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29 嘘

 ウィズは使用人が持ってきた食事も済ませ、お得意様に向けた雑貨店『リヴ・ヴェータ』しばらく閉店の手紙も書き終えた。明日にでも郵送してもらうことにする。


 机に肘をつき、空になったコップを人差し指で押して弄んでいた。


 それから使用人が食事を下げる時に持ってきた水入りのポットを持ち、そのコップに注いだ。


 一人だけの部屋。ウィズはその静寂の中で口の開く。


「開けときましたよ。ほんのちょっぴりだけ。『アーク家』の人間はノックするのが苦手のようなので」


 ウィズは自室の前に訪れた者に対し、冗談交じりに告げた。


 その者――フィリアは半開きになった扉を開き切ると、部屋の中へ入った。そしてすぐ扉を閉める。


「……わたしはノックぐらいできるわ。弟と違ってね」


 ウィズはイスを机から離してフィリアの方へ向けた。


 フィリアはちょっとした部屋着を召していた。


 外にいた時のような、ドレスの要素を多めに出しているも、よく見ると防具の性質を持っていたそれとはまた違う。


 部屋着ということで、薄着のワンピースのような寝巻きに薄いレースを羽織っていた。長い銀髪は後ろで縛っている。


「イスは一つしかないんだけど……どっちが座るか、奪い合います?」


「……平和的な解決がいいな」


 ウィズの言葉にフィリアは呆れたようにため息をついた。その口調からして、すでに素の状態に戻っているようだった。


 さっきウィズが調べたように、この部屋には盗聴魔法具の類は仕込まれていない。それに壁も厚いため、外から会話を聞かれることはまずないのだろう。


 フィリアはスカートをふわり舞わせながら、ウィズ正面のベッドの上に座った。


「……ありがとう。あの時、ソニアを助けてくれて」


 青い瞳でフィリアはそう告げる。


「わたしの立場だと……あそこで助けに入れなかったから……」


「……いえ、問題ないです。それよりも、ガスタ様にとんだ失礼をしてしまって……」


 フィリアが助けに入れないことは分かっていた。彼女はウィズたちを試す側だったのだ。未だ家系の中心がガスタにある以上、それを遮るような助太刀(すけだち)はできない。


 それよりも、ウィズがやった事の方が対外的には問題だろう。


 その家系の中心、すなわち『アーク家』の現当主に向かって、雇われの身分で歯向かってしまったのだから。


 その真意はガスタが手加減をしていたのをみるに、やはり『アーク家』なりの忠告であっただろう。


 向こうとしては想定内といったところであるが、何も知らされていない立場からしたらその場で処刑されても文句はいえない。


「うん……それなら大丈夫だよ」


 フィリアはウィズをそんな『何も知らない立場』であると思っているのだろう。励ましの言葉を彼女は告げた。


「そうですか……なら良かったです」


 フィリアに『何も知らない立場』と思われているなら、変に情報を与えずにその立場に甘えた方が良い。ウィズはそのまま薄く微笑んだ。


 ――しかし、ウィズは素のフィリアを前にして、少し甘くみていた。彼女も紛れもない『アーク家』であるということを。


「……嘘」


「……え?」


 フィリアは少し目を細めて、ウィズの笑みを前にはっきりと言った。


 ウィズはそれにビクリと心臓が怯んだ。


「ウィズ、貴方は実は知ってたでしょ? あれがある種の仕込みだったってこと」


「……」


 瞬時に部屋の空気が冷たくなったような気がした。


 ウィズは押し黙り、フィリアは続ける。


「ウィズ、父上が剣を振る前にソニアを庇う動作したよね? それに父上の斬撃――あれを相殺する魔法を放って、その威力をちょっとだけ打ち消してたし……」


 ――やばい。ウィズは直感する。頬に汗が伝い、今後の行動を考えた。


 あの『忠告』をウィズは理解していた。それだけならまだ良い。しかしウィズは今さっき、それに対して『知らないフリ』をしてしまった。


 何か思惑がなければ、『知らないフリ』などする必要はない。だがウィズは『知らないフリ』をしてしまったのだ。


 理解していたのに『知らないフリ』をする――それは暗に、何らかの思惑があるということ、『裏がある』ということを示す状況証拠になってしまう。


 フィリアを見る。敵意は感じない。けれど、この疑惑が綻びになるかもしれない。


 ウィズにとって、正直なところ『アーク家』はどうでも良いのだ。繁栄しようが滅びようが、ウィズはただ『ブレイブ家』に鉄槌を下せればそれで良い。


 しかし今重要なのは、一番重要なのはフィリアならびに『アーク家』に対して敵意がないということを示すことだ。今はそれを第一に考えるべきである。


 すでにウィズが『知らないフリ』をしたのは完全にバレている。ならば、そこを誤魔化す動きは逆効果だ。


(……仕方ない)


