん……?」

 アーシェはクラウディオに視線を向ける。

「僕のは後天性波形異常で、これは自分で魔術を発動させることができない。が、波長の合う者に組んでもらえば、相手を出力先にすることで対魔術を使うことは可能だ」

「オレとかね。血が繋がってるとだいたい相性いいんだよ。瑕がつかなかったらオレたち対だったかも」

「君はどうせ魔術師をやる気はないんだろう」

「まーね。構成はおまえ任せで適当に放つくらいで充分だわ」

「……というわけで、あの時のはぐれ飛竜にとどめを刺した魔術は、ヘルムートが放ったせいで必要以上に威力が上がってしまった。自分の出力調整しかすることがないのだから、もう少し慣れてほしいところだが」

「二人とも巻き込まなかったんだから充分だろォ!」

「お二方、そのくらいで」

 イメルダがぴしりとクラウディオとヘルムートの楽しげなやりとりを制する。


「ヘルムート様もクラウディオさんと相性はいいのですが、それでも安定して魔術を放てるのは月に数日しかありません。瑕の影響が大きく、バランスを崩しやすいので。ですが、アーシェさんとなら、いつでも自由に魔術が使えるということになります。しかもここまでピッタリなのですから、ツインといって差し支えないでしょう。双の組み合わせはファルネーゼでも数年に一組しか見つからないほど稀ですが、対をはるかに超えた安定感と出力が期待できます。つまりクラウディオさんはアーシェさんさえいれば瑕を負う以前よりもっとすぐれた力を振るえるということに」

「イメルダ、そこまでだ。僕は跡を継ぐ気はない。さっき言ったとおりだ」

「ですが」

「あの父に問題なくやれているんだ。大賢者の血など必要なかったということだ」

「大賢者の血?」

 アーシェは話についていけず、困惑していた。


「ああ……。僕の本当の名はジーノ・ファルネーゼ゠レイニードという。ファルネーゼ大公家の人間なんだ」

「ええっ!」


 ただ者ではないだろうと思っていたが、まさか大賢者の子孫とは。

 アーシェは驚いて立ち上がりかけ、あやうく隣のキースに触れるところであった。

「っと。ごめんなさい」

 キースを見ると、まったく動揺している様子がない。座り直しながら、アーシェは違和感をおぼえた。

「クラウディオさんは事故で魔力波に瑕を負うまで、ファルネーゼの次期大公としての教育を受けていらっしゃいました。今の大公様は、大公家の血を持ちません。あくまで大公代理なのです」

「それは君たち血統派の言い分だろう。もうファルネーゼは今のシステムで回っている。父にできるのだから次は優秀な他の誰かが継げばいい。やりたがっている者が大勢いるだろう」

「あなた様が力を取り戻したのにその必要がありますか?」

「僕だけの力じゃない。彼女がいることが絶対条件になる。……君は、卒業したら祖国に帰るんだろう」

 アーシェを見て、クラウディオは言った。

「弟と両親が待っているんだ。そうだろう」

「……はい。そのつもりで」

「だから彼女をファルネーゼに縛ることはできない。僕は彼女のおかげで自由に歩くことができるようになる、それで充分だ。今まで通り静かに研究を続けられればいい。大公位は望んでない」

 イメルダは大きくため息をついた。

「もったいない……」


「まあまあ。アーシェちゃんが卒業するのはまだ先だし、そんな話はおいおいな」

 ヘルムートがのんびりと口をはさんだ。

「それより今問題なのは、これが公になるとまずいってことだ」

「というと?」

 キースがようやく話に乗った。

「大公派は血統派と対立してる。今の大公のもとで力をつけておいしい思いをしてる、血なんか関係なく実力主義でファルネーゼを動かしていこうっていう連中だ」

「別に、それで正解だろう。彼らの言ってることは理にかなってる」

 クラウディオは冷静に返した。

「そうだとしても、やつらにとってジーノが元通りかそれ以上に力を振るえるようになったって話はおもしろくないだろう。おまえにやる気がなくても、向こうはそうは受け取らない。自分たちの地位を奪われると感じるだろう。そうなると」

 ヘルムートがアーシェを見た。


「危ないんだよ、アーシェちゃんが」

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