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106 油断

 フィリアの剣と()りあっていて分かったことがある。


 いや、分かったことというよりは、疑問が浮かび上がってきたというべきか。


(何故だ……)


 ウィズはフィリアの迫りくる斬撃をかいくぐりながら、『緋閃』を打ってさらに距離を作る。フィリアは負けじと距離を詰めようとはしてくるが、中々真っすぐな斬撃だけでは接近は難しかった。


 そう、ウィズの疑問はそこなのだ。


(何故、いつまでたっても"それ"しかやってこない……?)


 直線的な攻撃であることに着目し、『緋閃』でけん制しながら距離を取っていく戦法を取ったウィズ。それはフィリアもわかっているはずだ。


 それなのに、彼女は距離を取ってきたウィズに対して、全く攻め方を変える兆しを見せなかったのだ。現に、今も彼女は直線的な斬撃でウィズを狙っている。


(これしかできないわけじゃねーだろ……)


 思い出すのは昨日のことだ。ウィズの目の前にフィリアが姿を現した際、夜の闇から突然現れた。魔剣『フレスベルク』の魔力を使った妖術であろう。つまり彼女は、その手の絡め手を扱えるということだ。


 しかし現時点で、彼女はそういう技を全く使ってこない。


 それを踏まえてどういうことかを考えてみる。


(そういう縛りを課しているのか?)


 真っ先に思いつくのは、フィリアがウィズ相手に直線的な斬撃のみで攻略する目標を立てているということ。だが、完全にウィズが対策を取ってしまっているこの状況で、それを遂行するのははっきり言って無理だ。時間の無駄だろう。そんな無駄に時間を費やせるほど、『セリドア聖騎士団』の総長選定式の日程は遠くはない。


「……」


 フィリアの視線はずっとウィズの動きを見張っているようであった。ウィズはフィリアと対峙しながら背後をに下がるも、背中が壁にぶつかってその動きが止まる。フィリアの行動について思考していたせいか、気づけば壁際まで追い詰められていたようだ。


 フィリアはここぞと言わんばかりに距離をつめてくる。確かに立ち位置の有利を取るのは上達したように思えるが、それでは足りない。


「さて」


 ウィズは右腕の手を遊ばせて、再び『魔収束アトラクト』を発動させる。さっきからのけん制である『緋閃』も、いくつかはフィリアの斬撃とかち合っては砕けて散らばっていた。それを使えばまたさっきのように彼女の行動を抑制できる。その隙に壁際から脱すれば良い。


(そんなんじゃいつまで経ってもなぁ……)


 そろそろ飽きが喉のどこまできていて、あからさまに眠気が襲ってきていた。ウィズの表情にも微かに"うんざり"といった色が滲んできている。


「……!」


 そんなウィズとは対照的に、フィリアの体がピクリと反応した。さっきもウィズは『魔収束アトラクト』を見せていた。だからその気配を知っている。恐らく『魔収束アトラクト』の発現を体で察知したのだ。


 しかし気づいたところで、このままではさっきと同じく足を止めざるを得ないだけだ。そしてウィズに壁際からの脱出という選択を与えてしまえば、またウィズ優位の小競り合いに巻き戻る。それでは何も変わらない。


(さあ何かしてくるかな? それともまだ何もしてこないのか……)


 二つに一つ。だがウィズとしては後者はやめてほしいところである。


 『魔収束アトラクト』によって空間に散りばめられた『緋閃』のカケラが再び光を得た。遠隔でのウィズの魔力を受けて、それらの矛先はフィリアへと向けられる。


 四方八方からの魔術。人間目は二つで手足は四つ。その程度の数では全ての熱線を防ぎきれないだろう。


(さっきまでの変わらない戦法を取るなら、偶然というか奮闘の結果というか、そんな感じでフィリアを焼き切っちまうか)


 ウィズは退屈が嫌で、どこか破滅的な思考回路へ流れていた。字面はかなり攻撃的でよろしくないが、実際にそれはありであった。


 そもそもこれは模擬戦闘なのだ。そういう事故だってたまには起こる。フィリアも、さっきまでいたガスタも、それを分かっていてウィズをここに入れたのだ。もしそうなっても、それは仕方ないものとして処理するであろうから、行動に移すリスクは低いはずだ。


(まあ、まずは『魔収束これ』をどう防ぐか、だな)


 ウィズはフィリアを睨むように見る。それと同時に『魔収束アトラクト』による魔力の糸は散らばった全ての魔粒子に行き渡った。


「避けられますかね」


 ――ま、無理そうだけど。そんな余計な一言を飲み込んで、ウィズは『魔収束アトラクト』の引き金を引いた。


 虚空に熱を抱いて光を放つ粒子。それらの点は線となり、一直線にそれぞれがフィリアへと向かっていく。ウィズは姿勢を低くすると、フィリアを注視しながらその場から移動しようと足を上げた。


「避ける、ね」


 フィリアの声。目の前に広がる光景に、今度はぴくりとウィズの肩が揺れて、ひっそり上げた足が止まった。そしてすぐに、それで地面に強く踏みしめた。


「……へぇ」


 ウィズは低く唸った。思い返してみれば、今さっきのフィリアの声にはどこか『喜』の感情が含まれていた気がする。


「なるほどね。これは僕が油断してたわけか」


 ため息交じりに、けれども口元は緩めながら、ウィズはフィリアへ告げる。


 彼女の周囲にはウィズが放った『魔収束アトラクト』による『緋閃』の矛先が、体に命中するよりも前にその軌道上で静止していた。


「修行の成果は、ここからよ」


 ウィズを見てどこか満足気な表情のフィリアが、そう言って剣をウィズへ向けたのだった。


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