14 手の中
「ここからは後攻だ。奴らを見返してやろうよ」
「ウィズ……?」
流血した唇を拭って、ウィズはキジの仮面のところへ歩き出した。ソニアも少しうつむきつつウィズの背中を追う。
重い沈黙が店内を包み込む中、ウィズは歩きながらぼそりとソニアへ言った。
「……強くなりたいんだろ?」
「え……」
ソニアは思わず顔を上げる。ウィズは振り返らずに告げた。
「必要なのは"勇気"と……必要な時に自然と手の中に舞い込んでくるものだよ」
ウィズは背後にいるソニアへそれだけ言って、あとは何を言わなかった。
今のやるべきことはこのクソみたいな状況を乗り越えること。もちろん、それだけでやって終わらせてもいい。ヒューレットやシャリリはこの際どうでもよくなった。
しかしついでだ。こんな状況、稀にしか出会えない。
だったら、丁度利用してやろうと思っただけだ。ソニアの『強くなりたい』という願いの真剣度を試してやろうと、そう思った。
彼女の願いを天秤にかけて、どっちに傾くかを見る、それだけだ。
ウィズとソニアがキジの仮面のもとについた。
そこにはすでに多くの客が集まっており、軽く持ち物チェックをされてから、手を後ろで縛られ座らされている。
ウィズとソニアも二回目の刃物を持ってないかチェックされ、危険がないと判断された。手を縄で縛られ、仮面をかぶる襲撃者たちの輪の中に座らされる。
馬の仮面を被った襲撃者が怒鳴った。
「おい、店員! この店の通信水晶を持ってこい!」
そして近くで座らされている店員を蹴り飛ばす。
「てめえだよてめえ!」
蹴飛ばされた店員はよろよろと立ち上がり、馬の仮面に脅されるまま『通信水晶』をカウンターの下から取り出し、渡した。
『通信水晶』とは、離れた位置同士でも水晶越しに通話することができる魔道具だ。通話するには予め他の『通信水晶』を登録しておく必要があるものの、それでも需要は高まるばかりのアイテムである。
馬の仮面は店員が奪取した通信水晶を口元に寄せると、他の通信水晶と接続する。
「おい! 聞こえてっかァ!? 『ネグーン』のクソ役人どもが!」
馬の仮面の大きな声がよどんだ雰囲気が漂う店内に響き渡った。
どうやら、馬の仮面は『ネグーン』の役所にある通信水晶へ繋げたようだ。
だとすると――ウィズはその目的を予測する――恐らく、奴らの狙いは。
「今俺たちぁ、『ネグーンセントラルストア』に世話になってるんだが……役所の窓の外から見てみなぁ! 店の玄関をよぉ! そっちでも仲間が客を人質に取ってるはずだぜ! 客の後ろから腕を回して、首筋にナイフを突きつけてる姿が見えんだろ! なぁ、状況が分かったか!? ――なら話は早い」
馬の仮面は不気味に笑って見せる。
「人質を無事解放してほしかったら、大金と逃げるための移動手段を用意してもらおうか! 二時間後、馬車と金貨2000枚を持って店前に一人寄越せ! 時間内に現れなかったら、人質の命は保証できねえぞ!」
そう言って通信水晶の出力を切った。再び店内へ緊張が走る。
「っつーわけだからよぉ……大人しくしてろよな~?」
通信水晶を手のひらで遊ばせながら、馬の仮面は人質である客と店員たちに言った。
それから数分後、全ての客と店員が同じ場所に集まり終えたようだった。集められた人質は時間帯が昼前であったこともあり、老若男女問わず色んな人がいた。
その中には子供も含まれており、親と思われる女性の中で瞳に涙を浮かべ、小刻みに震えていた。
「おい、この町は『ニンゲン派』か、『ジュウジン派』か?」
「中立だよ。どっちを殺しても大犯罪者だ」
「ひぇーおっかないねぇ」
緊張が走る人質とは打って変わって、落ち着きのある様子で他愛のない会話をする襲撃者たち。
