112 到着、ノルハ
中継地の宿を経由して数日後、ウィズたちはようやく『ノルハ』へと辿り着いた。
鈴や星の形などに加工された魔光石が煌びやかに装飾され始めている門を、一向を乗せたサラマンダーの馬車は低速でくぐり抜ける。手綱を握るウィズは町に入るや否や、その光景に小さく息を呑んだ。
フィリアが招待された祭り『メストマター感謝祭』。『魔法に感謝を表す』というコンセプトのもと開かれる催しであるのだから、その雰囲気も古来から伝わる伝統的な魔法のならわしに寄る。
藁で編まれたリースや、呪術的規律世界を整える効果があるとされる銀の鈴など、そのような装飾が各所に飾られ始めていた。
"まさに"というような光景が広がっていた。今や消えつつある原典的な風習が雰囲気に乗って嗅覚に伝わってくる。
それは御伽噺のように、知らないはずの追憶に眠る哀愁を刺激してくるのだ。
「……ウィズ?」
ソニアのか細い声でウィズはふと憧れから意識を戻した。ウィズは御伽噺が好きだった。その話の中に広がっていた世界に似たものが、目の前に広がっていたのだ。
「いや……」
単純に感動のようなものを感じて固まっていた、と答えるのはちょっと面倒な気がした。なのでウィズは適当に誤魔化す。
別にソニアに対して好みを隠しておきたいという意図的なものはない。だが、ちょっとした気の風向きが今はそういう気分にさせなかった。
「彼はこの光景が好きなのよ」
後ろの席から声がする。反応して振り返る二人の先にいるのは、キャリッジから顔を出したフィリアがいた。
「――恐らくね。御伽噺のような光景だもの。好きなのでしょう? 御伽噺が」
そう言いながら運転席に足を踏み入れてくるフィリア。その足で二人へ問う。
「宿の場所は分かってるわね?」
「ええ。地図通りに進んでます」
それに答えたのはウィズであった。指に挟んだ町内図がひらひらと揺れていた。
「……御伽噺が好き、だったんだ」
ウィズとフィリアが会話している最中で、ソニアは小さくつぶやいた。しかしその声は二人の話し声と、徐々に賑やかになりつつあった街の喧騒にかき消され、誰かの耳に届くことはなかった。
◆
「お待ちしておりました」
ウィズたちが滞在することになっていた宿屋『邸宅と羊飼い』に着くや、女将が出迎えてくれた。馬車を従業員に預け、三人は彼女の後を追って宿屋の中へ入っていくと、すぐ女将と顔を合わせることとなった。
「本日は遠くからご足労いただきまして、誠にありがとうございます」
彼女は宿屋の中に入った三人に一礼をすると、荷物を他の従業員に運ばせるよう目くばせをする。それから三人の客室へと案内した。
「これからご紹介いたしますお部屋は『皐月』と申します。談話室がおひとつに、それぞれ寝室が4つございます。お飲み物は談話室にございますので、ご自由にお使いくださいませ」
客室『皐月』へと着いたところで、女将はそのまま続ける。
「担当の者がすぐ参ります。それまではこのお部屋でお寛ぎ下さい。何が御用がございましたら、お気軽にお申し付けください。では」
荷物が客室に運び込まれた後、そう言い残して女将は去っていった。
「お飲み物はいかがですか?」
談話室で個々に散らばった中、ウィズは冷凍の保管庫を開けながら告げる。フィリアはベランダ傍のイスに腰をかけながら、静かに答えた。
「私はいい。ソニアと貴方でどうぞ」
それだけ口にして、彼女は手すりに肘を乗っけて窓の外を見つめた。ウィズはその姿を見つつ、それには触れずに今度はソニアへ視線を向けた。
「ソニアは?」
「ボクは……じゃあ、貰おうかな」
それを聞いたウィズは自分のものとソニアとの二人分を保管庫から出して、扉を閉める。それからソニアへと片方を渡すと、ちょうどそのタイミングでフィリアの声が通った。
「少し時間があるようだし、荷物の整理でもしておきなさい。部屋は自由に決めて良いわ」
お祭りの開催は数日後である。恐らくはフィナーレまでフィリアは滞在することになっていると聞いていた。詳しい祭りのスケジュールはこれから来る担当者から直に知らされるはずだ。詳細はそこで把握することになる。
(……『メストマター感謝祭』か)
ウィズはソニアに飲み物を渡したまま、立ち尽くして思考していた。
『メストマター』――古い言葉で『魔法』というようなものを意味する。『魔法』という現象に感謝する祭りというのはそこからも読み取れるだろう。
(『魔法』に対して感謝を示す祭りか……。なら『魔法』の"使い道"に関連する催し物が出されるはず)
フィリアの言葉に従い、自分の荷物を持って寝室に向かうソニア。その背中を見ながら、ウィズも自分の荷物を手に持った。
(確かに『魔力』は生活レベルを向上させてきた。しかし最も顕著にその影響を受けてきたのは……)
ウィズもソニアに続いて寝室の一つに向かう。その際に、談話室に飾られていた二柱の戦神の像が視界に入り、ウィズはため息をついたのだった。




