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26 『アーク家』現当主

 轢かれた時にできた傷はそこまで深くなかったので、ウィズは本格的な治癒を断った。


ただ包帯は貰って、再出血した時のためにぐるりと額に回しておいた。再出血のせいで服が汚れたり床に滴ったりするのはよろしくない。


 怪我の対処は終えたところで、ウィズも長テーブルのイスにつく。ちょっと遅れてソニアやアルトも席についた。


 アルトは座る際に着ていたマントをイスにかける。


 ウィズとアルトの後ろに付いてきていたローデウスはアルトの背後に立ち、全員が位置につくと使用人らは部屋から出て行った。


 部屋にいるのはウィズ、フィリア、ソニア、アルト、ローデウスの五人となる。そこでフィリアは口を開いた。


「今から現『アーク家』当主、『ガスタ・アーク』が参ります。ウィズ、ソニア。二人には言っておくけど、貴方たちは何も言わなくていい。ただ黙っていなさい」


「う……? はい……」


 その言葉を聞いて、ソニアは疑問を持ちつつも返事をする。


 一方、ウィズは黙ってうなずいただけだった。というのも、ウィズの心情は穏やかではない。


 『アレフ・ブレイブ』を追放した『ブレイブ家』当主、『ジャコブ・ブレイブ』。彼はウィズが人生をかけて狙う標的である。


 そのジャコブと同格である『アーク家』の当主が来るというのだ。見た目で完全に実力を判断できるわけではないが、"さわり"ぐらいは測れるはず。重要な強さのものさしとして、しっかりと考慮しておく必要がある。


 当主ともなれば、直接面会も難しいだろう。今から来る瞬間がファーストコンタクト――最初のチャンスだ。


 それを逃すわけにはいかない。ウィズは気を引き締めて、顎を引く。


 沈黙のまま時間は過ぎていく。


 数分経ったところで、扉がノックされた。部屋の中にいた全員の背筋がピクリと動く。


「失礼致します」


 はっきりと聞こえる女性の声。扉が開く。


 扉を開けたのはメイドであった。その反対側の脇には執事がおり、二人の真ん中には背が高く白髭の男が立っていた。


「――」


 その青い瞳を見て、ウィズの心臓が震え上がった。


 言われなくても、そこに立っているだけで分かる。その男が『ガスタ・アーク』だ。


「っ」


 席についていた全員が一斉に立ち上がる。そしてその体が入り口の『ガスタ・アーク』に向けられる。


 ガスタは腰のあたりで小さく手を上げ、それを諫めた。それを合図に全員が席につく。


 ガスタが歩き出すと、メイドが扉を閉めた。コツコツと静寂の中で彼の歩く音だけが聞こえる。


「君たちが、フィリアの護衛か」


 ガスタはウィズとソニアの席の後ろに立つとそう切り出した。


 二人は目で合図をすると、同時に立ち上がってガスタの方へ向く。ウィズは背後から二つの視線を感じつつも、今は無視した。


「一人護衛の数が増えたことは先ほど知らされた。よくぞここまで……。名を聞いてもよろしいか?」


 ガスタは二人を見下ろしながら、目をそっと細めて尋ねてきた。


 ――ここでウィズが感じたのは、()()()()()()()()()()()()()()()こと。


(ヤバイ……! こんなのあいつじゃ――)


 何かが起こる前に、全てが起こる前に。


 ウィズは右腕に『緋閃(イグネート)』を宿した。


「ぁ……」


 困惑して、ソニアは声とも取れない吐息のようなものを漏らしつつ、その視線がフィリアへ反れる。


 同時にウィズの体が動いた。


「っ」


「……」


 ――鋼の割れる音が静寂を突き破った。


 ウィズにどつかれて目を見開くソニア。その視線は『緋閃(イグネート)』でへし折られ、宙に舞っている剣の半身に吸われていた。


「……」


「……」


 カランカランとへし折られた刃が床に転がる。そこから再び静寂に包まれた。


 何が起こったのか分かっていないソニアでさえ、押し黙っている。――否、口を開くことができない。


「……」


「……」


 自分をどついて押し出したウィズと、()()()()()()()()()『アーク家』当主、『ガスタ・アーク』が互いに見つめ合っているのを見ては、口も開けないだろう。