 もうここは割り切るしかない。ウィズは覚悟を決めて立ち上がる。


「それに父上の威圧(プレッシャー)を前にしても、ウィズは全然怯まなかったもんね……。普通の人だったら――」


()()()()


「――へ」


 ぎしり、ベッドが軋み、フィリアは目を見開く。


 ――フィリアに敵意はない。それならまだやり方はある。


 ウィズはベッドに座るフィリアに近づく。


 そのままベッドに座るフィリアへ身を乗り出し、片腕をフィリアが手をつくすぐ横のベッドの上へ外から被さるようにつけた。


 フィリアはウィズの体が目の前にきたことで、体を後ろに反らす。反らしたことで、ウィズはさらにフィリアへと体を乗り出した。


「うぃ、ウィズ……?」


 フィリアは青い瞳を見開き、まるで押し倒すが如く体を被せてそうな勢いのウィズに、困惑を露わにする。その頬はあからさまに赤くなっていて、明らかに混乱していた。


 しかしウィズはそんなことは気にしていない。気にしていることは、フィリアに殺意とか敵意が芽生えるか、だ。


 結局どちらもフィリアからは感じない。それを確認したウィズは口を開く。


「確かに僕はガスタ様の思惑を推測しておりました。何が起こるかも、ガスタ様がどう行動されるのかも、あらかた想定済みでした。しかしそれを隠していた――そこに『真意』が隠れていない、といえば嘘になります。


 僕にはある目的がございます。そのために、今こうしてフィリア様を護衛する任を預かっている。打算的だと思われて結構です。けれど、僕が貴方の護衛についたのはあの森で、貴方の『覚悟』を目の当たりにし、その気高い精神に憧れと尊敬を抱いたのは紛れもない本心からであった、とそれだけはお思いになっていただきたい」


「は、はぃ……」


 真剣な眼差しをもって、フィリアの眼前でそう告げるウィズ。


 普段のウィズとは百八十度変わった真剣な表情と、それが突然だったということもあり、フィリアはされるがままといった感じであった。


 このまま勢いに乗るしかない。ウィズは続けた。


「……僕は、貴方に心から敬意を抱いています。僕は貴方に直接害を成すようなことは絶対に致しません。僕には思惑がある。そのために貴方の護衛についた。しかしそれは貴方だったからです。貴方なら、僕の目的に近づけると、あの時に見た輝かしいお姿を見て、そう思ったからなのです。


 僕の目的……それに関しては何も話せません。どうしても話せというのならば、僕はこの地を去ります。隠し事をしていたことについての言い訳も致しません。しかしそれが、貴方や『アーク家』への背信行為ではないということをどうしても知っていただきたかった」


 証拠のない弁解であった。けれども、ウィズは嘘を言ってはいない。


 だから表情や言葉の一つ一つに虚偽はなかった。さらに今のウィズは必死で真剣である。それらの要素が確かな説得力を生み出しているはずだ。


(……これで、コイツはどう出てくる……?)


 ウィズは一通り言い終わると、フィリアを見る。


 そこでウィズに衝撃が走った。


 フィリアはそのままベッドに仰向けになって、顔を手で覆っていたのだ。


(コイツ……もしかして聞いてなかったのか今の!?)


 言葉を考えてはスムーズに出力するのに必死で、フィリアの動作を逐一監視することができていなかった。


 いつの間にかフィリアはベッドに倒れ込んで、顔を手で覆っている。ウィズはそれをベットに手をついて、正面から見下ろしているかたちになっていた。


(どこから聞いていなかったんだ……!? あれをもう一度やるのは少し厳しいぞ……!)


 背筋に冷たい汗が流れる。


 今のはその場の勢いと必死さによる熱でどうにか成立していた場面であったが、シラフになって面向かって同じことを話すとなると効力が違ってくる。


 もう一度やるにしても、その効力は今から時間が経つにつれどんどん薄くなっていくはずだ。


「……うぃずぅ」


「へぇっ!? な、なんですか……!?」


 ウィズが一人で慌てている中、フィリアの溶けて消える寸前のような声が聞こえた。


 ウィズはビクリと肩を跳ねらせつつも、フィリアを恐る恐る見返す。


「ごめん……あの、ちょっと離れて……?」


「あっ……はい……」


 ぎしり。ウィズがベットから手をどけて、さっきまで座っていたイスへと戻る。


(どう出てくる……?)


 イスに腰掛けながら、ウィズはベッドからゆっくりと起き上がるフィリアをまじまじと見つめたのだった。


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