80 魔術師として
ハーネスの斬撃は空間を吹き飛ばすほどの轟音と暴力を孕んでいた。
射程外のソニアでさえ、体が浮いてしまうほどの威力である。ソニアは腕で前を隠しつつも、ちらりとその隙間から前を見て、ウィズの身を案じた。
「ウィズ……」
ハーネスの斬撃は庭園先の林地帯にまで及んでいた。砂煙が立ち上がり、斬撃に焼かれた芝生は黒く染まっている。
すでに戦いの音は止んだ。冷たい風が寂しく吹いたその場所で、ハーネスがぼそりとぼやく。
「なんて……」
ハーネスはただ一点、自分が放った斬撃の行先を見つめていた。
「なんて、人だ……」
その視線の先からは砂埃をかき分けて、当然のように歩いてくるウィズの姿があった。ハーネスの声は震えている。何故なら、少なくてもハーネスは今の一撃でウィズが意識を失うだろうと見越していたからであろう。それがまさか普通に耐えて、そのまま歩き出してこっちに向かってくるとは思わなかったのだ。
ウィズは余裕の笑みというよりは、どこか清々しそうにほんの少し口元を緩めていた。足を止めずに彼は告げる。
「凄いですね……。これが『アーク家』の斬撃ですか」
ウィズはハーネスの前に立つと、彼をじっと見つめた。ハーネスもウィズの瞳を見返す。
たった数秒、互いに視線が交わされた。その後、ウィズは笑みを浮かべて手を差し出す。
「今日はこの辺りにしませんか? 流石に、これ以上は……」
「……そうですね」
ハーネスはウィズの言葉にうなずきつつ、ウィズの手を取った。ウィズはそのまま、全身に被さったピピリピリした感覚に内心で毒づく。
(いってぇ……肌がピリつく)
ウィズを襲った斬撃――完全に直撃を受けてしまった故に、それは全身の肌を焼き切りかけた。直前で『緋閃』で防御していなければ、意識を失っていたかもしれない。未熟であろうと『アーク家』であることには変わりがないということを、ウィズは身を持って体験した。
やはり侮れない。『アーク家』の名前は伊達ではなかった。
それこそ自らの修練のためにハーネスが提案してきた手合いだったが、それでウィズが得たものはそこそこ大きい。
最初の斬撃からいつの間にか斬撃の出力が上がっていたというのは勘違いじゃなかった。つまり、ハーネスには時間経過、もしくは斬撃を放つたびにその出力が上がるといったようなカラクリがあったということ。
そして『魔収束』という技術に触れられたことも収穫だった。応用も効きそうな技術で、魔法剣士なりにそういう器用な魔法も習得していたようだ。確かに魔法剣士として仕えそうな魔法だったし、もしも本気で敵対することになったら警戒しておかなければならない。
「流石だね、ウィズ」
注目すべきはハーネスだけではなかった。安心した表情でこちらへ歩いてくるソニアへウィズは目を向ける。
「まあ……でも結構危なかったよ」
そう返しつつも、ウィズはジッとソニアを見つめた。
彼女に関しては何かがおかしい。昨日付け焼き刃のごとく教えたばかりの技術を、今見た限り使いこなせている。今日と昨日の間の宵に何があったのかと思ってしまうほど。
『ネグーン』で聞いていたような落ちこぼれでは説明がつかないほど吸収が早い。こればかりはウィズも原因が分からず、奇妙な不気味さに唸るほかなかった。
とりあえず、ウィズは深く息を吐いて告げた。
「……庭、ちょっとぐちゃぐちゃになっちゃいましたが……大丈夫でしょうか?」
心配そうに手合いの痕を見つけるウィズ。それに対し、ハーネスは顔色一つ悪くせず、それどころか自信もあるような表情で言った。
「問題ありませんよ。『アーク家』には手入れをする者がいます。お客様来訪の予定もありませんし、数日もあれば魔法で元通りです」
「剣聖の名家なのに魔法と距離が近いんですね……。なんか意外ですよ、魔術師として」
「……魔術師として、ですか」
何気なく締めに使った単語であったが、それにハーネスが反応を示した。自信満々な表情に思慮深げな影が差す。何か『魔術師』というところに思うところがあるようだ。
ハーネスはちらりとウィズを見ると、足を進めてウィズの近くへ寄る。そして神妙な顔で囁いた。
「……『東棟』に足を運んだと聞いていますが」
『東棟』。ウィズがフィリアの魔剣『フレスベルグ』に『祝福付与』をするための部屋がそこにはあり、フィリアと二人で向かったのだった。
ハーネスは続ける。
「もしかして、姉様からすでにお聞きになっていますか?」
「……何を、ですか?」
「……」
表面上、困惑しながら答えるウィズを、ハーネスは値踏みするように見つめたのだった。




