53 緋閃とは
「エイジャさん、地図を持ってきていただけますか」
「えぇ」
部屋から戻ってきたウィズが隅にあった机を中央に引き出しながら、ウィジャへと言った。
エイジャは頷いて同じく部屋のあった棚の中から地図を取り出すと、ウィズが用意した机の上に広げる。
ソニアが椅子を机の周りに並べ終え、三人が席についた。
広げられた地図。その上にウィズはさっき部屋に転がっていた小さな錘をいくつかテーブルにばら撒く。
「情報によると、奴らのアジトはこの洞窟らしい」
錘の中でも一番大きいものを地図上のその場所へ置いた。それを見たエイジャは顎に手を当てる。
「その地域は……魔物の目撃が多数寄せられていて、今は魔獣注意区域に指定されているわね」
「人が寄り付きにくいところってわけだね……」
ソニアがぼやく。その情報を得ていたために、彼らは狙ってその場所にアジトを構えたのだ。
ウィズがそれらの推測に同意の頷きを返し、続けた。
「この場所には小さな丘があって、その下にアジトの洞窟があるらしい。見張りが洞窟前にいるとして、奇襲にはもってこいの場所ですね。丘の上から僕の魔法で射抜けばいい」
「ウィズの魔法……」
魔法――その単語がウィズの口から飛び出ると、ソニアは少し遠慮がちな視線をウィズへそろりと向けた。
その視線に疑問符を浮かべたウィズだが、そういえばソニアにはウィズの『緋閃』のことも教えていなかった。
そもそもが『秘密』だらけのウィズである。普通なら理由なくそれを打ち明けるにはいかないが、ソニアにならある程度教えてもいいだろう。
それに、フィリアと間に秘密ができているのもあって、ちょっとソニアが蚊帳の外に出ている気もしていた。こういうのは『雰囲気』だけで出てしまうもので、均等にやっていかないと綻ぶ可能性がある。
それらも考慮して、ウィズはソニアに説明した。
「ああ、そういえば言ってなかったね。僕の魔法……『緋閃』は簡単にいえば熱線とか灼線なんだけど……。僕の『緋閃』は目視できる熱線の筒の中で、複数の極めて小さく細い熱線が絡み合ってできてるんだ。
熱線が熱線の中で加速する。加速した時に熱が周囲にばら撒かれるんだけど、その熱を他の熱線が吸収してさらに加速する。それを細く小さい熱線が熱線の中で繰り返し加速を続けて、殺傷性に特化した特殊な熱線――『緋閃』になるってわけ」
「ふーん……」
ソニアは分かったような分からなかったような、ヒョンとした顔でウィズの説明に相槌を打った。
ウィズはそれを見て微笑みつつ、その内心で考える。
(……これで騙されてくれればいいが)
そう、ソニアに語った説明は誤ったものであった。けれど一見筋が通って見えるのだから、ソニアに嘘がバレても『ウィズ自体が間違って認識していた』と誤魔化せるだろう。
――実際の『緋閃』はとある特定の状況下において、『正の魔粒子』と『負の魔粒子』がぶつかり合うと同じ方向へ加速していく、ということを利用した魔法になることを利用したものだ。
これをウィズは『緋閃魔粒背反相剋駆動仮想実匣』と名付けた。ウィズの魔力源となっている『緋閃零式』―― 『超小型光臨界融合魔炉・緋閃零式』も同じタイプのものが根底にある。
(といっても、オレだって『現象』による『結果』をたまたま観測して応用しただけだからな……。『仕組み』とか『原理』は分からねえから、『ウィズ自体が間違って認識していた』って誤魔化し文句もあながち間違ったことでも――)
そこまで思ったところで、ウィズはハッとして頭を抱えた。
(――いや、間違ってていいんだよ。いつまでもクヨクヨと、未練がましい……)
突然頭を抱えたウィズを、ソニアはちょっと不思議そうな顔でのぞき込んでいた。ウィズはそんなソニアに視線を向けると、すぐに体勢を直して告げる。
「要するに……僕の『緋閃』は熱線の上位互換ってこと」
ふう、と何事もなかったようにウィズは再び机上の地図に向き直った。そしてソニアの反応を待たずして、ユーナ奪還の内訳を改めて語りだす。
ソニアもちょっと首を傾げたが、ウィズが地図に向かい直すと彼女も同じく机上へと向き直った。
「外の見張りは『緋閃』で瞬時に処理。……で、ユーナちゃんは洞窟の中で捕まってるわけだ。それを救わなきゃね。ってわけでさ」
ウィズはソニアをちらりと見た。ソニアは神妙な顔でうなずく。
「うん。これの出番だね」
そう言ってソニアは腰の短剣を机の上に置いた。
一見不可解な行動だ。実際、その短剣のことを知らないエイジャはそれを見て眉をひそめる。
「これは……?」
「ウィズに貰った短剣です。これには『地形感知』の『祝福付与』が施されているんです」
「『地形感知』……確か周囲の地形の構造が把握できるっていう……?」
顎を手に当て、不確かな記憶を探りながらも正解を語るエイジャに、ソニアはうなずいた。
エイジャは彼女から正解の仕草を受け取ると、少し口元を緩めてぼやくように言う。
「なるほど……。地形が分かれば、たまり場なんかも推測しやすくなるし、何より明かりもいらないわね」
この作戦で一番してはいけないことは、ウィズたちの存在が相手に認識されること。
暗い洞窟内を探索するには松明などの明かりはほぼ必須だが、暗闇ゆえにそれはよく目立つ。明かりを下げていたら、いとも簡単に相手から認識されてしまう。
しかし『地形感知』があれば、松明いらずで洞窟内を探索できる。さらに相手の明かりは暗闇から見やすく、奇襲も仕掛けやすくなる。一石二鳥といったところか。
ウィズは続けた。
「中はどうなってるか分からない。そこからは安全性にかけるけれど、臨機応変にやるしかないですね。……あと必要になるのは、どれだけの馬車でこの洞窟に向かえるか、です」
ウィズはエイジャを見つめる。
「ユーナちゃんを誘拐した悪人たちを捕まえて運ぶ馬車がいるかと。ただしあまり大多数の馬車を奴らのアジトに近づけさせるわけにはいかないですから、ちょっと離れたところで待機することになりますが」
「そうね。こちらで罪人輸送用の馬車を用意しておくわ」
「ありがとうございます。アジトには僕とソニアで向かいます。貴方がたに危険が及ぶことはありませんが……」
そう言いながら、新たなおはじきを馬車に見立てて地図の上に置くウィズ。
そしてそれらをアジトの場所から遠くへとスライドさせながら、ウィズは言った。
「身の危険を感じたら、すぐお逃げください」
「……分かった。そう伝えておく」
それが小さな作戦会議終了の合図となったのだった。




