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97 アルトの用事⑦

 花粉症だかで花畑の外で待機しているアルトを置いて、ウィズは一人花の中を歩いていた。もちろん、封印氷塊はアルトに預けている。それで目的である『オボロアカネ』の花は見たことがないウィズであったが、アルトが言うにはオレンジ色の花弁に、外に向かって白い模様が這っているらしい。


(なんでアイツ来たんだよ……ハーネスでもよかっただろ……!)


 ウィズは内心毒づきながら花の中を進む。アルトはどうしてこの場所に来ようと思ったのか。


 彼の言動を鑑みるに、"息抜き"とか"楽しそう"とか、そんな理由で足を運んできたとしてもちょっと納得してしまう。さすがにふざけすぎではないだろうか。


 そして同時に、やはりそのふざけた表に隠れた裏があるような気がしてならない。ウィズはちらりと背後の草むらを見る。


(……その頭で何を企んでいるのか。それとも……)


 ウィズは目を細めた。そしてすぐに視線を前に戻す。


(……いっそのこと……)


 ウィズの足が花畑の中心付近まで迫った。しかし視線は鮮やかな色がせめぎ合う地面ではなく、ただ一色が揺蕩う大空へと向けられていた。


 ウィズは歩きながら、ぼーっとそれを見つめる。何か、ウィズはどうしてか、頭上に広がる天空がとても羨ましかった。


 ゆっくりと視線を地上に戻す。そしてその瞳で目的の花を探し始めたのだった。





 数分、ようやくウィズは『オボロアカネ』を見つけた。どうにもオレンジ色の花は複数あって、どれが『オボロアカネ』だかよく観察していたら、ちょっと時間がかかってしまった。


 しかしウィズの顔にある徒労の色は薄い。それは数本の『オボロアカネ』のほかに、ウィズの手にある東雲(しののめ)色――ピンク色に少しの赤と少し多めの黄色を足したような色――をした花に理由があった。


「まさか……こんなところでお目にかかれるとは……!」


 ウィズの関心は『オボロアカネ』なんかよりも、その花の方へ向いていた。名を『ユガミアソウ』。それは使うと強力な幻覚作用を引き起こすものであり、今では取引禁止令がいろんな国で出ている花である。


 けれどもその真価は錬金術の素材とした時に発揮する。『ブースト』と呼ばれる、錬金術の効力を底上げすることができるものがこの世には存在するのだが、『ユガミアソウ』は『ブースト』の中でも最高クラスに効力を引き出せるのだ。


 簡単な例えを出すと、ソニアが持っている短剣に付与された『自動治癒(オーバーヒール)』。ウィズが錬金術の『祝福付与(エンチャント)』を施して付与したそれは、数分にようやく一つの傷をとりあえず塞ぐことができる程度の能力だ。


 しかし『祝福付与』の段階で『ユガミアソウ』を使っていた場合、同じ労力の『祝福付与』でも効果を上乗せできる。もし『ユガミアソウ』を用いていれば、数十秒後には傷が塞がっていたりするぐらいには再生能力が上がっていたであろう。


「……」


 ウィズはチラチラと周囲を見渡した。ウィズを見ているのは花粉症で役立たずになり下がったアルトのみ。ウィズはこっそりと『ユガミアソウ』の数本をソニアによってコーディネートされた服の胸ポケットに入れた。


 『ユガミアソウ』――その強力な効果ゆえに、取引の禁止に加えて、一般的な所持と使用さえも禁止されているのだ。


(アルトになら大丈夫だろ……たぶん……)


 根拠のない自信であったが、何か言われたら『研究対象』とか適当なことを言っておけば目をつぶってくれそうである。ウィズは手に残った『オボロアカネ』を指でつまみ、それを鼻の近くに寄せた。


「……うーん」


 アルトが言うには『オボロアカネ』は疲労に効く香りをしているようだ。ウィズはそれを思い出して香りを嗅いでみたものの、そもそも『香り』自体がうまく感じ取れなかった。


 ため息をついて、ウィズは『オボロアカネ』を顔の前から離す。


(……もうそろそろ、感覚が劣化してきてるのか)


 そういえば、花畑の中心にいるというのに、嗅覚の刺激は草むらから顔を出して花畑に対面したときの『香り』の強さから全く変わっていない。つまるところ、それが今の嗅覚の『上限』ということだろうか。


(……これじゃ、こんなに『香り』が充満している中で、一輪の花の『香り』なんて嗅ぎ分けられないな)


 ウィズはもう一度、空を見上げた。どこか悔しかった。"終わり"の隙間を垣間見てしまった気がした。


(……オレは)


 色彩豊かな花畑の中心で、ウィズはただ一色の空を見据えたのだった。

 


 

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