(こうなるんじゃないかとは思ってたさ……)


 ウィズはフィリアの言葉を回想する。


『人には言っておくけど、貴方たちは何も言わなくていい。ただ黙っていなさい』


(なんだよそれ、おかしいだろうが)


 あえてわざわざ黙っていろ、なんて指示を出すだろうか。それが話しかけると一方的に殺してくるような化け物に対する諸注意ならまだ分かる。


 しかし相手は『アーク家』当主の人間だ。強さや化け物性だけでは成り立たない地位にいる。


 そんな人間相手にわざわざ『黙っていろ』なんて言うはずがない。


 もし言うとしたら、それは『黙る』という行為を破らざるを得ない事態を意図的に引き起こす、という()()としてだろう。


 そして恐らく今回も――。


「……命令というものは絶対だ」


 沈黙が続く中、ガスタが口を開く。ウィズはその威圧に負けそうになって、思わず奥歯を強く噛み締める。


「『アーク家』に従事するにあたって、命令は必ず厳守しろ。必ずだ。『黙れ』と言われればどんな状況になろうが『黙っていろ』。『動くな』と言われたら、例え嵐が襲ってきても『動くな』」


 ガスタの視線が立ち尽くすソニアへ向かう。ソニアは神妙にゆっくりとうなずいた。


(クソが。緊迫した雰囲気の中でわざわざ気を緩ませるような態度しやがって)


 ウィズは心の中で毒づく。


 ソニアが声を発してしまった理由。それはガスタの瞳の変化である。


 ガスタは鋭い眼光から優しい視線に切り替えた。その瞬間に、ガスタの鋭い視線に貫かれていたソニアは、ガスタの柔らかな視線を感じて気が抜けてしまったのだ。


 緊張の中に穏健を流し込んで、相対的に気を緩ませた、と表現するべきか。


 つまるところ、ウィズの推測は当たっていた。彼らはわざとソニア達に沈黙を破らせようとしていたのだ。()()()()()()()()()


「しかしそれ以上に」


 ふと、ガスタの声の調子が変わる。より低く、より攻撃的に。彼の視線がウィズへ向けられた。


「家主に手を上げるなど論外だ。まるで獣だな」


「……っ」


 ガスタの睨み――殺気がウィズを襲った。その青い瞳を見ているだけで精神錯乱が起きるぐらいの迫力がある。


 ウィズはあからさまに唇を噛みしめ、無意識に胸の中にある『緋閃零式(タイプ『イグネート』)』の出力を少し上げた。


 ウィズとガスタの視線が交わる。


 しかしガスタはくるりと踵を返した。ウィズはその動作一つ一つを注意深く観察する。


「獣には獣のやり方で理解させるしかないだろう」


 ウィズと距離を取ったガスタは再び抜き直ると、腰の剣に手をかけた。


 その剣はソニアを斬ろうとしたショボいものではない。豪剣や聖剣とまではいかなくとも、名剣レベルの代物であると、ウィズは目利きで判断した。


「貴様に私の剣術をくれてやる。主従を理解しろ、凡俗」


 ゆっくりと、ガスタが剣を引き抜いた。


 刀身が鞘から抜き出て、きらりと白く輝く面積が広くなるにつれ、威圧はどんどん増えていく。思わずウィズは目を細め、胸の『緋閃零式(タイプ『イグネート』)』に手を伸ばした。


(なるほどねぇ……オレに一撃くれるってわけか)


 ウィズは冷や汗をかきながら、少しだけ前かがみになる。それはガスタの命令を受け入れたことを示していた。


 そして『緋閃(イグネート)』も体外に出力し、ガスタの剣技に備える。


 それを見たガスタは剣を構えた。


「そうか」


 ガスタは剣を振るう。――まるで時間がゆっくりになったように、白い刀身の軌道が虚空に描かれた。



「  」



 世界から音が消える――。


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