そんな彼らを見ながら、ソニアは小さくぼやく。
「あんな子供まで……」
ウィズはそんなソニアを尻目に、ボコボコにされてカウンターの上に縛り付けられているヒューレットとシャリリを見つけて心の中で合掌した。
高度な緊張状態が維持されたまま、数十分が経った。約束の時間まであと一時間以上もある。
――そこで事件は起こってしまった。
「うっ……ひぐっ……ぇえぇぇん……!」
不安と恐怖が入り混じった密閉空間で、ただの子供が耐えられるはずがなかった。
栓が抜けたように子供の情緒が破裂して、泣き声が耳をつんざいた。
一気にうるさくなる店内に、襲撃者たちが黙っているはずがない。
「アァ!? うるせえぞこのクソガキ!」
案の定、犬の仮面が泣き始めた子供に向かっていった。
母親に抱きついて泣き叫ぶ子供を、そこから引きはがそうと手を伸ばす。
「すっ、すみません……! すぐに静かにさせますから……!」
「おかぁさん……!」
母親は子供を抱きしめると、胸の中に庇った。必死に懇願する母親であるが、犬の仮面はそんなことなど気にもしない。
「うるせぇのは嫌いなんだよ俺は! イライラしたんだよ! この拳、一発殴らねえと気がすまねえ!」
そういって力づくで子供を引きはがそうとする犬の仮面。引き剥がされたら最後、子供がロクな目に遭わないことを、勿論母親は理解していた。
だから母親は必死で対抗する。そのせいで、犬の仮面と母親のいざこざがちょっとずつ長引いていった。
(……うーん)
ウィズはそれを見ながら思案する。この流れは良くない。
このいざこざが長引けば、他の襲撃者も干渉してくるだろう。最初はたった一人の気を損ねただけであっても、そうなれば二人三人と増えていく。
人数が増えれば母親は抵抗できなくなり、子供を殴る拳は増えた人数に比例する。これはよくない状況だ。ウィズは目を細めて、ただその動向を見つめていた。
「待って!」
そんな中、ウィズの隣から声がした。ウィズはちょっと、本当にちょっとだけ口元を緩ませた。
「殴られるなら……代わりにボクが……!」
ソニアは縛られたまま立ち上がって、犬の仮面にそう宣言する。
その行為自体は勇敢だった。けれど、そんなソニアを正面から見た犬の仮面はソニアを馬鹿して笑った。
「おいおい、涙目で何言ってんだよ! 強がりか~?」
「……!」
ソニアはピクリと肩をはねらせる。至近距離で彼女を見ると、やはり小さく体が震えていた。
「はっはー! いいなー、気にったよ! お前を殴って、ここは終いにしてやる」
小動物のように震えるソニアに満足気味なのか、犬の仮面は標的を泣き叫んでいた子供からソニアへと移した。
いつしか子供は泣き止んでいて、赤く泣きはらした目でソニアを見ている。
「おら、来いよ女ぁ!」
「……う、うん」
「『うん』じゃねぇ! 『はい』だろうが! 俺は提案を吞んでやった立場だぞ!」
「は、はい……!」
ソニアは悪態を飲み込みながら、犬の仮面へ返事をして歩き出す。犬の仮面はソニアが歩いてくる間、ニヤニヤと笑いながら腕を鳴らして待っていた。
「……」
犬の仮面のもとに付けば、確実に自分は殴られる――自分で望んだこととはいえ、やはり嫌なことには変わりないのだろう。
だからソニアは――ある行動を示した。何かに立ち向かったり、抵抗しなければならない事態が迫った時に、ほぼ無意識内でやってしまうこと。例えば、巨大ムカデに襲われた時とか。
「……!」
そこでソニアは目を見開いて、体が一瞬こわばった。
どうやら、『必要な時に自然と手の中に舞い込んでくるもの』の正体を自覚したようだった。
その姿を後ろから見ていたウィズは、どこか楽しそうに背中をのびーっと伸ばしたのだった。




