42 流麗な彼女
『東棟』に訪れた目的である魔剣『フレスベルグ』への『祝福付与』。それは完全に果たされた。
来た時と同じように、フィリアはウィズたちを引き連れて『東棟』からエントランスへ戻ってきた。
「魔術師の方々はこちらへ――」
エントランスに無事ついたところで、魔術師たちは『アーク家』の使用人に呼ばれて、早々とその場を後にした。
結果、残されたのはウィズとソニア、そしてフィリアの三人となる。
「今日の仕事は終わり。今後は自由時間よ。何かあれば使用人に尋ねなさい。くれぐれも節度は守ること。それでは、私は行くわね」
フィリアはソニアとウィズにそう告げると、踵を返した。そして長い銀髪を揺らしながら、早々とした足取りでその場を去って行ったのだった。
その後ろ姿を見ていたソニアがちょっと羨まし気にぼやく。
「いいなぁ、フィリア様。後ろ姿もサマになるんだもん。やっぱり、背負っている物に負けないぐらいの覚悟があるから、ああやって瀟洒に見るのかな……」
ソニアの言葉を聞きつつ、ウィズもフィリアの後ろ姿を見ていた。
確かにフィリアの振る舞いは瀟洒だ。容姿、行動、そして理念ともに洗礼されており、その一手一手に見とれてしまってもおかしくはないほどに。
しかしその流麗な立ち振る舞いは生まれ持っていたわけではないのだろう。彼女の"素"を知るウィズなら何となく分かる。
『家訓』に従い、『家系』に従い、そして残される者たちのために『未来』を残す――そんな覚悟を踏みしめて、フィリアは自分を作り替えたのだ。自らの死の将来を見越してまで、彼女は人生を尽くしている。
(……オレにはその生真面目さが、アイツを縛る鎖に見えるけどな)
ウィズは無意識に腕を耳飾りに伸ばし、人差し指でそれを撫でながらそんな感想を抱く。――自らの両手に繋がれた、『復讐』という鎖の音にも存在にも気づかないまま。
しかし同時に、ウィズもそんなフィリアを少し羨ましく思っていた。
「さーて、フィリア様の使いも終わったし……。ボクたちはボクたちでさ、『アーク領』をちょっと見て回らない? 村とか町もあるみたいだしさ」
ふと気づけば、後ろに手を組んだソニアがウィズを見つめていた。
ウィズはちょっと考えて、ソニアにうなずく。
「……いいね。ついでにご飯も町で済ませちゃおうか」
ぼーっと、エントランスから窓に映る外景を見て、ウィズは言った。
フィリアの話を聞いてから、このだだっ広い屋敷が窮屈に感じていて仕方がなかったのだ。鳥籠の中にいるような狭苦しい圧迫感から抜け出したかった。
「えっ! ご、ご飯いくの……?」
と、脱走に似た行動を取ろうとしたウィズに、ソニアは何やらちょっと驚いて肩を震わせる。
普段からぱっちりしていた瞳を見開いて、その虹彩にどこか疲れ気味のウィズが映った。
自分の疲れた様子を見ながらも、ウィズはソニアに聞く。
「……ん? 都合悪かったり……?」
「いや、そうじゃないよ……!」
ぶんぶんと首を横に振るソニアに、ウィズは少し疑問を抱くが、まあソニアがどんな感情を抱くかは勝手であるし、あまり気にしないことにした。
(『アーク領』内がどんな様子か見ておきたいしな……)
ウィズの思惑としても、『アーク領』を見て回りたい気持ちがあった。
その気がかりを作っていたのは、昨夜フィリアが言った言葉。
『確かに『家訓』のおかげで、『アーク家』の威厳はずっと保たれてきたのかもしれない。でもその反面、たくさんの人に迷惑をかけてきちゃった……』
たくさんの人に迷惑をかけてきた、という自覚が彼女にはある。
それが具体的にどのように波及しているか知るには、『アーク領』という支配下の地域を回ってみるのが良いだろう。『アーク家』の管轄であるから、その傾向は顕著なはずだ。ウィズはそれも狙いであった。
もし、彼女の言う通り、本当に『アーク領民』から『アーク家』の『家訓』による横暴が敵視されているのなら、良いタイミングで『アーク家』からの離脱も考えた方が良い。
『セリドア聖騎士団』結成。それは『アーク家』を敵視していて、日に日にその首を狙っている反逆者からすれば、奇襲をかけるのに良い機会となるはずだ。
ウィズの狙いは『ブレイブ家』。『セリド聖騎士団』の団長選定式で彼らと接触するために、ウィズはここにいる。そこまでたどり着けないような兆候があるのなら、ウィズなりに作戦を考え直す必要がでてきそうだ。
「じゃ、じゃあ、三……いや、四十分後ぐらいにボクの部屋に来てくれないかな……? 用意して待ってるからさ」
「四十分も……?」
「お、女の子には準備が必要なんだよ! 服とか……カバンとか……!!」
「す、すみません……」
両頬を染めてウィズの言葉に反発したソニア。
確かに外出する際に、自分の身なりを整えるのはマナーだ。ただでさえ、ウィズとソニアは『フィリア・アーク』の護衛という立場がある。だらしない姿で『アーク領』の民に姿をさらすわけにはいかないだろう。
「……あと、心とか……」
ソニアがさっきの言葉に続いて、ぼそりと、真っ赤にした頬で小さくぼやいた声は、あいにくウィズには届かなかった。
「じゃ、四十分後にソニアの部屋に行くね。僕も準備しておきたいことあるし」
ウィズはにこやかに微笑んでソニアに告げる。
ウィズもウィズで、昨日の夜にしたためたお得意様への手紙も出しておかなくてはならない。『リヴ・ウィザードはしばらく閉店』という旨の書留だ。――その『しばらく』がどれほどなのかは、ウィズにも分からないけれど。
「うー……。……うん、まあ、分かったよ」
ソニアもウィズの集合確認にうなずく。ウィズは前を向いて自室へと足を向けた。
「服といえば……僕も色々と欲しいものが……」
「あっ、そうなの!? じゃあボクが選ぶの手伝おうか?」
「それは助かるなあ」
ウィズはソニアと違い、成り行きでフィリアの護衛となってこの地へ来た。ソニアのように元々フィリアの護衛になる用意などなかったから、日用品が不足していたのだ。
そんなウィズに、隣の歩いているソニアは胸の前で両手の人差し指をいじりながら、少し恥ずかしそうに小さく言う。
「実はボクも……新しい服とか、見て回りたかったんだけど……」
「じゃ、一緒に見て回ろうか」
「! うん!」
ウィズが一人で色々回るよりも、ソニアと二人で回った方が領民との関わりも円滑に、そして多彩に進めることができるだろう。ウィズが一人でいるには少し奇妙な場所にも、ソニアと一緒なら自然なこともある。
嬉しそうに微笑むソニアの隣で、ウィズもまた違う笑みを浮かべていたのだった。




