41 転嫁するための理由
嫌な沈黙が流れる。
それは今朝、ソニアと一緒に廊下を歩いていた時のような、取り返しのつく嫌な空気ではない。後戻りができないと幻覚するような、肌にピリつく雰囲気だった。
ウィズは思考する。
(……いや、オレがどうこうしなくとも、遅かれ早かれフィリアは同じ運命を辿ってたんだ)
ウィズが何かしたから、フィリアの運命が決まってしまったわけではない。彼女が『アーク家』として産声を上げた時から、すでに全ては決まっていたのだ。
ウィズがどうこうしようと、彼女の運命にヒビ一つ入れられない。それほどまでに『アーク家』の名と歴史は大きく、他者に影響されるほど柔くはないのだろう。
(オレの存在がコイツの短命を促したわけじゃねえ……。元々そういうことだった。……それだけだろ)
フィリアの人生など、自分が『ウィズ』である限りどうでも良い。ウィズが現時点でやるべきことは、フィリアへ対する憂いではない。
――『アレフ』が生み出した亡霊として、『ブレイブ家』に報復すること。
ウィズは噛み締める。口の中が乾いていた。
「……分かりました。貴方がそこまで覚悟しているなら、僕には止めることができません」
ここでやってはいけないことは、一時的な感情のもつれに絆されて、『祝福付与』をやらないこと。『ブレイブ家』と近づくためにも、まずはフィリアの信用をもっと得なければならない。
今後、セリドア聖騎士団総長を決める選定式があるはずだ。そこへフィリアと同伴して忍び込めれば――『ブレイブ家』へと接触ができる。
そのためにも、フィリアの背中を押さなければいけない。その先に待っているのが終わりに続く暗闇だとしても。
「……ありがとう、ウィズ」
フィリアはそんなウィズに小さく笑いかけたのだった。
魔剣『フレスベルグ』への『祝福付与』にかかった時間は二時間。ウィズが今まで行ってきた『祝福付与』の中でも、長時間の部類に入る。
まず魔道具『彷徨える星屑』を使用し、現在の星の位置を大まかに判断する。それから占星術で適切な鉱石、錬金草や魔力の比率を合わせた。
『スーパーケロタキス』は順番に稼働させ、錬金物に不純物が混ざらないよう細心の注意を払う。
その部屋で音をたてているのはそんな錬金魔道具の音だけ。ウィズもフィリアも終始無言だった。
「……これで、あとはこの術式を適用すれば終わります」
最後の最後で、ついにウィズは口を開く。フィリアは部屋の隅で手を後ろに回し、壁によりかかっていた。
「魔剣『フレスベルグ』は神剣をも超えるポテンシャルに覚醒し、さらには数々の恩恵が使用者にもたらされます。……ですが」
ウィズはフィリアの方に振り向いた。その瞳にはすでに哀れみや悲しみや後悔はない。
フィリアは振り返ったウィズを見て何かを察したのか、壁から背を離してちゃんと直立する。そしてウィズの方まで歩き出した。
ウィズの前に立つと、フィリアは告げる。
「分かっているわ。……魔剣『フレスベルグ』に『祝福付与』という、自然にはもたらされない恩恵が授けられた場合……。それは『契約権限』を介して、わたしの中にも結果的に流れ込んでくる。
……そうなれば、更なる『拒否反応』がわたしの体の中で起こって、身体の崩壊に拍車がかかるでしょうね」
フィリアは胸の前に手を当てながらも、その瞳はウィズを見据えたままだ。
「それでも……わたしは前に進みたい」
「……知ってましたよ。ええ、そう言うってちゃんと分かってましたよ」
彼女の覚悟は不変だった。まるで世界を照らす日輪の如く。しかし日輪というのは、必ず落ちてしまうもの。
表面上は無表情で、内心の割り切りも無理やり済ませたウィズであるが、それでも歯痒さの形跡だけは未だ刻まれたままだ。
(何つまずいてんだ、オレは……)
錬金机の上に置かれた魔剣『フレスベルグ』に手をかざし、内心強く噛み締める。
(オレは……何を利用してでも、『ブレイブ家』を潰す……! こんな小娘一人になど、付き合っていられないだろうが……!)
――魔剣『フレスベルグ』が置かれた錬金机に魔法陣が浮かび上がり、ウィズは魔力を込めたのだった。
◆
「あっ……!」
フィリアに連れられて、ウィズは『テレポーテーション』の陣を通じ、隔離空間から黒い空間が広がる部屋に戻ってきた。
戻ってくるや、魔術師たちを見張っていたソニアが二人に気付く。
「お、おかえりなさい……! こっちは異常なしです。そちらはどうでしたか?」
「そう。当然ね。こちらも問題ないわ」
フィリアはツンとした様子でそっけなく返答した。例の『家訓』が適用されている振る舞いだ。
そんな中で、フィリアの隣のウィズはどこか心あらずだった。『祝福付与』をやり遂げてしまった手が少し重い。
頭では分かっていても、感情が振り切れないことがある。ウィズはそのずぶ濡れになった感覚を前に、それを学んだ。そして己の心の弱さを自覚する。
「……? ウィズ、どうしたの?」
ウィズの表情から何かを悟ったのか、ソニアが尋ねてきた。ウィズは顔を上げて、彼女を見る。
そこにはいつもと変わらない、栗毛色の髪の彼女がいた。
「……なんでもないよ」
ウィズはただただ、その変わらない姿に笑いかけたのだった。




